『안녕하세요』とぽちぽちと目の前の小さな液晶に打ち込んで、イ・ジェハンは大きなため息をついた。自分より遥かに年下の若者と恋人の関係になり、若者文化を知るために始めたSNSというものはジェハンにとって難解なことだらけだ。おはようございます、と綴ってみたものの、その後に続く言葉はもうすっかり在庫が切れている。あいにくの雨ですね、もしくはいいお天気ですねと呟こうにも外は何とも言えないどんよりとした曇り空だ。今日は何をして過ごしますか、私は……から始まるよくある文章もほとんど毎日のように使っている上に、今日は休日だからさして書くこともない。またしても無難に『みなさんにとって、よい一日になりますように』と綴り、迷った末にうさぎの絵文字を一つ添える。
　華々しく刺激的な若者の日常ならまだしも、中年の日々に毎日書くような面白みのある出来事が起きることもないが、SNSの練習として一日一回の投稿を日課としていた。どこで何を食べただとか、何をしただとか、些細なことだらけだ。それでも少しずつフォロワーというものは増え、そろそろ300人になろうとしていた。
　ダイニングテーブルには年下の恋人からの置き手紙がそのままになっている。淡く透ける紙には初夏にふさわしい爽やかなレモンの絵が書かれており、一面にすれ違いの生活への謝罪とジェハンへの気遣いが書かれている。これを毎朝、しかも早朝にしたためているというのだから、ヘヨンこそSNSに向いている。今の若者はみんなこうなのかもしれないが、ジェハンの若い頃でも一晩はかかっただろう。朝食の時に読んだというのに、コーヒーを飲んでいるからと言い訳をしながら、再び目を通してしまった。ヘヨンもまた眠い目をコーヒーで醒ましつつ、これを認めたのかと思うと、自然と笑みが湧いてくる。
　机の隅に置いていたスマートフォンが震え、ヘヨンからの『今日は夕飯までに帰れそうです。明日も休みなので、デートをしましょう』というメッセージがタイミングよく届いてどきりとする。冷蔵庫の中身を思い出すが、恋人に振る舞う手料理に相応しいメニューは作ってやれそうにない。夕飯の買い物に出よう。そうして散歩がてら公園の方へと遠回りをして、うっすら汗をかいた頃にジェラートを食べて帰るのがすっかりルーティンになってしまった。いや、体重計には久しく乗っていないものの中年の太りやすさを思えば、往生際が悪いとしかいえないが今日は控えるべきかもしれない。久しぶりに恋人と夜を過ごす可能性もあるのだから。
　デートというのも見過ごせない。どこに行くかにもよるが、明日の服もある程度決めておいたほうがいいだろう。クローゼットを掘り返した末、水色のシャツと、紺色の半袖シャツに絞った。水色のシャツは腕を少し捲って、白いボトムでどうだろう。紺色の半袖シャツは同じくハーフ丈のボトムと合わせて、ベッドに広げ、小物を足していく。それぞれ写真に撮ると、『どちらがいいと思いますか？』という一文とともにSNSにアップロードする。これで夜には、年下の恋人に近い感覚の持ち主たちから有益なアドバイスが来ているはずだ。直接恋人に訊けないジェハンが最近覚えたSNSの使い方だった。


　ジェハンの湿った髪をヘヨンの指が梳いていく。ドライヤーの風音の中でも、ヘヨンの声はよく届いた。暖かな温度と、撫でるような軽いふれあいに、ヘヨンの柔らかな声が心地いい。半ば微睡むような心地で身を預けていた。
「明日は出かけましょうか」
「貴重な休みなんだから、無理に出かけなくても……」
「充電は今晩たくさんするので。昼から、ゆっくりと」
　ヘヨンの指が地肌を撫で上げるのにぞくりと肌が泡立つ。わずかに湿ったままの髪の束がぱらぱらと落ち、無防備なうなじに唇が落とされた。は、と熱い吐息が肌を撫で、躾のなってない犬ように歯が立てられる。
「また汗をかくので。もういいですよね？」