晴天 メーデー メーデー 本日は晴天なり
「何だそれは?」
「知らん。鈴音が言ってた」
隣で手製の矢を作る白珠が、空を見上げた。聴き慣れない響きの言葉に、剣の手入れを止める。
鈴音はたまに、意味のわからない言葉を使う。どこから来たのかもわからない女の言葉に、耳を傾けるものじゃない。それはわかっているのだが、妙に耳に残る言葉。
なんて言ってたかな、たしか…、そう。豊穣を司る女神のための日。だったかな。
「女神か」
「ははっ!女神なんて眉唾もん信じて、鈴音もかわいいよな」
「女系の神を信仰しているのも珍しい」
「あと面白い事言ってたぜ?」
「面白い?」
「俺は春みたいなんだってよ」
少し嬉しさが強くはにかむ。
常ながら「もう少し落ち着け」と言われて、白珠は遺憾を感じていた。精密な矢を放つための集中力や洞察力だってある。それなのにこれ以上どう落ち着けと言うのか。辟易としていた時に、鈴音から「春みたいに暖かくて、生命に満ちていて、小さなお花みたいなかわいらしさがあります」そう言われた。かわいらしいという言葉には反論したいが、褒められている事に変わりはないだろうと、素直に受け取った。
春みたいな人間ってなんだ?と、思わないわけではないが、春というものに悪いイメージもない。白珠はけらけらと笑った。
「春もいいが……」
「あん?」
「どちらかと言えば、お前は夏だろう?」
「…………その心は?」
そう問われると困る。だが言ってしまったからには答えなければ。
白珠が春と聞いてから、違和感があった。春のような命の芽吹きも、生き物の目覚めも、瑞々しさも、白珠には合わない。
白珠は、突き抜ける青空。雲のない広がる蒼天、どこまでも広がるその開放感。蒼穹とは、この男を表してもいいだろう。名前に似た、白日の笑み。虫と言えば怒るかもしれないが、夏に生まれる生き物のように、小柄な体躯を動かし跳ねる。生命力に満ちているのは、たしかにそうだった。
それを、どう言うべきか。亜光は押し黙る。包み隠さず言ってもいいが、さすがに気恥ずかしい。白珠はきっと「何だそれは」と眉を顰めて笑う。
口を閉ざす亜光を、不思議そうに見る白珠。何をそんなに悩む事があるのか。本当は思っていないんだろ。少々不満げな表情を浮かべるが、この堅物が嘘をついたり、その場を凌ぐための言い繕いもしないと知っているため、仕方ないからおとなしく待ってやる。
やっと、意を決したのか顔を上げる。白珠も、おっと、表情を軽くさせる。
「お前は、今日の空模様のようだ」
やっと、観念して絞り出した。一番当たり障りのない言葉。いや、白珠は晴天が合うと、素直に感じている。
やはり言うべきではなかった。何を口走っているのか。自己嫌悪に陥り、片手で顔を覆う。
「お前……」
「悪い、忘れ、」
「女口説く練習俺でしてんじゃねえよ」
「していない」
なぜそうなる。お前が始めた話に巻き込まれたのはこちらで、お前が言えと言うから考えだして、それに乗ってやったというのに、とんだ言われようだ。溜息をつくと、白珠が更に顔を顰める。そして、肩を震わせ笑い出す。
「いやー!へったくそな口説き文句だな」
「うるさい。そもそも口説いていない」
「いや~?口説かれたぜ?一応刺さった」
「それは良かったな」
からからと笑い、亜光の肩を強めに叩く。白珠の機嫌はすこぶる良くなり、ごろりと寝転がる。
そうか、夏か。春より好きかもしれん。太陽みたいに笑うからって、母さんに言われたのを思い出す。亜光にもそんなこと言われたら、腹がよじれるほど笑っちまいそうだ。
まだくつくつと笑う白珠に、楽しそうならばいいかと、諦めがつく。
空を見上げる。
本日は晴天なり。
俺だって、お前といると陽光に照らされたみたいで、明るい明日が見えるんだ。