Fate、聖杯戦争パロディ 寂れた洋館の地下室で、男は不思議な円の紋様を床に敷き、正面に立ち手をかざす。
素に銀と鉄──
それは、魔術の言葉。
降り立つ風には壁を──
抑揚のない声。
閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ
繰り返すつどに五度
ただ、満たされる刻を破却する──
ふわりと、どこからか風が吹く。男の艶びた黒髪が舞い踊り、顔の半分を隠した仮面が現れる。表情は読めない。
――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
かざした手の甲が熱を持ち、鈍く光を放つ。
床に敷かれた紋様も、男の手の甲と同じような光を纏い、巻き起こる風は竜巻のように紋様の中心に集まる。
男は微動だにせず、ただその紋様を見つめ、魔術の言葉を口ずさみ続ける。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者」
紋様と男の手の甲が放つ光が強くなる。男は眩しさに目を細めるが、確かにそれを見届けようとする。
一つ。息を吸う。吐き出す。
この男も、さすがに何かを感じ取ったのか、強い風の中水分がなくなったのか、唇を湿らす。
一つ。大きく息を吸う。
「汝三大の言霊を纏う七天。
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――」
目が眩むほどの爆発的な光と風。男は身を守るように腕を掲げて目を閉じる。
辺りが収まり、ゆっくり目を開き、背後からの気配に振り向く。地下室の唯一の扉からなだれ込む銃を持つ者達。微かに上から交戦の音がする。
守りをすり抜けてきたのか、優秀な者達だ。
男は感心をする。己に突きつけられた拳銃に感情は揺れず、じっと見据える。
「遅かったか」
「いや、気配はない」
「なら、上の奴等が来る前にやっちまうぞ」
この魔力の揺れもわからないのか。
男達の会話に、先程の評価を引き下げる。
「英霊よ。最初の命だ、私を守れ」
「なに……?」
殺していいの――?
「なんだっ?!」
「女の、こえ─?」
「殲滅だ」
地下室に響く。鈴の音ような、ころりとした弾む声。男の言葉に、くすくすと笑い声が続く。
拳銃を持つ者達は、姿の見えない声に恐怖し、震える手で虚空に拳銃を向ける。
私はそこにいませんよ──?
その声が始まり。
背後から首を掻き斬られ、血が噴き出る。悲鳴があがり、発砲音。その手が落とされる。地下室を逃げ惑う。デタラメな跳弾と、恐怖から笑いと悲鳴。
その中で、仮面の男だけは静かに佇む。
その中で、女の楽しそうな声が響く。
地下室に生あるものは一人だけ。ツンとさす、カビの臭いと、臓物の刺激臭。仮面の男は、全くの無傷で、返り血の一つもなく、そこにいた。
「姿を現せ」
仮面の男の前に、光の粒子と共に現れる。
それは、女。
長い黒い髪。白い肌。淡い紫の着物に深紅の帯。血濡れた姿。
地下室の惨状を引き起こしたのは、この女。
閉じられた瞳が、ゆっくりと開かれる。
「あら…、まぁ……。素敵なお方」
「名は」
「…………お教えしたいけど、ナイショです」
真っ黒な深淵のような瞳。
女は仮面の男と目を合わせ、ほんのりと頬を染める。
男の言葉に、女は恥ずかしそうに身をよじり、考えこむように眉根を寄せる。そして、困ったように微笑む。
真の名を聞いて、答えないことは想定済み。それに対して納得し、男はまた尋ねる。
「何と呼べばいい」
「…………アサシン――」
「やはりか」
探したが、コレだと決定打にできる物は見つからず、何も触媒にせず召喚儀式を行った。何が出るかと思えば、まさか一番想定していなかったアサシンだとは──。
扱いづらいバーサーカーが来なかっただけ良しとしよう。
仮面の男は、右手の甲に刻まれた、赤い痣に目を落とす。魔力をほんの少しでも込めれば、目の前の女と繋がっている感覚。ちらりと視線を上げれば、頬を染めた女がふわりと笑んだ。
「あっ」
「なんだ」
「いえ!私、召喚されたらやってみたかった事があって……」
「やってみたい事……?」
女が両手を合わせて、強請るように上目遣いをする。
何か危険な事をやり始めるならば、この痣を一つ消費すればいいだけ。仮面の男はそう考え、女に頷いてやった。
女はぱあっと笑顔になる。わざとらしく咳払いをして、髪をさっと整え、着物をはたいて埃を払う。返り血はそのままでいいらしい。
女は顔を上げて、仮面の男を見る。着物の裾をドレスのように摘み、片手を自分の胸に置く。
「サーヴァント─アサシン。召喚に応じ参上しました。
貴方が、私のマスターですか?」
「とんだ茶番だ。だが、あえて応えよう。
アサシン。私がお前を喚び出した。私に勝利を─」
「えぇ─。えぇ─……!勿論ですわ。私にお任せください、マスター。
貴方に、血と叫喚で溢れた、輝かしい聖杯をもたらすのは、この私─アサシンでございます」
アサシンのお遊びに、仮面の男は付き合ってやる。
それが望みならば、それで満足するのならば、こんな些細な事、叶えてやるのは造作もない。
仮面の男が、女との繋がりを示す印を差し出す。女は幼子のようにはにかみ跪く。
その印に、口づけを落とす。
ここに、聖杯戦争の一角を担う、アサシンとそのマスターが誕生した。
――――――――――――
①食事
「おいしい〜!こんなに柔らかいお肉はじめて〜」
アサシンはフォークとナイフを使い、皿に盛られたステーキ肉を頬張る。
おいしい。おいしい。と、幸せそうに食べている。その姿を見て、マスターである王翦は、こんなもの特に代わり映えのしないものだろうと、アサシンと同じものを口にしている。
「王翦様。確認を一つ、させてもらってもよろしいでしょうか」
「何が聞きたい」
「サーヴァントとは、食事を必要としないはずでは……」
「……私もそのように聞き及んでいるが。中には、嗜好品として愉しむ者もいるらしい」
「そーですよー!私は食べる事が大好きなので、味もわかるなら食べなきゃ損じゃないですか」
アサシンが普通の人間のように食事をする姿。それに疑問を抱く側近の亜光。
サーヴァントにも色々あるのだと、書物だけではわからない未知の存在なのだと、改めて実感をした。
――――――――――――
②名前
「なんだか懐かしい気配がするんです」
「生前の知己か」
「そうですね……」
聖杯戦争の参加者は皆、各々のサーヴァントを召喚し、戦いは始まっている。だが、いまだサーヴァント同士の戦闘は観測されず、潜伏と情報収集をしているらしい。
かくいう王翦も、己のサーヴァントを理解する時間を取っている。
服装からして年代は古い時代。顔立ちは日本人寄り。知識は聖杯から貰っていると言っているため、断定はできないが、おそらく明治以前の日本人ではないかと推測している。
アサシンというクラス。扱う武器。人の死と血と臓物を好む性質。軍人には見えないため、忍という存在か。
「名は言えぬか」
「…………恥ずかしいのです」
サーヴァントの本当の名前。それは、サーヴァント本来の力を引き出すための道標。他の者に知られれば、明らかな弱体・弱点になり得る。
だから教えない。と言うなら理解もできるが、恥ずかしいからという理由には溜息が出る。
「アサシン─。それは、今だけ、この時だけ、私だけを指す名前です。貴方には、そう呼んでほしいのです」
「──アサシン」
「はい、マスター」
裏切らないのなら。勝利を運ぶという言葉に偽りがないのなら、名などはどうでもいい。