【鬼円】ロッカー シードの養成施設が存在するという情報を掴み、潜入したフィフスセクターの拠点。調査の結果、この場所は各学校の監視設備の一つであり、子どもたちが捕えられている施設ではないことが判明した。外れということが分かっただけで収穫だ。早々に立ち去ろうとしたところ、想定外の事態が起きた。一緒に潜入したメンバーが誤って警報システムを作動させてしまったのだ。場所が悪く、突入してくる警備員を回避して脱出できるルートがなかった。仕方なく雑然と書類が保管された部屋に入り、掃除用具入れのロッカーに身を隠して、警備員たちが外を捜索し始めるのを待つことにしたのだが。
「ごめんな、ていうか鬼道なんかぷるぷるしてないか? もっと俺のこと潰しても大丈夫だぜ」
「………別に、問題ない」
「あ、もしかして俺汗くさかったりする!?」
一緒に潜入した仲間、円堂がみじろぎして自分の身体を嗅ごうとするので、静かに、じっとしてろ。と言うことしかできなかった。実際、問題だらけだった。成人男性二人が狭いロッカーに無理やり押し入っているのだ。扉が閉まってくれて助かったが、お互い足と足の間に相手の足が挟まっているし、顔は相手の肩のあたり。ロッカーの奥壁面に両腕をつけて、かろうじて胸の辺りは浮かせているが、ほとんど抱き合っているような状態である。動かれるとあちこちが際どいところに当たるので困る。本当に。
先ほどこの部屋は調べられたばかりだが、別の警備員が来ないとも限らない。しばらく互いの呼吸だけがロッカー内にこだましていたが。急に、また円堂がもじもじしはじめた。だから本当にじっとしていてほしい。そう思っていると、
「…………あのさ。そんな場合じゃないのは分かってるんだけど」
意を決したように、小声で話しかけてきた。ロッカーの中は二人分の体温でかなり熱くなっている。もしかしたら体調でも悪くなったのだろうか。
「なんだ?」
「今、背中、めちゃくちゃかゆくて」
「……………………」
「自分では無理そうでさ……ほんとに悪いんだけど、掻いてもらえないか?」
と言って、またもじもじとする。ため息でもつきたかったが、いつまでも動かれるほうが支障がある。仕方なく右腕を壁から離して円堂の背中に回した。分かってはいたが身体の前面も触れることになって密着度があがる。
「どのあたりだ?」
「えと、も少し下……ひゃあ」
「………………」
背中の手を下にずらすと、変な声を出されて硬直した。円堂が慌てたように「ご、ごめん。そのへん」と言う。眉間に力を入れて密かに深呼吸してから、背中のくぼみに沿って指を立てて動かすと、びくびくして左肩に顔を押し付けてくる。
「う。あの、もうちょい爪、とかで、」
逆にくすぐってえ、と訴えてくる円堂に、心の底から頭を抱えた。人の気も知らないで。恨み言のひとつも言いたくなる。
「……爪は短くしてる。いちいち変な声を出すな」
「ちが、いつもはこんなくすぐったくないんだって! 鬼道が……」
「俺か!?」
俺が変な触り方をしているとでも言うのだろうか。ショックを受けていると、慌てた様子で訂正してきた。
「あ。鬼道がっていうか、俺が勝手に」
「?」
「意識してるっていうか」
言葉の意味を理解するまでに少し時間が必要だった。動かせる範囲で横を向くと、シャツから出ている首元から耳にかけてが真っ赤になっている。扉に開けられた、換気用の隙間から入る光だけでも分かるくらいに。見えないがおそらく顔も赤いだろう。
「…‥意識?」
「え〜と」
自分のことで精一杯だったが、今さら気づいた。密着している相手の鼓動がずいぶんと早いことに。
「今の、聞かなかったことに……」
円堂の申し出は当然のように却下だった。暴れないように肩で肩を押さえつけてから、沿った背中に指を這わせて、白状するまで散々掻いてやったのだった。
おわり