Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    manuki525

    @manuki525

    怒られそうなやつをだします

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 6

    manuki525

    ☆quiet follow

    短くなっちゃったけど

    狂っているのは ある日を境に、プリークリーがおかしくなった。
    いや、おかしくなったのではなく、正確には奇妙になった、が正しいかもしれない。
    プリークリーはいたって正常であった。しかし正しく異常でもあった。どこをどうとってもそれはプリークリーであるのに、全く違うモノと会話をしているような、そんな。
    626号を──スティッチのことを知っていた。リロやナニをオハナと呼び、ジャンバをよく窘めた。彼の大きな目はぎょろぎょろと忙しなく動いていて、三本しかない指でティーカップの縁を摘んでいた。
    いつも通り叔母のようにふるまい、家事をし、虫が居ればジャンバに飛びつく……嬉しさで。
    正常だ。普段通りの、ジャンバのよく知るプリークリーが、それだった。
    しかしある時から、ふとした時にジャンバは違和感を感じるようになった。小さな、小さな違和感。それは積もり積もって大きくなり、違和感は疑念へと姿を変える。
    いつも通り似合っていないその女物の服が、なぜかその時に限ってやけに目につくようになった。
    いつも通り家事をする姿が、変に奇妙だった。
    いつも通りジャンバを呼ぶ声が、腹立たしく感じた。

    「誰だ、お前は」

    底知れぬ不安感からジャンバがそう聞けば、プリークリーはいつも通り答えた。
    「イヤだなもう、何言ってるのさジャンバ。僕たちいつから一緒にいると思ってんの?」
    そう、これだ。これがいつも通りのプリークリー。正常な、ジャンバのよく知る、
    『ウェンデル。ウェンデル・プリークリー』
    目の前の男は笑った。およそ"ウェンディ・プリークリー"とは思えない、それほど違う頬の上げ方だった。



    ジャンバはその状態のプリークリーを、"ウェンデル"と呼ぶようにした。プリークリーと呼んでしまうには、いささか心持が悪かった。
    ウェンデルが居るのは、決まって二人きりの時だった。たった3分間の時もあれば、朝から晩まで、リロが帰ってくるまで続いた時もあった。それまでは普段のプリークリーそのものだったのが、目を離した隙に入れ替わっている。ウェンデルとして喋るプリークリーは、まるで多重人格者かなにかのように見えた。
    様子のおかしいプリークリーを"ウェンデル"として認識するようになると、意外とふたりの共通点はないことに気がついた。おかげで、相手が今どちらなのかわかるのだが。
    ウェンデルはよく笑う男だった。なにか嬉しいことがあれば喜色満面でジャンバにそれを話し、楽しいことがあればうきうきと体を揺らして話した。
    料理を失敗した時は眉を下げて困ったように笑った。ジャンバが時間を忘れて作業に没頭していた時には、呆れたように笑った。
    ウェンデルはよく笑う男だった。気味が悪いほどに、笑顔以外の表情が欠落したように。
    無論、感情を持ち合わせていることは確かだが、どうしてもプリークリーと比べると、感情表現の仕方が少し拙いように思えた。
    ウェンデルは女物の服はなぜか似合わないようだった。見た目はそっくりそのまま同じエイリアンであるはずなのに、ウェンデルが肩を出していると「なにかが違う」と脳が囁くのだ。カーディガンやタオルケットをかけてやると、視覚が麻痺してその違和感はたちまち消え去る。
    それから、ウェンデルの瞳は真っ黒であること。何も見ていないような、どろどろとしたほの暗い何かを抱えているような。プリークリーの瞳の中の、あのカラフルできらきらとしたものは何一つ見えなかった。彼の目は虚構を見ていた。そこが何よりの違いだった。

    ジャンバはしばしばウェンデルと対談した。
    同一人物であるのに、記憶には差異があるようだった。彼がこの地球に来たきっかけは自分から望んだためであり、議長から押し付けられた訳ではないこと。女装よりも男の格好の方が多いこと、ナニは海洋生物学を学びに大学へ通っていること。そして、ジャンバが今銀河連邦に幽閉されていること。
    まるで他の世界から、本当に目の前で怒ったことのように彼は語った。ジャンバはその話を聞くのは苦ではなかった。むしろ面白おかしく聞いていた。諜報員として、プリークリーが嘘をつくという事実が意外だったからだ。

    「私が銀河連邦に?は、は、随分とおもしろい話だ。そんなことになるのなら、私はもう一度捕まってもいいかもしれないな」
    『そう?ジャンバは変わったね』

    きょとん、としたウェンデルの顔がまた間抜けで、ジャンバは声を上げて笑った。そのうちプリークリーが、ちょっと大丈夫?なんて言ってくるのもきかずに。
    恐らく彼は、ウェンデルは、「諜報員」のプリークリーの人格である。きっかけは分からないが、当時の人格を切り替えるスイッチが、何かの拍子で押されてしまったのだろう。そうでもなければ、あのプリークリーが諜報員なんてできるわけが無い。これはプリークリーへの侮りではなく、ジャンバからの信頼と長年の付き合いの賜物であった。
    そして久々に使ったそれは今制御不能となり、今のような状態に陥っている。ジャンバはそう仮説を立て、様子を見ることにした。
    ジャンバはウェンデルという人格をプリークリー以上に好ましく思うことはなかった。しかし嫌悪するほどでもなく──まあ、好意的であるのには間違いない。少し自分勝手なきらいがあるが、プリークリーの若さゆえの人格であるとするならば、かわいいものである。
    ウェンデルはいつも、どこかふらふらとしていた。諜報員という仕事が、肩書きがなければ、彼は地に足つかずに重力に逆らっていたような、そんな幻想を抱くほどに。いちいち地球のものに興味をもったり、あちらこちらで落ち着きがなかったり、そのくせいざ自分の意見を求められれば当たり障りのない事ばかりを口にする。まさにその名の通り"放浪者"であった。それをそのままウェンデルに伝えれば、いまいちピンと来ていないのか彼は首を傾げた。自覚のない、空っぽな放浪者。いつも知識と興味で腹を好かせている、そんな男。
    ウェンディ・プリークリーとは似ても似つかぬその男は、段々と日常に侵食していった。違和感は疑念に、疑念はいつも通りへと変わっていった。
    そんな、ある日。

    『ねえジャンバ、僕のこと、覚えてるの?』

    ウェンデルは突如そう言った。
    リビングで映画を見た後、途中で寝落ちてしまったリロとナニをベッドに運んでいる時だった。
    すよすよと眠る二人の寝顔は純粋無垢でいて、二人ともまだ子どもであることを示している。スティッチはというと、未だ元気なのかプリークリーの頭の上で小さく鼻歌を歌っている。
    質問の意味がわからず答えあぐねていると、ウェンデルは更に言葉を続けた。

    『626号を尾行したことは?一緒にチョコを買ったことは、君が僕を引きずり回したことは?』
    「……あー、私は諜報員時代のお前を知らないからな、覚えてるも何も」
    『……そっか。うん、それでいいんだよ。きっと、きっとそれがいい。』
    「突然何を、」
    『ううん、気にしないで』「おやすみなさい、ジャンバ」

    それだけ言うと、プリークリーはリロの部屋に消えてしまった。最近は会話の間にもこうして入れ替わりが起きていて、少し頭の処理が追いつかなくなる。おやすみ、とひとつ返して、自分もナニをベットに寝かせる。部屋の端にあるトロフィーや賞状が、埃をかぶって鈍く光っている。ウェンデルの話では彼女は大学に行っているといっていた。そんな未来もあったのか、それは神のみぞ知るものだが。
    ドアを静かに閉めて、自分も眠ろうと部屋に向かう。その時、壁の向こうからプリークリーの声が聞こえた。スティッチとなにか会話をしているらしい。二人で内緒話なんて、意地が悪いじゃないか。ジャンバはそうニヤリと笑いながら、ドアノブに手をかけた。

    「ねえスティッチ、ちょっとだけ相談があるんだけど。……最近ジャンバがおかしくってね。僕を僕じゃない人みたいに扱うんだ。寒くもないのにカーディガンをかけたり、突然僕の名前を呼んだり。しかもちょっと間違ってるんだよね、信じらんない!
    ……何か知ってる?疲れてるのかな、ジャンバ──」






    ウェンデルは、その日を境に姿を表さなくなった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator