我慢 その日たまたま通信に対応した新人は、運が悪かった。
画面に写っている審神者は、一文字則宗に身長と筋肉を大幅に増量したような外見だった。髪は則宗よりも短いので、さらに筋肉が目立つ。
肩にところどころ黒い模様のある、白い赤目の子猫がしがみついているのはかわいいが。
「僕の刀なのに、バグで干渉されるのは気に入らないな」
僕の刀、に反応した子猫がうれしそうに鳴いて審神者の首筋に頭を擦り付ける。
見た目だけはかわいいが、噂の山鳥毛だよな、と思うと新人は生きた心地がしなかった。
異世界出身の審神者の中でも黒識本丸は要注意、と政府職員の中では暗黙の了解になっている。
ヒトの識と、黒い虎の黒獣のふたりの審神者で運営されている本丸。
拐われた民を取り戻す為に、王族自身が黒本丸に侵入する攻撃性。
堕ちた刀剣男士を一蹴する戦闘能力。
堕ちていてもおかしくない程の虐待を受けた南泉と山鳥毛を従える統率力。
現在は審神者としても討伐部隊としても活動はしてくれているが、あくまでも「好意」で動いているので機嫌を損ねないように、と厳命されている。
その日、各地の本丸でバグが相次いだ。
刀剣男士が女になってしまったり、幼児化したり、刀種変更したり、動物化したりとバリエーション豊富なバグ。
本丸のシステムを経由して刀剣男士に審神者の霊力を分配しているが、そのシステムのアップデートに不具合が発生したようで。
審神者の中にはいつもの事か、で静観しているものもいるが、初めて遭遇した審神者には問い合わせをしてくるものもいる。
識は問い合わせをする前に、知識として把握してバグの解除を図ったようだがうまくいかなかったようだ。
しどろもどろになりつつ、解説する新人の説明を黙って聞いてから一言。
「いつ治る」
「すみません、各本丸によるとしか……あ、でも審神者と特別繋がりの強い刀剣男士は濃厚接触を重ねる事で解決が早いようです」
どんな濃厚接触、かあえて言わないが。
政府との通信が終わった後、肩にしがみついていた子猫が立ち上がって頬を舐めるのに溜息をついた識。
識の山鳥毛は訳ありで、独占欲が強い。懐いて恋仲になるまでは、塩対応通り越して攻撃的だったが今はその面影もない。
これは私のだ、とばかりに人目憚らず万屋でさえしがみついてくる事もある。
人前ではそこまでしか許していないが、その気になれば人前で性交して見せつけるのも気にしないだろうな、と思う。
その私は神隠しを狙っているから注意した方がいい、と他の同位体に警告されたのも一度や二度ではない。
諸事情により絶対に出来ないのがわかっているので、流しているが。
今は小さな子猫の姿なので、この姿なら何をしても許される、とばかりにいつもより激しい。舐める舌が頬から口元に移動している。
そこまで、と子猫を掴んで懐に入れる。
「戻るまで昼の居場所はここだ」
ただし、舐めたり噛んだりするなよ、とつけ足すのも忘れない。
子猫の姿で識の懐に居座っている山鳥毛に、あ、やっぱり、という表情になったのは黒獣と契約している南泉と則宗。
南泉は三毛のピューマ、則宗は黄金の羽毛龍の姿になっていた。
まぁこの姿を楽しもう、で積極的に戻る気はなく黒獣とじゃれあって三色毛玉団子状態でゴロゴロしているのだが。
刀種変更バグで脇差になった山姥切長義が、毛が散るだろう!と怒るがそれでやめてくれるような面々ではない。
後で終わってから本刀達に掃除させればいい、と慰めるしか出来なかった。
昼の間は懐でおとなしくしている山鳥毛だが、夜になると舐めるし噛むし言うことをきかない。
子猫の姿では人目憚らずいちゃつけるが、それ以上、が出来ないので主と濃厚接触して戻ろうとあれやこれや仕掛けてくる。
子猫の姿なので出来ることは限られているのだが、子猫の姿だけに見た目の罪悪感が、やばい。
手を甘噛みするのは許したが、違うところを舐めようとするのは抑えてやめさせた。寝るときも潰さないようにしっかり抱き込んでおかないと朝には下腹にいるので油断出来ない。
そんな攻防戦が功を奏したのか、山鳥毛は3日で人の姿を取り戻した。朝方に識の腕の中で二度寝していた時に。
「この姿なら問題ないだろう?」
識の身体の上で笑った山鳥毛だが、次の瞬間視界が反転していた。
「問題ないな」
山鳥毛を押し倒した識が笑う。
「我慢してたのはお前だけじゃないからな」