Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    yctiy9

    @yctiy9

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 63

    yctiy9

    ☆quiet follow

    4-3 「せんそう、ですか・・・?」
     告げられた言葉にエミリオは愕然とする。突如、ミシガン家の屋敷にやってきた魔女フィオラは言う。
     「あくまで一つの可能性であって、起きると決まったわけではないわ」
     彼女が言うにはこうだった。外の大陸と交流がある唯一の国シェンネーが、エリュシオンの砦を開くために魔術師を引き入れる。当然、その危機は神託によって大陸全体に通告されたわけだが、それはシェンネーにも伝わるわけで。
     「私だったらブルカンか、ルールにけしかけて戦争を起こす。その混乱に乗じてエリュシオンを開く」
     静かに聞くエミリオの後で、アマンセルがうんうんと頷いていた。
     「あんたは分かってるみたいね」
     「同じ推測のもと、既にブルカンには調査員を派遣していますし、上位にも可能性の一つとして報告しています。まだ調査の結果はわかっていませんが…」
     「ふーん」と彼女は見直したように彼を見る。
     「そう言うあなたも何者なのか気になるところですが、今は置いておきましょう。そんなわけで、もう対策は打ってあります。だからエミリオくん、今はルールに魔術師を引き込んだ犯人調査に集中してね」
     あっけらかんと言うアマンセルに、エミリオはクレロの言っていたことの一端を垣間見た。
     「で?魔術師をルールに引き入れたヤツの目星はついたの?」
     「これから始めるところです」
     「ふーん、じゃああたしも一枚噛ませてよ。役に立つと思うよ。例えばー…」
     「盗み聞きとか、ね」と彼女は一旦言葉を区切って言った。
     そんなわけで三人は手分けをすることにした。エミリオは痕跡となった魔術の解析、アマンセルとフィオラはアイレスター家の調査である。お互い先ずは一週間後に近況報告をするということで解散した。
     エミリオを見送った二人は、再度部屋へと戻る。もう日も傾き始め、静かな部屋がよりひっそりと鳴りを潜めようとしている。そんな中でフィオラはアマンセルに言う。
     「あんたはもう気がついてるかもだけど、諮問委員会のアイザック・モントレーとプルデオ・ファウスト。あいつらも気にかけておきたい」
     それはアマンセルも気にかけていたことだった。それ故に、既に二人には秘密裏に調査員を派遣した。だが証拠は掴めず、どちらも白という判断になっている。その話を聞いたフィオラは首を横に振る。
     「きっとあんたが調査員を送ってることに勘付いているはずよ。だから改めてあたしが行く」
     「随分な自信ですね…失礼ですが、生まれはエーレクトラオスじゃ無いでしょう。そうですね…さながら、亡国の魔女」
     「あんた、察しは随分いいけど、デリカシーは無いのね」
     アマンセルの推測は正しかったようだ。彼女は既に滅びた国の生まれだ。かつて文献で読んだだけだが、その国は軍事増強のために不老不死の魔法使いを人為的に増やしていたという記録が残っている。だがその努力も犠牲も虚しく、クーデターにより国は滅びた。フィオラはその犠牲者の一人なのだろう。だから隠密も戦いもこなせるのだ。既に前線を退いてなお、今回のように戦争を予期したのは、職業病のようなもの。本人曰くクイーンの弟子とのことだが、あの牧歌的な魔女とともに過ごしても、その癖が抜けることは無かったらしい。そう考えると今は亡き国とはいえ恐ろしいものだと、アマンセルは思う。
     「であれば、あなたにお任せします」
     「決まりね。一応あたしのパス伝えておくから、お互い何かあればナパイアイ通して連絡して」
     「ええ、ご武運を」
     そう言って二人も解散したのであった。

     ミシガン公爵家から研究室に戻ったエミリオは改めて例の術式を観察する。被害者の騎士から抽出した術式は今までに見たことがなく、非常に複雑なものだった。少なくとも星詠が用いるものではない。幾何学模様と数多の文字列を一つずつ分解していく。知っている言葉ならいざ知らず、未知の言葉を用いて編まれている式を紐解くのは、途方もない作業だった。それでも構成自体は、パンゲア大陸で星詠が使っている術式とそう変わらないらしい。
     術式の構成は大きく三つに分解できる。基礎術式、解放術式、修飾術式の三つだ。基礎術式は、魔術を発動するための下地となるもので、星詠であれば、星との会話を始めるための、いわば挨拶文のようなものを書く。次に、解放術式は文章でいう動詞にあたる。魔術を使用して最終的にどんな結果を得たいか言語化した部分だ。最後に修飾術式。これは魔術にどういった効果を付与させるのか、文章を書く際の修飾語のイメージに近い。例えば、術式発動の合図から実際に発動するまでにタイムラグを設けることも可能だ。これが魔術の基本的な構成である。そこに個々人のオリジナリティを加えることで、魔術の腕の良し悪しが決まってくる。ちなみに、今の所エミリオはそんなものを加える腕はない…。
     それはさておき、今回の術式は全く初めて見るものがほとんどだ。書かれた文章の抽出と解読。そんな地道な作業をひたすら繰り返す。
     エミリオは夜も眠気と戦いながら、読む。
     読む。
     よむ。
     
     よむ。
     
     日が落ちて、昇ってを三回ほど繰り返したある日の夕方。
     「そんなに根を詰めてもいけないよ」
     「ん…」
     いつの間にか研究室の机で突っ伏して寝ていたらしい。オスカーが気遣うように声をかけてきた。机に置かれたマグカップから湯気がのぼっている。一口飲むと、甘いミルクの後を追って、ほのかに爽やかな香りが喉を通る。
     「ホットミルクと少しのスパイスが入っているから、飲んだら温かくなるよ」
     「ありがとうございます…」
     「あんまり寝ていないだろう?」
     確かに自然とあくびが出てしまう。眠い目を擦ろうと手を動かすが、以前マルシアに注意されたことを思い出し、寸前で止めた。
     「体調管理も仕事の一つだよ。何事も健康な体が無いと本調子を出せないからね。何より親として心配なのさ」
     「すみません」
     「責めているわけではないよ。今後、気をつけなさい。ところで、何か分かったかい?」
     「はい」
     エミリオは式を分解し書き出したものを彼に見せた。すると一瞬だが、彼は目を見開いた。
     「今回の術式は星詠が使うものではないので、何を目的としたものかまでは分かりませんでした。えっと、式の解析になるんですが、まずこの基礎術式」
     そう言って術式の一節を指差す。基礎術式の中で分かるものはない。なので文をそのまま、読めない部分は飛ばしながら読み上げる。

     『遠く遠く 漣の彼方へと至る手前で会う』

     『邂逅するは汝の……』

     「『生御霊』(いきみたま)と読んだはず。所謂、生霊だね」
     オスカーが補足する。
     「これを使うのはネクロマンサーしかいない。その後に続く解放術式と修飾術式を見るに、理性を保った…それも手練れと見受けられる」
     「あの…」と恐る恐るエミリオは口を挟んだ。
     「ネクロマンサーってなんですか?」
     その質問に一人先走ってしまったことを恥じるように、彼ははにかむ。
     「パンゲア大陸にはいない魔術師で、死霊を呼び寄せる術式を専門としている。私も文書でしかその存在を知らないんだけれどね」
     ネクロマンサーは歴史のある魔術師だ。大昔には降霊術を用いて亡者の言葉を代弁していたと言う。しかし霊という、この世にいない存在の言葉を聞く代償か、精神を壊す者も多く、時代とともに腫れ物扱いされるようになっていった。
     「話を聞く限り、厄介な感じはしなさそうですけど…」
     「死者の言葉を代弁するだけならね。でも今回の件を見る限り、ただそれだけの能力ではなさそうだ。解放術式を見よう」

     『御霊を纏いて 汝となる』

     『冥界規則 第弐条 規則遵守確認』
     
     その他にもいくつか式が書かれているが、既にエミリオの頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。オスカーは机の上を、見つめたまま難しい顔をしている。
     「…この際だから話そう。世界、いや宇宙の理について」
     「うちゅう?急になんでまた」
     「この式の意味を理解する上で重要になってくる、いわば式構築の根幹にあたるからだよ」
     そう言うと彼は黒板にチョークを走らせ、説明を始めた。

     人は死後、どこへ行くか。
     パンゲア大陸の人々は口を揃えて言う。
     「エリュシオンに還る」
     古今東西、老若男女、誰もがそう答える。けれど星詠だけは二つの答えを持つ。パンゲアに住む者としての観点から。そしてもう一つの答えは魔術師としての観点から。一つはもちろん先述の答えだ。ならばもう一つの答えとは…
     「冥界に行く」
     それが答えだ。そして真実でもある。
     パンゲアでの死生観はこうだ。現世で酸いも甘いも味わったんだ。ならば死後は理想郷に行きたいだろう?理想郷とはすなわちエリュシオンである。死後、魂は理想郷へと旅立ち、楽園で暮らす。生前、真っ当に生きたものはエリュシオンへ、悪事を働いたものはエリュシオンの大渓谷へ落ちていく、と。
     一方で、魔術師的観点、すなわち真実はこうだ。生物には二つの命がある。一つは肉体としての命。つまり心臓を指す。そしてもう一つは精神の命。いわゆる魂である。肉体的死後、魂は冥界と呼ばれる世界へ向かう。これは今現在、肉体が生きている次元とは別の次元にある世界だ。そこで魂の善悪を裁き、真っ当な魂は来世へ生まれ変わるために天国へ、罪を犯した魂は魔界と呼ばれる地獄へと落ち、魂が摩耗し死ぬまで罰を受け続ける。
     「ネクロマンサーは冥界へ向かった魂の代弁者だ。ただ今回の場合、まだ生きている人間の魂を代弁…というのは語弊があるか。『纏う』という言葉。それに事件で目撃された騎士…この術式は他人の姿になるためのものか」
     「じゃあ今もまだ他の人の姿の可能性が?」
     「その可能性はある。既に術式という証拠を残している時点で今更なりふり構うとは思えない」
     「じゃあ確実な手がかりはこの術式だけ…それでもこの魔術師の行き先が分かるのは大きいですね」
     星詠みはその人の残した手がかりさえあれば、足跡を辿ることができる。エミリオは懐から羅針盤を取り出した。これは星詠みが使う魔道具で、これを用いて物や人を探すことができる。術式を写した紙の上にそれを置く。魔術を仕込んだ特製の紙なので、術者の痕跡も写し取れているはずだ。
     「星の声 迷える旅人をお導きください」
     すると羅針盤の針は徐々に南を指す。
     「行き先はエリュシオンじゃない。エリュシオンなら北を指すはず」
     するとオスカーが地図を取り出し、机の上に広げ、彼も羅針盤を術式の上に置いた。
     「君に新しい魔術を教えてあげよう」
     彼は地図の上で指を走らせる。
     「星の声 迷える旅人をお導きください
      導きは巡礼の灯火 進め 進め 綴れ」
     彼の言葉に応えて、地図の上に淡い光の線が描かれていく。それは夜道を進む旅人が持つ灯りのように見える。それよりも二人はその光の目指す先を見て、顔を見合わせた。
     「初代ルール王の墓?」

     時は遡り、カオスたちがまだエーレクトラオスにいる頃。
     「ねえ食べてよ。こっちも死なれたら困るんだよね」
     ユーチェンが目を開けると、目の前に十二歳くらいの少年がいた。彼はスプーンで器から冷めたスープを掬って、ユーチェンの口に無理やり突っ込もうとしてくる。
     「んぐぅ…」
     が、ユーチェンは決して口を開かない。
     ここはどこなのだろう。幌布を被った馬車の荷台にいるせいで、外の様子が分からない。それに後ろ手に縛られているので、身動きもとれない。ミシャラで誘拐されてからどれくらいの時間が経ったのか。外の明暗が変化した回数から、恐らくまだ二日ほどと予想される。ユリヤが殺されたのは、はっきりと視認していないが、背後の気配で察した。ファイェンは…大丈夫だろうか。
     「君さあ、立場わかってる?こっちは君の子供なんて一捻りなんだよ?君が従わなかったらあの子、殺されちゃうよ?」
     項垂れるユーチェンの心境などお構い無しに、少年はスプーンを押しつけるものだから、ボタボタと汁が溢れる。少年が再び口を開こうとした時、サッと音がして荷台に明るい光が差し込んだ。慣れない眩しさに思わず目を細める。
     「何やってんの」
     入って来た人物の姿は逆光のせいで確認できないが、声からして少女のようだ。
     「食べさせてあげようとしてるの」
     「帰って。人間もどきのあんたができるような事じゃない」
     彼女の声はほとんど抑揚が無いが、先程よりも語気を強めて言う。
     「へいへい」
     少年は「死霊使いがよく言うよ」と小さく呟き去っていった。仲間のようではあるが、あまり仲は良くないらしい。少女はツカツカとユーチェンに歩み寄るとしゃがむ。そこでようやく姿を確認できた。柔らかな緋色の髪に、感情を映さない黒い瞳。本能的にゾッとした。背筋に悪寒が走る。少女に、というよりはその纏う周囲の空気に恐怖を感じる。ユーチェンの怯えを察したらしい彼女は、「また…」とボヤいて何かを手で『はらう』仕草をする。するとどうだろう。徐々に空気が和らぐのが分かった。
     「食べて。でないと生きて娘に会えないでしょ」
     その言葉にハッとぼんやりしていた意識が戻る。彼女は何事も無かったかのように、先程の少年と同様にスープをすくって差し出していた。彼女の言葉を信じるなら、生きてさえいれば解放してくれると取れる。だが信じていいのだろうか。自分が誘拐された理由なんて一つしか考えられない。
     エリュシオンの開門。
     もし信じて命を繋いだとして、自分はエリュシオンの砦を開けるための鍵として結局は殺される。あの砦はカオスの呪いを受け継ぐ者の誰かしら一人を生贄にしなければ開かないはずだ。二百年ほど前に隠し通路が見つかったらしいが…それを教えたところで生きて帰れる保証もなければ、敵を有利にさせるだけだ。いずれにせよ目の前の少女の甘言を信じるべきではない。
     明らかに警戒したままのユーチェンに痺れを切らした彼女は、ため息を一つつくと言った。
     「これから言うのは取引。あんたに私達のすることを教える。だから教えてほしい」
     ユーチェンは少女が発しようとする言葉に固唾をのむ。
     「―」
     「…え?」
     聞き間違いだろうか。彼女の要望に、ユーチェンは思わず少女の真っ黒な瞳をじっと見つめ返した。
     「もしこの条件を呑むなら、スープを飲んで」
     突拍子もない彼女の条件に暫く思考が停止していたが、ユーチェンはスプーンの上で揺らめくスープを見つめ、恐る恐るそれを口に含んだ。冷たい感覚が喉をゆっくり通っていく。久しぶりの食事に、ついに腹が限界を迎えたらしい。グゥ~と盛大に音を立てる。見かねた少女はちまちまとスプーンで彼にスープを飲ませた。
     全て飲み干したのを見届けた彼女が食器を持って立ち上がり去ろうとするので、声をかけた。
     「君、名前は?」
     「…」
     驚いたように見えたのはほんの一瞬で、すぐに言う。
     「ヒイロ。ヒイロ・アマツカ」
     それだけ言ってヒイロは去っていった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works