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    koimari

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    ヘジェ。クリスマス

     いつのまにか日暮れも早くなり、そろそろ初雪も降るのだろうか。慣れない土地でも、潜伏してその土地の人のように振る舞ううち、次第にそれらしくなってくる。馴染みの定食屋で夕飯でも食べて帰るかと商店街に足を踏み入れたイ・ジェハンは、ため息をこぼした。クリスマスまでひと月以上あると言うのに、どこへ行ってもツリーとサンタに囲まれているような気がする。興味はなくても、ぎらぎらとしたイルミネーションとお決まりの音楽とともに目に飛び込んでくるのだから仕方がない。クリスマス商戦はもう始まっているようで、ケーキの予約やプレゼントを勧める掲示が至る所に貼られている。ジェハンには関係がないことだ。関係はないのだが、おもちゃ屋のショーウィンドウの前ではしゃぐ子どもたちを見ているとどうしても思い出してしまうのだ。パク・ソヌの弟、パク・ヘヨンを。
     おもちゃで喜ぶ歳でもないだろう。十一歳のジェハンを思い出そうにも全く記憶にない。それに、二十年も経てばクリスマスの過ごし方も様変わりしているだろう。それに、今年のヘヨンにケーキやチキンはないかもしれない。それでも少しでも凍えずにあの店に辿り着き、温かい食事で腹を膨らませていてほしいと、ジェハンは願わずにはいられなかった。冷たくなってきた両手を、ジェハンはジャケットのポケットへと仕舞った。
     ヘヨンだって、もう玄関先で待つことはしていないだろうが、コンクリートの階段で待つ姿が頭から離れない。季節が進み、階段は氷のように冷たく、長く座っているうちに体を強張らせ、かじかんで牡丹色になった手を擦り合わせる姿が浮かんだ。自分自身の手袋を買うついでだと言い聞かせ、ジェハンは衣料店の戸口をくぐった。
     手袋を買うとは言っても、ジェハンの手のサイズでは選択肢はほとんどない。ざっと見回して数分で、一番厚手のごろんとした革製のグローブを選んだ。これなら一面銀世界の雪国でも耐えられるだろう。一方子ども用のものはというと、大きさも色も形も思ったより種類がある。手に合わせてみても、ジェハンの大きな手のひらの上ではどれも小さく、大差ないように見えた。ミトンのようなものはさすがにつけないだろうし、革製のものは大人びすぎか。毛糸か、ナイロン生地の内に起毛のあるようなもの、それかフリース地か。何色が好きなのかすら知らないことに、今更ながらに思い至った。
     入り組んだ店の奥に、小さなレジとカウンターがあった。何度か呼びかけてようやく出てきた店主は、ジェハンを見て怪訝そうに顔を顰めた。
    「十一歳くらいの男の子のものはどのあたりですか」
    「自分の子どもなのに、手の大きさも知らないのか」
    「違いますよ、息子ではなくて、知り合いの……」
    「……そこ」
     客商売なのに愛想もないが、深く聞かれないのは今のジェハンには助かった。適当に指で示された場所にあたりをつけ、できるだけできるだけ暖かそうなものを見繕う。模様が入っているようなものや、派手な色味は、好みがあるかもしれない。ジェハンの手の中にある手袋はやはりどれも小さいような気がしてしまう。
     紺色のリボンをかけただけのラッピングをしてもらったものの、どう見ても子どもが喜ぶような華やかさには欠けていた。そのまま定食を食べ、仮の住まいに持ち帰っている間に、徐々にずっしりと重く存在感を増したように思える。そもそもどうやって渡せばいいのかも考えずに買うものではなかったかもしれない。
     そうやって頭の片隅で悩んでいるうちに、慌ただしいどさくさに紛れて、仮の住まいに置いたままになってしまった。捨てられたものだろうと、すっかり忘れて過ごしていたのだ。

     窓の外では隣家の屋根がことごとく白く染まり、木々には厚く雪が降り積もっていた。窓ガラスを通して見ているだけでしんしんと冷えてきそうなほどなのに、家の中は暖房とオンドルのおかげで寒さを感じない。ひゅうっと強い風が窓枠を揺らした。日暮まではまだまだ遠いというのにどんよりと曇った空に、雪まで降りだせば吹雪になるかもしれない。出掛ける予定を変更して正解だ。クリスマス前の人混みはただでさえ堪える。
     ヘヨンの部屋の片隅に、ガラス製のクリスマスツリーが飾られていた。イベントは好きではないと公言していたことを誰かから聞いたのだろう。はっきり言われていないものだから、こちらももういいのだと訂正することもできずに、世間とは打って変わって遠慮がちなクリスマスツリーを眺める。そのそばに、どこか既視感のあるものが見えた。ころりと無骨な、子ども用にしてもかわいさに欠ける古い革の手袋が並べられている。
    「どうしてヘヨンがそれを」
    「サンタさんってポストに入れる場合もあるんですね。それにすごく手も大きいみたいで」
     その年は少し余ったくらいだったんですけど、その代わり何年か身につけていたんですよ、とヘヨンは続けた。ヘヨンの傾いた丸い頭が、優しく細められた目尻が、「サンタさんはジェハンさんなんでしょう」と問いかける。
     ジェハンは瞬きをひとつふたつした。ジェハンの脳裏で、仮住まいに置いたままの記憶から、車を走らせヘヨンの住む市へ向かうイメージへと変わる。人気のない薄暗い通りを見渡して、逡巡ののち郵便受けへと突っ込んだ。しかしそれは過去が変わっただけであり、体験を伴わないジェハンには今ひとつ実感が伴わない。
     何も言えないままのジェハンに、暖かな指先が触れる。五本の指が、ジェハンの指の間を広げて滑り込んだ。暖かな場所で、こうして穏やかに過ごせるのであれば、しっかりと組まれた手を解く理由もない。
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