5-1(間)星詠の決意 私の頭を撫でる手はひんやりとしているにも関わらず、ぬくもりがあった。
誰からも私の個性を求められず、家族にさえ望まれるのは魔術師としての能力だけ。誰も私を見ない。それに声をあげることもなくニコニコと笑って都合のいい人間を演じる私も私だ。
それが当たり前だった。
メイドとして働いていても私は常に良きメイドであり、良き間者であり続けた。無邪気なお嬢様のおかげで、アエルにいた時よりも気楽であったことには間違いないが、それでも私は私を…いや、私らしさというものが何なのか。そんなもの既に失われていたのだろう。誰にでも都合のいい存在。それが私らしさなのだ。モルぺウスが嫌な顔をするのも無理ない。
撫でる手は私という存在を肯定してくれているようで、自然と人肌恋しくなるのは必然だった。
「だきしめても…いいですか…」
かれが、その言葉の奥にある意味を理解できていないのは分かっている。それでも頷いてくれた。だから心の望むままに甘えた。
抱きしめた体に人間らしい柔らかさはない。触れる素肌はスベスベとしていてずっと触っていたくなる。まるで磨き上げられた木のようで。深く息を吸い込めば、僅かに森の香りがする。やはり人ではないのだなと思う。だからこそ本音を打ち明けられたのだろう。
夜に歌う虫の声。
空に瞬く幾千の星。
徐々に心が回復していくのを感じる。
この時が永遠に続けばいいと願ってしまう。
でもそれを許してはいけない。居場所を与えてくれた人たちの幸せを奪った私にそんなこと許されないのだ。たとえ彼女たちが許してくれたとしても、私自身が許さない。
ゆっくりと離れると、こちらの様子を伺いながらかれも腕を引く。その様子が飼い主を心配する忠犬のようで愛らしい。
おかげですっかり回復できた。もう心残りはない。
もう誰にも私の道を決めることはできない。
必ずや守って見せます。
愛おしい今この瞬間が再び訪れるように。