堤防のそばに車を停め、砂浜へと降りた。朧げな記憶を頼りに訪れた場所は、そのままの姿でジャンホを出迎えた。革靴の底で潰された砂が、踏みしめるたびじゃりじゃりと鳴った。打ち寄せられた波の形に集まった貝殻の中に、丸くなった硝子が混じっていた。雲ひとつない空をそのまま映し、同じ色をした海は凪いでいる。波の音も、磯の匂いも、こんなにも耳をうち、鼻に残っただろうか。二つ並べたグラスに、焼酎を注ぐ。道中買った大きな氷がからんと音を立て、グラスの中で回った。波打際で犬の散歩をしている人が見える。はしゃぐ犬がつけた小さな足跡の隣に、飼い主のものが並ぶ。潮が満ちていくまでの束の間。
兄貴がいなくなって、もう十年以上経つ。ハンバーガー店で、バーで、車の運転中にも、兄貴がふっと浮かんでは消えていく。その頻度も少し、落ちたのかもしれない。少なくとも、痛みを伴うことは減った。
——この店の中で誰が一番惨めだ?
真昼のハンバーガーショップで、兄貴は言った。ジャンホは自分のことばかりで、不貞腐れ、兄貴の顔すらろくに見られなかった。だから、兄貴がどんな顔をしていたのか、思い出せない。ジャンホが思い出すのは、ジャンホの額を弾いたり思案に耽るたびに組み替えられる長い指だとか、ジャンホをみとめて弧を描く目尻だとか、格好をつけていてもジャンホの馬鹿に思わず鼻からぬける煙草のけむりだとか。
ジャンホは兄貴のことを惨めだなんて露ほども思わないけれど、兄貴の身の上にあったことに想像を巡らせられるようになった。本人の口から聞くことは叶わなかったけれど。
チャンスの庇護下にあったジャンホが知っていたのはやくざのほんの上澄で、チャンス自身が潜り抜けたものとは違うのだろうとも思う。ジャンホが元の世界に戻れるように、何もわからず足を踏み入れたジャンホが両足とも沼に落ちないようにと、兄貴が手を尽くしてくれていたのは想像に難くない。
もうどこにもいないということは受け入れたけれど、あの日に戻れたらやっぱり走って会いに行く。ジャンホが加勢すればどうだっただろう。少なくとも致命傷は負わせなかった。すぐに傷を診せ、回復したら焼酎で乾杯する。
やり直したいという後悔を、時々取り出して無力感に向き合う。兄貴は望まないだろうけど、同い年になったくらいではやめない。ジャンホのものだから。
——人間らしく生きろ。絶対、俺みたいになるな
一目だけでも、また会えたらいいのに。兄貴がいなくても、ジャンホはまっとうに生きている。人間らしく。兄貴のように。
茜色の空が藍へと変わり始める。ひたひたと足元まで潮が満ちている。そろそろ立ち上がらないと。ジャンホの頭上に広がる空の中で、金星が一際明るく輝いていた。