隣人の声 榮寿は庭の片隅にしゃがみこみ、木の根元に手を伸ばしている。
李牧はその背を見つけて、ゆっくりと近づく。大きな音を立てて近づくと、榮寿はこれでもかと顔を歪めるため、そっと近づく。
「そんなところで何をしているんですか?」
「お前に関係ない」
声をかけると、榮寿は顔も上げず答える。そうつれないことを言わなくてもいいでしょう。とは言わずに、李牧は小さく息をついて、榮寿の隣にしゃがみこみ、その手元を覗き込み、ぴしりと固まる。
「ろ、……えと、榮寿?それは……」
「そこにたくさんいた」
「そ、そう、ですか」
あの李牧でさえ狼狽える。ひく─と、口の端が引き攣る。榮寿は李牧をちらりと見て、また手元に目を戻す。
榮寿の指には、一匹の青虫。反対の手には、別の芋虫が何匹も乗っていた。
榮寿が虫を愛ずるとは知っていたが、ここまで抵抗もなく手に乗せるとは知らず、李牧も驚いた。そして、虫を見つめる榮寿の瞳が、普段よりも柔らかいことにも気づいた。
「それは、どんな姿に成長するんですか?」
「…………そうだな。こっちは蝶だが、こっちの小指にいるのは蛾になる。他はどうだろうな」
「その黒いのが蝶に?」
「醜いと言いたいか」
榮寿の一言に、李牧は言葉に詰まる。そこまで直接的に思ったわけじゃないが、そう思っていたようなもの。目をそらす李牧を横目に榮寿は、虫たちを葉の上に置いた。むいむいと長いからだを動かす虫たちを見送り、榮寿は立ち上がる。
「榮寿?」
「明日は雨だ」
「明日?」
すたすたと歩く榮寿を追いかけ、李牧は呟かれた言葉に首を傾げる。
天候を予測するのはできることだが、大掛かりな道具や時間も必要。榮寿の言葉は勘か何かかと、李牧は深く考えなかった。
翌日はよく晴れたが、昼間からは厚い雲が覆い、土砂降りの雨が降った。
外を見る李牧に、榮寿は得意げに、面白そうに笑った。