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    yctiy9

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    5-1 柔らかな木漏れ日が差す。大樹の下で精霊たちと寄り添って静かに過ごす。ナパイアイの美しい歌声に聴き惚れ、何もせずに雲が流れるのを観察する。
     …。
     そんな日があればよかったのに。人に抑圧されることを恐れ、怒りから生まれた君は穏やかな思い出を経験することもなく戦火へと飛び込んでいったんだ。自分の分身だから、自分の記憶を共有すればいいのだけれど、「憤怒」はそれを受け入れらる状態じゃなかったね。
     怒りは消費するエネルギーが大きい分、その身に刻まれる傷も大きい。どれだけの年月が経過して癒えたように見えても、それは表面上だけ。蓄積された年輪にはしっかりとその事実が刻まれている。だから思い出すのも容易だよね。でも今回も前回と同じなんて嫌だよ。嫌だけど…
     
     …
     
     こちらの断りもなく縄張りに侵入されたら怒るのも当然だ。縄張りに侵入された生き物は徹底的に戦うだろう?だから私は戦う。戦火を撒き起こし、お前を傷つける者がいれば、それを取り除こう。そのためにはエネルギーが必要なのだ。それが怒りであると、「私」も理解できるだろう?思い知れ。理解しろ。平穏な日々を壊された怒りに飲まれろ。
     私たちの役目は大陸の生活、文化を理解することではない。
     私たちは防衛機構。異物を排除することだけに専念しろ。それが出来ないのであれば。
     
     「…」
     パチパチと薪の爆ぜる音が意識を揺り起こす。寝ていたわけではないが、思考がどこかに飛んでいた。
     辺りにはスパイスの香りが漂っている。匂いを辿って視線を動かすと、夕食の準備が始まっていた。ファイェンが串刺しになった魚を焚火で炙って、時折向きを変えている。
     山の精霊オレイアデスの遺跡を出発してから、三日が経った。カオスたちは次の遺跡を目指して南西へと向かっている。目指すは闇の精霊ランパーデスが眠る遺跡。一行はあと三日で到着する距離まで来ていた。
     今日は野宿だ。ファイェンのことを考えるとなるべく野宿は避けたいところではある。とはいえ彼女もカオスの呪いを引き継いでいるせいか、並の子供以上の体力と耐久力があるらしい。心配なのは体力面よりも精神面の方だ。いくら頼れる大人がついているとは言え、日々慣れない環境に身を置くというのは大人でもきついものがあるのだから、子供なら尚更だろう。それでも彼女が弱音を吐くことはない。
     「カオス、起きたの?ご飯だよ」
     目覚めたことに気づいたファイェンが嬉しそうに手招きする。食事を摂る必要はないのだが、彼女曰く一緒に食卓を囲みたいのだと言う。なので形ばかりの少量のご飯を食べ、後は会話に耳を傾ける。それが日々の幸せなのだと彼らは言う。
     近くの川で捕まえた魚に塩とスパイスをまぶし、焼いたものを皆で頬張る。加えて道中で採取した果実も同様に火で炙れば芳醇な香りが漂い、最高のデザートが出来上がった。一口食べただけで濃厚な甘みが口全体に広がり、旅の疲労も軽減していく。
     「クイーンさんの野宿スキルは重宝するべきですね」
     「そんな〜、大したもんじゃないって」
     クイーンはエリーゼの評価に、「えへへ」と照れる。この魔女、なかなかにチョロい。
     エリーゼが加わり、初めはギスギスした雰囲気が漂っていたが、今ではすっかり馴染んでしまった。特に彼女の面倒見の良さにはクイーンも助かっているようで、今まで子供二人をワンオペで見ていたクイーンはしきりに感謝していた。
     夜、皆が寝息をたてて休息に入っている間、カオスはいつも見張りをしている。睡眠を必要としないから、その役目に回るのは必然だろう。火が消えないよう、小枝を時々追加する。今は焚き火の音と虫の鳴き声、時折遠くでフクロウが鳴いている。
     静かだ。
     空を見上げると、星が瞬いている。野宿の時は、宿場町とは違って明かりが少ないから、より多くの星が観察できる。月が真上に来ていることから、時刻がちょうど零時を回った頃だとわかる。
     『綺麗だね』
     声のする方を見るとオケアニスがいた。寝ている三人を起こさないように、小さな声で話す。
     『こうして、あなたと肩を並べて星を見上げる日が来るなんて。昔の私に教えてあげたいですね』
     カオスを挟んで反対側にはオレイアデスもいる。
     『ずっとこのままがいいな』
     『そうですね』
     彼女たちの会話を聞きながら、無言で枝をくるくると弄ぶ。
     『カオスはどう?』
     「…少なくとも今はお前たちと同じ気持ちだ」
     それだけの言葉でも二人は微笑む。
     
     こんな日があればよかったのに。
     
     …。
     
     シンフォドリア、お前はそう思うのか?かつての私にこんな経験があったとして、どうなったという。その経験があろうとなかろうと、私が脅威に立ち向かう運命は変えられなかった。なぜなら私は戦うために生まれたのだから。それは今も同じだ。いずれ戦火に身を投じることになる運命は変えられない。
     
     ならばこんな平穏な日々はいらない。
     
     「違う」
     咄嗟の声に自分でも驚く。今までに出したことのない焦りを含んだ声音に戸惑い、自然と喉を擦る。驚いたのは当然他の二人も一緒で、どうしたのかと様子を伺っている。
     「…少し寝る」
     『…』
     『えー必要ないでしょ?もっとお話ししようよ』
     オケアニスの言葉には耳を貸さず、仰向けに寝転がると、視界は満天の星空で埋め尽くされる。草の香りが濃くなる。目を開けたままのカオスに、オケアニスが『寝てないじゃん』とかなんとか言っているが、気にせずボーッとしながら星を数える。
     
     オケアニスはわからないが、少なくともオレイアデスは気がついている。彼女は言っていた。精霊の力を取り戻すごとに、昔の意識も戻るのだと。これがその兆候なのだ。
     今の私はパンゲア大陸の日常を壊したいとは思わない。それは本能的にわかる。けれどかつての、人間に憎しみを抱く私は違うのだ。人間が築いた物、全てを壊したい。それもまた「私」の本能であり、役割なのだ。
     脅威に立ち向かうには精霊の力を全て取り戻す必要がある。そうなるとかつての意識も戻ることになる。いずれ自身の感情の矛盾に向き合わなければならない。
     (カタリナは言っていた。私がどうしたいか)
     その答えは決まっている。もちろん守りたいとも。この大陸も、そこに住む人も動物も、文化も。それらは今までシンフォドリアの年輪に刻まれてきた大陸の成長記録なのだから。今のシンフォドリアがそう感じている以上に、その歴史を否定したくないと、この旅を通して自分自身で感じた。けれど昔の感情に上書きされてしまったらどうなるか、正直自分でも自信がない。
     深く空気を吸い込むと、草の匂いが全身を満たし煮えたぎる思考が冴えていく。そのまま重い体を地面に預け、夜明けを待った。 
     
     翌日はさらに遺跡への距離を縮め、またしても野宿をする。食事も終わり落ち着き始めた頃、エリーゼがポツリと言う。
     「そろそろお話しましょう、私たちが来た目的について」
     火を囲んでくつろいでいたが、その言葉に緊張が走る。
     「そんなに構えないでください。クイーンさん、もし可能であればルールの方々にも共有しませんか」
     エリーゼの提案で、クイーンはフィオラに通信を繋ぐ。フィオラの話によると、ルールは一悶着あった直後なのだとか。なんでも魔術師をルールに引き入れた人物が捕まったらしい。捕まった首謀者は一人だけらしいが、他にも共犯者はいるのだろう。そちらについては調査を進めているが、一人でも捕まえられただけ僥倖だ。
     しばらくして王城の関係者が集められ、ついに事の顛末が明かされる。
     「私たちの目的。それはパンゲア大陸の解放と、そしてもう一つ。最後の術式アイテールを解放することです」

     パンゲアから海を隔てたその先。四つの魔術式によって統治される国がある。
     それこそ、今回の侵略の発端であるアエルの国だ。
     遠い遠い昔、一人の偉大なる魔術師が四つの術式を編み上げ、それらに人格と器を与え、名付けた。
     アルケミストが使う錬金術式にはノームの名を。死者の魂と繋がるネクロマンサーにはウンディーネを。審判の代行者であるエンフォーサーにはシルフを。そして悪の死刑執行人エクソシストにはサラマンダーを。
     魔術師は最期に言った。
     「最後の術式アイテールがあれば、お前たちは完璧なものとなる。私には遂げられなかった。後はお前たちに託そう」
     四つの術式は生みの親の悲願を遂げるために、何千年とアイテールを探し続けた。それがどんな術式で、どんな形をしているかも分からないというのに。
     そして知らず知らずのうちに彼らの周りには人が集まり、いつしか彼らを五冠席と名付け、アエルが建国された。
     「そして彼らは今でも探し続けているのです。あるかも分からない仲間を」
     『で、そのアイテールとやらがパンゲアにあると踏んだのか』
     そう落ち着いた声で言うのはカタリナだ。
     「はい。五冠席にとってパンゲアは因縁の地。かつてルールが排除した異国の魔術師とはノームのことです。それ以来、五冠席はパンゲアに入ろうとはしなかった。けれど世界のどこを探してもアイテールは見つからない。だからついに手を出したのです。今回の計画の主導者はエクソシストの礎であるサラマンダー。アイテールを見つけることは五冠席の使命であり、パンゲア大陸を悪魔から解放することはサラマンダーの本能なのです」
     『教えてほしい。パンゲア大陸を護っているという悪魔。それは一体なんなんだ』
     「そこについては、まず魂について話さなくてはいけません…これから話すことはパンゲアの死生観を覆す話です」
     
     人間には二つの心臓がある。一つは臓器としての心臓。これは肉体を動かすための動力源。そしてもう一つは精神の心臓。目には見えぬ心臓、それこそが魂と呼ばれるものである。魂は精神の心臓であると同時に、魔力を生み出す器官でもある。
     人の死後、魂はこの世とは別の次元にある冥界と呼ばれる場所に向かう。冥界は生きている間は決して訪れることのできない死者の世界。そこには死者の他に、三つの種族が存在している。
     審判を司る死神、裁定を司る天使、欲望を司る悪魔。人間の魂は肉体に入ることで現世に留まることができるが、一方で彼ら三種族に肉体はなく、魂だけでその形を維持、生活できる。人間とは非にならない魔力量によって、それを可能にしているのだ。
     「ここからは悪魔に焦点を当てて話します。悪魔はその膨大な魔力を以て、人間の願いを叶える事ができます。召喚術を通して喚び出された悪魔は、契約という繋がりで現世に合法的に留まり、召喚者の願いを叶えます。願いを叶えるまで、もしくは死ぬまで、契約を反故にすることはできません。…今の話から気付いた方もいらっしゃるかもしれませんが…」
     エリーゼは一度、そこで言葉を止める。
    『パンゲアがまだ悪魔に護られているということは…つまり。いや、そんな馬鹿な話…』
     カタリナは話の真相に気づいたらしい。しかしその声音を聞く限り、すぐには信じていないようだ。
     「パンゲアを護る悪魔ルミナスの契約者であり、ルール建国の祖である初代ルールはまだ生きています。とは言っても、肉体はなく、魂だけですが…。サラマンダーはエクソシストの権限を以ってルミナスを排除し、契約を解除されたルールの魂は冥界へと送られる。そこでようやくパンゲア大陸は悪魔から解放される」
     『そして、侵入者の検知機能を失ったシンフォドリアは、侵攻されてもそれに対抗する手段を講じる前に制圧される、と』
     そう話すのはマルシアだ。さすが話の飲み込みが早い。
     「ええ。今回、カオスさんがシンフォドリアの声を聞いて復活できたのは、アエルの魔術師の侵入を察知したルミナスがシンフォドリアに知らせたからです。大樹の根から大陸の出来事を収集するシンフォドリアに、即効的な察知能力はないと我々は考えています」
     『となると、守るべき最優先は王と悪魔ルミナス…待て、ルミナス…?』
     「ルールで一部信仰対象にもなっている月の女神ルミナス。精霊とは異なる、竜と同じ古代信仰の類ですね」
     『…。いや、今は女神の正体が何であるかは関係ない。我らが祖ルール王の魂と女神はどこに在らせられるか』
     カタリナの問いにエリーゼはしばし、答えあぐねる様子を見せた。
     『何をそんなに躊躇う。まさか分からないとは言うまいな』
     「その様子からして、きっとすぐに受け入れる…。いえ、すみません。私には受け入れ難いことだったので」
     そう言って彼女は一呼吸置く。
     「貴女がまさに今持っているであろう、聖剣そのものです」
     『…』
     「初代ルールは五千年もの間、ルミナスとの契約を維持し、子孫の繁栄を一人見守り続けた。ノームとの一騎打ちが伝説となる頃には、聖剣は勝利をもたらす剣として、時に武器としても扱われる。自らの身で人の骨肉を断ち、血に染まる。私であれば、耐えきれず発狂するでしょうね。ですがルールはそれをも受け入れ、剣に自らの魂を宿し、大陸を守り続ける刃となった」
     しばらくの間、沈黙が漂った。当然の反応だろう。通信越しに小さく息を吸う音がし、『であれば』とカタリナはゆっくりと言う。それは遠隔でも伝わる気迫。それだけで、やはりこの人は一国を背負うに足る人なのだとエリーゼは確信する。
     『であれば、尚の事ここで終わらせるわけにいかない!私たちが王の意志を継ぎ、新たな歴史を作る。そういう訳だから、エリーゼさん。あなた方のこれからの計画を教えてほしい』
     「悪魔との契約を解除するには、契約者の魂が必要となります。ですが魂本体は今まさに、貴女の手元にある。そうなると契約者ゆかりの物から魂の残滓を集める他ありません。ルールの魂が色濃く残っているのは、死んだ肉体が眠る墓。そこで残滓を集めた後は、縁の地であるエリュシオンへと向かい、契約を強制解除します。その過程でアイテールも探し出す。今、サラマンダーとその一味はブルカンにいます」
     『まさか、本当に戦争を起こすつもりか』
     「予想はついていましたか?一応、最終手段のつもりではいるようですが、現段階はわかりません。私が寝返ったことは既に伝わっていますから、計画が変わっているかもしれませんし、動きが早まっているかも」
     『そうか』とカタリナは少しの間考える。
     『相手の詳細な素性を教えてほしい』
     「基本五人グループで、各地で行動しています」
     アルケミスト、ネクロマンサー、エンフォーサー、エクソシスト、そして星詠。主な戦闘要員はエンフォーサーが担っている。カオスがミシャラで対峙した少年がまさにそうだ。
     「先ほどお話ししたサラマンダーは人間ではありませんが、戦闘能力はありません。どのグループも主戦闘員はエンフォーサーです。ですが皆、基本的な魔術は使えますから油断はできません。星詠もいますから、魔法で戦おうにも高確率でキャンセルされるでしょう」
     『エンフォーサーも人間?同じ顔が二人もいたんだけど』
     嫌悪感を露わにするのは、先日エンフォーサーから逃げ延びたばかりのフィオラだ。
     「あれはホムンクルスと呼ばれる、造られた人間で、何人もいます。同じ顔なのは、ある一人の遺伝子をもとにしているからですね。短命ですが、その魔力と腕力は成人男性でも敵いません。普通の人間では対処することはできませんが、一応の弱点は鎌です。あれさえ破壊してしまえば、脅威の八割は取り除けます。魔力を暴走させ自壊することも出来ますが、それはオレイアデスの魔法で防げることは検証済みです」
     そう言って彼女はカオスを見て、ニコリと笑う。
     『なるべく会いたくないが…。情報ありがとう。で、そっちはこれからどうするつもりなんだい?』
     カオスは、エリーゼの促すような視線に気づくと「私が答えるのか」と言いたげな表情で見返すものだから、彼女も頷いて見せる。
     「私たちはこれからランパーデスの遺跡に向かう」
     『そうか。であれば、君たちが到着し次第、通すように兵士に言っておこう。あそこはミシガン家の管理地だから、警備兵がいる。戦闘になってしまったら困るからね』
     お互いの健闘を祈って、通信を切るとクイーンはエリーゼに聞く。
     「五冠席?の目指す完璧って何なのかしら」
     「さあ、そこまでは。そもそもアイテールがどういった術式なのかもわかっていませんから」
     話もそこそこに彼らも明日に備え休息についたのであった。
     「カオスさん」
     今日も火の番をしていると、小さく呼ぶ声がした。どうやらエリーゼはまだ寝ていないらしい。彼女は横になったままカオスに小声で話しかける。
     「あなたが何度か対峙したネクロマンサー。彼らも名前がありません。あなたと同じ。あなたは大陸を守り、彼らは夢を追いかける…。役割を背負って生まれた存在として、本質ですら似た者同士なのかもしれません」
     「夢を追いかける?」
     彼女はモゾと体を動かす。
     「先ほども話しましたが、あのエンフォーサーには元となる人間がいます。名前はモルぺウス…本名かは分かりません。何せ出自ですら不明ですから。モルぺウスには夢がある。けど夢が何かは分からない。誰にも話さない。その夢があることすら誰にも語らない」
     「どうしてお前はその夢について知っているんだ?」
     「モルぺウス自身は星詠です。私の実家、アイホークス家は一応星詠の名門と呼ばれるところですから、彼も学びに来たことがあって、その時に少しだけ交流がありました。その時の私は父の命令にニコニコと従うだけでした。夢も何もなく、ただ父の理想とする完璧な娘になろうとしていた。今回彼らの計画に参加したのも、父の意向なんです。私はそれに従った。そんな私のことを彼が良く思っていなかったことは、雰囲気で分かります。一度聞かれたこともあります。夢はあるのか、と。当時は、ないと答えました。その答えに彼は一瞬眉をひそめた。けれどすぐに笑顔で、そっかと言ったんです。同じ八方美人でも彼には芯があった。それが羨ましかった…あ、ごめんなさい。こんな本音まで話すつもりは…」
     そう言って、彼女は恥ずかしそうに目を伏せる。
     「いや。お前は変わったんだな」
     「…それもこれも、お嬢様方のお陰なんです。私はもっと早く決意するべきだった。私を道具としてしか見ていなかった家のことなんて、早く切り捨てるべきだった…そうすれば、こんなことには…」
     悔しそうに縮こまる彼女の髪をそっと撫でる。過去を悔やみ、囚われているのが何だか自分のことのようで、そうしたいと思ったのだ。エリーゼは伏せていた目を見開く。しばらくされるがままに撫でられていたが、やがてゆっくりと静かに起き上がった。どうしたものかと様子を伺っていると、伏し目がちにつぶやく。
     「だきしめても…いいですか…」
     突然の申し出の意味は分からないが、カオスは腕を広げる。彼女はにじり寄り、初めは優しく、次第に抱きしめる腕に力が込められ、カオスの肩に顔を埋める。
     「……はあ」
     それなりに長い時間そうしていたように思う。満足したらしく体を離していった。心なしか疲れが飛んだような表情だ。
     「ありがとうございます。では、おやすみなさい」
     そう言って再び横になると、間も無く小さな寝息が聞こえてきたのであった。
     自分も過去を悔やんでいるのだろうか。後悔したところで過去は変えられない。未来に進むことしかできない。今は未来をどう選択するかだけを考える。
     エリーゼは父親が敷いた道を外れて自身を変えた。結末がどうなるかは分からないが、それで未来が変わるかもしれないと信じて。
     最後に信じられるのは、過去を経験して得た自分の芯なのだ。
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    yctiy9

    MEMO怖い夢を見たという個人的な話
    ※怪異的な怖さです。
     とある団地の一室でホラーゲーム実況のようなものを見ていた。「ようなもの」と言うのも、正直、誰かの声で実況していたかが曖昧だったからだ。
     そのゲームは、とある一家に起きた不可解な不幸を描いたものだった。ゲームのマップは食卓のみ。3Dゲームではなく、2Dゲームで、絵はリアル寄りだった。画面上には父、母、息子の三人家族が食卓を囲んでいる。画面上から見て右手には別室へと繋がる扉があり、その向こうは風呂場の脱衣所のようだ。
     内容は断片的にしか覚えていないが、食卓に座る三人家族の外見が滑らかに変化する。徐々に首と顔の境目が分からなくなるほど太っていったかと思えば、今度はどんどん顔色が悪くなる。緑になっていく。そこで私は気づく。このゲームの間取り、今、私がいる部屋と同じではないか。頭の片隅でヤバいなーと焦り始める。その間にもゲームは進む。いつの間にか家族は画面上からいなくなっていて、その代わり化け物がいた。巨大な顔から蜘蛛の脚が生えたものと、それの横に細長い赤黒い影のようなものがいた気がする。細長い方は何もせず突っ立っているだけだったが、巨大な顔は脱衣所の方に走っていく。その時、どういう経緯か忘れたが、私は脱衣所に人がいる事を知っていた。それが母なのだということもなぜか分かっていた。逃げて、と言う前に悲鳴が聞こえてゲームはそこで終わる。悲鳴は母よりだいぶ若い女性の声にも聞こえた。
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