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    yctiy9

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    yctiy9

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    4-5 調査を始めてから数日。朝、エミリオが研究室へ向かっている途中のことだ。アイザックが一人、廊下の端に佇み、中庭を見つめていた。どこか思い詰めたような表情なのは気のせいだろうか。あまり関わりたくはないが、挨拶をしないのも失礼かと思い、勇気を振り絞って声をかけた。
     「こんにちは、コーネリアス侯爵」
     弾かれたように彼は振り返る。驚いた顔は一瞬で、すぐにいつもの高慢な視線でエミリオを見下ろす。
     「これはこれは、エミリオ卿。ご機嫌いかがかな?」
     未だに彼に慣れないエミリオはついつい視線を逸らしてしまう。
     「驚きましたよ。まさかあなたがアレイスターの肩を持つようなことをするとは」
     「…やはり、今回のあなたの依頼はシエラ侯爵を陥れるためのものだったのですね」
     彼は「ふむ」と片眉を上げるも、楽しそうに笑う。
     「言うようになりましたな。まあ、何も驚くことはないでしょう。こんなこと日常茶飯事です。常に皆、富と名声を求め、我が一番と争いあう。そういう世界ですよ」
     「そんなの…どうして協力し合えないのですか」
     「…。今回の事件の真相は、きっとあなたには一生理解できないでしょうね」
     珍しくストレートな嫌味を言われ、エミリオは改めて言葉に詰まる。
     「さあ行きなさい。今日も調査を続けるのでしょう?」
     手で払う仕草で、エミリオに去るよう促す。少しの不信感を抱きながらも、会釈をしてエミリオはその場を後にする。
     そんな彼の後姿が見えなくなるまで、アイザックは眺めていた。
     「反吐が出そうだ」
     完全に姿が見えなくなった頃、彼は小さく吐き捨てた。
     ◇
     その夜、研究室でエミリオはアマンセルからの調査結果を聞いて、肩を落とした。
     「シエラ侯爵が犯人だと思ってたの?」
     そう聞かれて首を横に振る。
     「違います!いや、すぐには犯人が出るわけないよなーと思って。別に侯爵が犯人じゃなくて気を落としたとか、決して違います…!」
     「なら、よかった」となぜか彼は安心していた。
     「あの…アマンセル卿。僕、一個気になっていることがあって…」
     その時、部屋の扉をノックする音がして、研究員が顔を覗かせる。
     「アマンセル卿、通信が届いてます」
     「ありがとう。フィオラからだ。先に行こうか」
     「は、はい」
     二人は研究室を後にし、王城の一角にある通信室へと向かった。
     パンゲア大陸の通信手段の一つに、風の精霊ナパイアイの魔法を使った方法がある。ナパイアイは元々噂好きの精霊として知られており、彼女に伝わった話はすぐに他の個体と共有され、瞬く間に全大陸のナパイアイに筒抜けになる。その噂はもちろん風の噂程度で、時には間違った情報もあり、面白半分に聞くに限るのだが、そこにセキュリティと、誰に宛てるメッセージなのかというラインを通してやることで、一つの通信手段が成り立つ。一対一のやりとりは『噂』ではなく『会話』という扱いになり、間違った情報が流れることもない。セキュリティのレベルが認められれば、それなりの機密情報のやりとりも可能となっている。
     通信室にはメインルームと、いくつかの個室があり、機密性が高い内容のものは個室で通信を繋げられるようになっている。二人は個室に入ると、フィオラからの通信を受け取った。
     「お待たせ」
     『プルデオに捕まった』
     「…冗談はよしてよ。本当に捕まってたら通信なんて出来ないですよ」
     『さすがアマンセル卿。ほぉら、言ったじゃないですか。やーい怒られた。私を悪者扱いした罰ですね』
     電話越しで嬉々として話すプルデオの声が聞こえる。
     『はいはい、すみませんでした。で、エミリオもそこにいる?』
     「います…!」
     『よし。二人とも、あたしはこれからノルテポントに向かう。そこでモントレーの調査をする』
     ノルテポントは王都ルーンレイクから北に百キロほど行ったところにある、小さな都市でモントレー家の領地でもある。
     ついさっきのことである。フィオラはプルデオ・ファウストの話術により、あれよあれよと言う間に彼と組むことになってしまった。もちろん彼が白である確率が高いと確信した上での判断である。
     「ノルテポントはモントレーの領地の一つです。普段、領主のアイザック卿はいませんが、半年前から彼の息子が駐在しているとか。事を起こすには十分な期間ではありませんか?」
     「エリュシオンに行くならいい中継地ね。あー…一応、二人にも伝えておくわ」
     「エミリオ卿とアマンセル卿ですか?」
     「あんたより先に組んでたからね。伝えておかないと、筋通せないでしょ」
     こうして今の通信に至るわけなのだが…。フィオラが行動に移す前に、エミリオは伝えなければいけないことがある。
     「えっと…こちらの調査結果から、魔術師たちが南西に向かっていることが分かりました」
     『南下?真逆じゃん』
     通信ごしに素っ頓狂な声が上がる。
     「方向からして、魔術を残した犯人は初代ルール王の墓に向かっていると予想されます。それに南にはウィンダムポートもありますから、もし侯爵が内通者であれば、そちらの方が何かしらの証拠が出るかもしれません」
     『そこはモントレーの領地なの?』
     フィオラの問いにプルデオが答える。
     『ええ、ウィンダムポート。海の傍の領地です。ですが、ルール王の墓に行くには船に乗らなければいけませんし、通常であれば王の墓がある城はミシガン家の管轄で一般人は立ち入れない。船が出港する港も一部、ミシガン家が特別管理していたはず。監視もされているので、他の船が島に近づこうものなら即刻捕まります』
     『つっても他人の姿をとれるヤツらにとっては関係ないこと』
     今の進む速度からしてウィンダムポートに到着するのは、およそ一週間後。あまり時間はない。
     『よし、分かった!プルデオ、行くわよ!』
     『えー…私もですか?非力でか弱いので、戦力になりませんよ?ね?ね?お二人もそう思うでしょう?』
     プルデオは助けを求め、エミリオやアマンセルに同意を促す。が、エミリオは今回の調査の件でプルデオに言ってやりたいことがあるし、アマンセルの方はというと笑ってはぐらかしていた。
     『えー…』
     『囮にしてあげるから感謝しなさい。それにあんたもまだ完全に容疑が晴れたわけではないんだからね。てことで後は頼んだよ、エミリオ、アマンセル』
     そういうと彼女は一方的に通信を切ってしまった。
     「嵐のような人だね」
     「アマンセル卿」
     「ん?」
     「お願いがあります」
     先ほど言いそびれた事について、意を決して打ち明けた。

     馬を走らせ二日。夜になり、フィオラとプルデオはモントレーの屋敷の傍の木陰に隠れて様子を伺っていた。
     「いた。あの人が侯爵子息エリオット・モントレーです」
     そう言ってプルデオの指差す先には少し頼りなさげな二十代半ばの青年がいた。そう、二人は今、ノルテポントに来ていたのである。
     一昨日のこと。少しの睡眠と準備を挟み出発するや否や、フィオラは迷わず北に進み始めた。プルデオはわけもわからずその後ろを追いかけ、そして今に至る。
     「どうしてノルテポントなんですか?先ほどの話からして、ウィンダムポートでしょう」
     「共犯者は残された魔術から敵が向かう先を把握できることを知っている。私たちがウィンダムポートに注意を向ければ、必然的にノルテポントへの注意は手薄になって事を進めやすくなる。南には怪しまれないようにミシガン兵を送っておくよう言っておいたわ」
     「なんで私には言ってくれないんですか…」
     プルデオはシクシクと嘘泣きをする。
     「んなもん、まだ信頼してないからよ」
     「そうはっきりと言葉にされると、さすがに嘘泣きじゃすみませんよ…」
     「シッ…馬車だ」
     話している間にも、屋敷に三台の馬車が到着した。そのうち一台から五人降りてくる。他の二台は裏手へと行ってしまった。フィオラは目を凝らす。四人の大人に混じって少年が一人。暗いブロンドの髪に褐色の肌。報告書にあった少年の容姿と同じだ。証拠を撮ろうと動いた時、ふと彼が振り返る。その瞬間、フィオラは動けなくなった。天敵に睨みつけられた小動物のように。確実にこちらを捉えている。それがどれくらいの時間だったのかは定かではないが、五秒にも満たないだろう。彼が目を逸らすと嫌な汗がどっと吹き出て、心臓が早鐘を打つ。その間にも少年は何事もなかったかのように、エリオットの後に続いて屋敷の中へと姿を消した。
     「どうかされました?顔色があまり良くないようですが…」
     フィオラの背で今の一連の流れが見えていなかったらしいプルデオが心配そうに彼女を気遣うが、それに答える余裕はなく、首を横に振る。
     (ここから数百メートル離れてる。それもこっちは暗がりにいるのに…気づかれてる。視線だけでこんな…カオスはあれと対峙したって?バケモノにはバケモノを、ってか)
     呼吸を整え、振り返る。
     「戦闘になったらこっちに勝ち目はない。悪いけどあたしの出る幕は今回なし」
     「いやいやいや、潜入するんでしょ?」
     「その通り。てことで、あんたよろしく」
     「なんで私になるんですか!そこは普通、あなたでしょう?私の屋敷に忍び込んだ人が何をいうんですか!」
     フィオラは動かんと言わんばかりに、その場に腰を下ろす。
     「あんた、魔法薬のトラップに引っ掛からなかったでしょ?トラップはちゃんと踏んでたのに。考えたわけよ、なぜかって。そしたら一つの答えに辿り着いた」
     「なんですか…」
     プルデオはゴクリと喉を鳴らす。
     「影が薄い」
     「あなた、私を傷つける天才ですか?仮にそうだったとして、隠密行動なんてやったことないですよ。最初からあなたが行った方がいいじゃないですか。どうしてそんな頑なに」
     焦るプルデオとは対照的に、フィオラはいたって冷静に答える。
     「さっき顔を見られた。あんた、少年の姿見えてなかったでしょ?だったら向こうも見えてない可能性が高い。あくまで可能性の話だけど…だからあんたが行ったほうが良い。それにその影の薄さは生まれ持ってのものだろうし、気づかれる確率が低い」
     「それ以上言うと寝返りますよ」
     「自分から持ちかけた約束を反故にしてどうすんのよ。あんたはただ影が薄いんじゃなくて、その場に自然と馴染むの。どこにいても違和感がない。それを武器にしなさい」
     彼女の珍しい褒め言葉に、プルデオの表情が明るくなる。
     「フィオラさんが優しい…そこまで言われちゃ、私もグチグチ文句言ってられませんね!では行ってきますよ!」
     つくづく単純なヤツだと心の中で感心する。そんな彼女の心情など露知らず、意気込み腕を回す彼に先程取り出そうとしていた箱状の物を渡した。
     「それはランパーデスの力を使って、風景を紙に投影できるようにしたもの。それを使って証拠写真を撮ってきて」
     「大船に乗ったつもりで、任せてください」
     屋敷への出入り口は三つ。正面玄関、裏口、そして横庭に出る扉が一つ。当然どこも警備が立っていて容易には入れない。魔術師たちがいる以上、迂闊に魔法を使うこともできなければ、そもそも使えないかもしれない。となると正攻法で窓、もしくは警備が手薄な出入り口から侵入するしかない。遠くから見ている限り、少年たちが屋敷に入って以降、一階以外で動きはない。となると目的地は一階。だが警備は一階が一番厳重で、上階へ向かうほど手薄のようだ。フィオラだけならまだしも、プルデオは上階に登れるだけの体力はない。そうなるとやはり裏口。フィオラは素早い動きで裏口の警備兵二人を昏倒させ、ピッキングで鍵を開けた。ソロリと扉を開き、誰もいないことを確認すると、手招きしてプルデオを呼ぶ。
     「じゃ、後はよろしく」
     「そんな雑に…」とブツブツ文句を言いつつも、彼は屋敷の内部へと入っていった。
     さすがは侯爵家の屋敷は内装が違う。プルデオは良いなあと思いつつも、じっくりと観察している余裕などないので目的地へと急ぐ。外から観察した時に明かりがついていた部屋は少ない。その中でも一番の大部屋を目指す。途中、なるべく警備とすれ違わないように道を選んで近づくが、目的の部屋に近づくにつれて人が多くなる。
     「どうしましょう…」
     廊下の影から様子を伺う。それがいけなかった。
     「どうしたの?」
     「ひっ!」
     後ろに意識を向けていなかったせいで、近づいてきた何者かに気がつくことができなかった。思わず声を上げてしまう。振り向くとそこにはブロンドヘアの少年が立っていた。
     「見ない顔。何か用?」
     「あのー、実はエリオット様に用事がございまして…あ!私、プルデオ・ファウストと申します。お屋敷に来たものの、迷子になりまして〜」
     「ふーん。いいよ、案内してあげる」
     予想外の返答にプルデオの頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。少年は大部屋にあっさりとプルデオを引き入れる。エリオットはやはり驚いたようで、ソファに座ったまましばらく目線をそらしていた。
     部屋の中にはエリオットの他にも十人ほどいたが、誰も見たことがない顔ぶれだ。その中でも目を疑うのが、先ほど案内してくれた少年と全く同じ容姿の少年がもう一人いたのだ。双子だろうか…それにしては違和感を覚えるほどに似ている。まるで作り物のように。
     「で、用事って何?僕たちはいない方がいい?」
     「いえ、大丈夫です」
     目の届かないところに行かれる方がまずい。逃げ道を確保するように、扉を背にして立ったまま話を続ける。
     「ミシャラ襲撃事件のことで、今回アイレスター家に無実の罪を着せて嵌める。いやあ、私も常々アイレスターには思うところがあったので、ぜひ仲間に入れていただきたくて」
     「フロスト伯爵はどこまでご存知なのですか」
     ようやくエリオットが口を開いた。
     「へ?どこまで、というのは…?」
     「彼らが誰なのか、ご存知ではないのですか」
     「さあ…傭兵とか?」
     わざとすっとぼけて見せる。報告書の内容からあの少年が異国の魔術師で、今回の破壊神であることも想像がついている。エリオットは完全に納得はしていないようだったが、「そうですか」とだけ言って、周囲に視線を配った。他の人間の意見も聞きたいといった様子だ。「別に僕はいいけど」と少年だけが言う。その他はやはり怪訝そうな目で見ているが、ただそれだけで特に口を出すことは無かった。その関係性にプルデオは妙な違和感を覚える。
     (空気、悪すぎません?いえ、そんなことよりも…)
     この後、どうするかだ。本当は適当に廊下に飾ってある花瓶でも落として、警備を引き寄せ、その間にドアの隙間から盗撮する予定だったが、まさかあんな所で見つかってしまうとは。
     「待ってよ」
     口を挟むのは、先程案内してくれた少年とは別の、先に部屋にいた少年だった。ニヤニヤと笑う顔に背すじが凍る。これは不味い。いたずらっ子が何か企んでいる時の笑顔だ。
     「さっき外でこっちを観察してる人がいたんだよね。もし僕たちの仲間になりたいってんだったらさ、殺してみせてよ。そしたら信じる。これでどう?」
     サラッと放たれるえげつない言葉に、頬が引きつる。先程まで黙っていた人々も「それなら」と頷く。エリオットは黙って下を向いているだけだ。
     (なんつーヤバい人たちと組んでるんですか、この人!)
     文句の一つでも言えたら良かったが、そんな状況ではない。ここはもう答えは一つしかないようなものだ。
     「分かりましたよ。その人のところに案内してください」
     これは大いにマズい。プルデオは内心を気取られまいと笑った。
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