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    tachibananu

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    tachibananu

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    【ヒロ→円】小さい笑い声だ。円堂はそう思って、声の主を視界の隅にとらえた。
    例えばこれが栗松や壁山なら、がははは、と大きな口をあけて笑うだろうし。風丸や豪炎寺や鬼道だって、ははは、くらい声を出すだろう。
    彼は、唇の両端をそっと上げるようにして笑う。たまに声を出したって、元々の声の質がそうなのか、森の中にいるみたいに静かだった。
    リュウジの隣に座って晩ごはんを食べている姿を視界から外して、風丸の隣に座りながら、円堂は唐突に気がついた。
    基山ヒロトと最近、ろくに話をしていないことに。

    「ヒロト」

    食事が終わって、みんなそれぞれの部屋に帰ろうというとき。廊下に出て、前を歩いている鮮やかな赤い後頭部を見つけた円堂は、小走りで駆け寄って呼び掛けた。
    立ち止まって、ちょっと振り返る。その横顔が、また静かな微笑みを浮かべた。

    「どうかした?」
    「いや、用事ってわけじゃないんだけどさ。ちょっと話したかったんだ」

    素直に打ち明けると、ヒロトは不思議な色をした目を少し大きく開いて、それからもう一度細めた。

    「じゃあ、部屋で話そうか」

    円堂が頷こうとすると、ヒロトは突然後ろを向いて、

    「リュウジ、風丸くん」

    と、離れて歩いていた二人を呼び止めた。

    「どうしたんだ?」
    「この後時間があれば部屋で話さないか?良いよね、円堂くん」

    振り向いた二人を誘ってから、円堂の顔を見る。

    「ああ、もちろん」

    そう答えながら、円堂は違和感を覚えていた。リュウジと風丸がいるのが嫌なわけではない。うまく説明できないが、なんだか変な雰囲気だった。
    結局、リュウジと風丸を交えての話はサッカーの話題に終始した。ヒロトとももちろん会話をしたが、練習中の話しに毛が生えた程度の内容だった。円堂が彼に話題を振っても、必ずリュウジか風丸を挟んで会話は続いて、彼から円堂に直接話しかけるような場面はほとんどなかった。
    一時間くらい経ってから、明日も早いし、ということになって、解散した。
    ヒロトの部屋を出るときに、円堂は彼の顔を見たけれど、彼は出ていく三人に平等に静かな笑みを見せていた。
    それは自然だったし、友人であれば当たり前の態度だったが、円堂の違和感は部屋に入る前よりも、もっと強くなった。
    自分の部屋に戻って、ベッドに仰向けに横になる。彼の態度からは、あえて避けているような様子は見受けられなかった。なのになぜ胸の中がモヤモヤするのか、分からない。
    円堂は、さっきまで目の前にしていたヒロトと、最近合宿所で会っているヒロトと、もっと以前の、グランという顔があったときの彼のことを、思い出してみた。
    静かな笑いは、出会ったころから変わらない。変わったのは、雰囲気。丸くなって優しくなった。でもそれは、本来なら歓迎すべき変化のはずだった。
    なぜ違和感を覚えるのだろう。
    円堂は、二、三回ベッドの上を転がってから、煮詰まってベランダに出た。空には星が氷砂糖のように透き通って散らばっていて、彼の黒い瞳の中でいくつも輝いた。
    頬を撫でるかすかな風は涼しくて、ややこしいことを考えたせいでオーバーヒート気味の頭を冷やしてくれる。
    すう、と深く息を吸って、ゆっくり吐いたとき、窓の開く音が外気を伝わって聞こえてきた。
    そちらに目をやると、左側、一つ部屋を挟んだベランダに、ヒロトが出てきたところだった。
    何か考える暇もなく、円堂は大きく手を振っていた。窓を閉めたヒロトが気づいて、手を振り返す。どこか困った顔をしているように見える。
    モヤモヤする。円堂は、身振り手振りをした。彼は分からないみたいで、首を傾げている。だから了解はとらないことに決めた。
    ベランダに手と足をかけて、50センチほど離れた隣のベランダに乗り移る。近くて、彼が考えていたより全然楽勝だった。しかしヒロトは、困った顔をするのも忘れたみたいで、口元をあの字に開いている。
    降り立った隣部屋のベランダの主は、留守だったようだ。だから円堂は遠慮しないで、再び手すりを乗り越えようとした。そうしたら足元が滑って、乗り出した身体が空中で傾いた。

    「っ!!」

    ヒロトが目を剥いて、ばたばた泳いでいる円堂の手を掴んだ。それからなだれ込んできた上半身を抱き止めて、一緒にベランダの床に崩れ落ちる。
    ヒロトの上に乗っかる形になった円堂はすぐに身体を起こして、ごめん、と謝った。

    「大丈夫か?」
    「っ、こっちのセリフだよ!落ちて怪我でもしたらどうするんだ。二階だからって、骨くらい折れるかもしれない」

    暗い中でも分かるくらい、彼の頬は血の気が引いていた。かなり冷や冷やさせたのだと知って、円堂は小さくなった。

    「ごめんな、ヒロト」
    「……用があるなら、次はドアから来てくれないかな」

    目を伏せて、彼は溜め息を吐いた。尻餅をついていたズボンをはたいて立ち上がる。一緒に立ち上がりながら、円堂は口を開いた。

    「普通に行ったら、ちゃんと話せないような気がしてさ」

    横に並んで、外を見る。ヒロトは円堂の言葉に対して、少しためらった後で、

    「どうして、そう思うんだい」

    と尋ねた。円堂は眉間にシワを寄せて、モヤモヤについてのうまい説明を考えてみたが、結局諦めた。

    「どうしてだろうな。なんとなく」
    「・・そう」

    変なところで察しが良いんだから、と独り言みたいに呟いて、手すりの上で腕を組む。
    それを聞いて、円堂は彼の横顔を見た。
    不思議な色の瞳は、星の光で宇宙のように光っている。

    「俺、なんかしたか?」
    「なんかって?」
    「分かんないけど。あんま俺と二人で話したくないんじゃないかと思って」

    モヤモヤの原因はそこにあったのかもしれない。繊細なヒロトに対して、知らない間に無神経なことをしたのかもしれない。
    しかしそんな考えは、相手の静かな笑みに一蹴されてしまった。

    「そのくせ、やっぱり鈍いね」
    「鈍い?」
    「何でもない」
    「教えてくれよ」
    「円堂くんは、悪くないよ」

    そう言われては、何も返すことができない。直すべきところがあれば、まだ気が楽なのに。円堂は暗闇で白く浮かび上がる手すりを見つめて、眉根を寄せた。

    「……どうして、そんな顔をするの」

    ヒロトが、気遣わしげに尋ねた。彼は大人の対応ができる少年だった。それが悲しく思えて、首を横に振る。

    「いや。ごめんな、困らせて。部屋に戻るよ」

    今度はちゃんと廊下から行くな、と言って窓に手をかける。その後ろから腕が回されて、ぎゅう、と抱き締められた。
    背中が暖かい。息遣いが耳元で聞こえてくる。円堂は何回かまばたきをして、ちらりと後ろにある赤い髪を見た。 

    「……ヒロト?」
    「俺だって、子供だよ」
    「そうなの、か?」
    「円堂くん」
    「ああ」

    状況に戸惑いながらも円堂は返事をした。ヒロトが静かな笑い声をあげる。なんだろうこれは、この後どうするんだろう。そう思って、身動きひとつできなかった。


    おわり
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