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    9_Mop_Handy_6

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    文次郎の顔が好きな仙蔵の話な文仙

    #文仙
    monsen

     気が付けば、いつも見目について揶揄われてしまう男になったものだ。

     この男の顔を初めてじっくりと眺めたのは、記憶の中の床の冷たさを辿る限り、きっと、学園に入ってから初めて迎えた冬のことだろう。
     寒さに耐え忍ぶ私を見兼ね、今日は同じ布団に入って寝ようと声をかけてくれたあの日だ。温かいなぁと、にかりと笑んだかと思えば早々に寝息を立てていた、幼い同室の顔が密談の時よりもかなり近くにあった、ような気がする。
     此奴の、閉じられた瞼をそれほどの距離で見つめたのはあれが初めてだった。
     幼くも男らしい顔つきの割に、睫毛はなかなかの長さで、頬は柔らかいかと思えば、張りがありしっとりと硬かった。(今に比べれば相当柔いものだったが)
     ふと考えてみれば、初めて顔に触れたのもその時だったのかもしれない。
     何故触れたのかと聞かれれば、近くにあったからとしか言いようがない。
     己の寝巻き着の襟をただ必死に掴むしかなかった細くて弱い指を、ほんの少し伸ばすだけで届いてしまう場所に無防備なこの男の顔があったなら触れる他ないだろう。
     記憶の中の手触りは、経過した年数に合わせて少しずつ更新されていった。
     徹夜が続き、隈が増えれば増えるほど顔も老け込み、肌の質も落ちるばかりだからだ。老け顔だの保護者だの先生だの、言われる度に腑に落ち無いような表情になるのは呆れを超えて滑稽だ。
     だが私にとっては、鍛錬の度に日焼けた此奴の肌も、深くなっていく頬骨の周りも、食いしばった数程強固になる顎も、好ましくてしょうがない。
     ことあるごとに理由をつけては触らせるよう強請ってみたり、脅してみたりを続け、そうして拒絶が無い限り、私の我儘は今も尚、許容されている。

    ◇◇◇

    「いい加減にせんか」
     戯れに鼻を摘んでみたら、くぐもった声で文句を言ってきた。この程度であれば無視をしても問題ないと、長年の経験が囁く。
    「次に作る生首フィギュアのためだ、もう少し我慢しろ文次郎」
     両手で顔を掴んだままに、首の張りが目立つようにぐいと持ち上げれば、ぐぇっと上を向いた口から小さく悲鳴が上がる。胡座をかいて好き勝手にさせておきながらも、文次郎にとってこの程度の衝撃では首がやや上を向いただけで、身体は一切微動だにしないのは素直に感心する。そして少々羨ましい。
    「もんじろ君の友達でも作る気か?」
    「いいや、作法委員会の実習で使う為のものだ。大将クラスの首になる予定だから精巧に作りたい。」
    「そ、そうか」
     口の中で、なるほど大将首か、とでも噛み締めていそうな、僅かに上がる口角が私の指を押し上げる。なんとも間抜けな奴だが、あまりにも何の疑いもなく真に受けられるのもそれはそれで不安だ。
    「おい、ニヤニヤするな。下品な顔の大将首が出来上がるぞ」
    「笑っとらんわ!」
     図星を突かれれば声を荒げて即座に否定。何ともわかりやすい男だ。
     しかし忍務となればそんな動的な感情もきっちりと(大体は)抑えられる男でもある。すやすやと寝息を立てていた十の頃のあの時の顔然り、自分の前で見せる年相応の、寧ろまだ幼いようにも見える表情が心地良くも胸を締め付ける。
    「ありがとう。充分参考になった」
     散々触れ尽くした顔から私が手を離すと、文次郎は解放感に浸るようにひと呼吸しながらぐるぐると肩や首を回している。
    「おお。では、俺は鍛錬に」
    「お前も、私の身体に触れれば良い」
     浮ついた声でその場を去るつもりでいた男は、予想だにしていなかった突然の提案に対し、は?というずいぶん甲高い声で返事をした。
    「好きな場所をひとつ触って良いぞ、文次郎」
    「いや、お前は何を言って……」
     姿勢を正し、膝に手を置きながら目の前で立っている男の顔を見上げる。
    「詫びか?」
    「礼だ」
     怪訝そうに見つめつつも、私なりの感謝を汲み取ったようだ。
     諦めたような顔でため息を落とす文次郎を見るのは不思議と楽しい。それを見ると、不思議とどこを触られても構わないとも思った。
     正直な話、ひとつ以上触られたって構わなかったし、その場合はまた揺すりのネタに使うまで。
     向かい合うように文次郎がどかりと座ったと同時に、膝に置いていた手は急にがりしと掴まれた。
     すっぽりと包み込まれた手を引かれ、そのまま引き寄せられるものかと思ったが、文次郎は私の予想を裏切り、掴んだ手を顔の前に持ってきてまじまじと見ている。
    「おい、ふざけるな」
    「どこでも良いっつったろ」
     私の悪態を気にかけることなく、人差し指を、中指を、薬指を、小指を。見終わったかと思いきや無理なくひっくり返し、親指を、そうしてまた人差し指から順番にゆっくりと触れていく。
    「……火薬の材料を知っているか?」
     くすぐったい。それを声に出す前に私の口からは違う言葉が飛び出していた。
    「当たり前だ。お前ほどでは無いが俺だって調合できる」
     朴念仁のくせに、気遣いができるような人の言い回しを使うとは。いや、皮肉が効いていないだけなのだろうか。どちらにせよ、今この瞬間の文次郎の意図が汲み取れずに、背中の真ん中を不自然に汗がひとつ伝う。
    「お前の指は」
     一体何を言うつもりなのか。心音が自然に速くなり、腹の底が緊張する。
    「……良い指だよなぁ」
     一瞬、何が起きたのかわからなかった。
     だが、私の手を見ながら随分と誇らしげにうんうんと頷く父親のような文次郎の様子に、私は袋の穴から漏れた空気のように息を噴き出した。
    「ははは!」
     堪らず腹を抱えて笑ってしまった。そんなにもしみじみと、職人の仕事を褒めるような言われ方をするとは思わなかった。文次郎はぽかんとしている。
    「次の変装は熟練の骨董商にでもなるといい。そうしろ、きっと上手く化けれるぞ」
    「やらねぇよ!」
     まるで文次郎の怒鳴り声に驚いたかのようにしてごろりと床に転がり、大笑いの続きをする。何かしらの喚き声を背に受けながら呼吸を整えるが、ツボからなかなか抜け出せない。
     一本ずつ壊れ物を扱うように、おっかなびっくり丁寧に指に触れる無骨で大きな手。真剣に私の指を見つめた後、僅かに目を細めた後の爺臭い呟き。それと、笑われた時の文次郎の眉の下がった焦り顔。
     これらを思い出せばしばらく話のネタに困ることはないだろう。
     ああ、おかしい。笑い過ぎて熱くなってきた。腹立たしいほどに、顔が、熱い。
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