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    yctiy9

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    yctiy9

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    パンゲア大陸にかつて生きた王子の話

    夜明けを飛ぶ(1) かつて圧政に押し潰されそうだった私たちは、一人の輝きに救われた。黄金の夜明けとともに沈んだ太陽は建国の礎となって今でも生き続けている。
     これは彼に関して私が人々から見聞きした物語である。
     途中補っている部分もあるが、彼がきっとそのように行動していたのだろうと私は想像する。
     この文字たちが彼がいた証になって欲しい。
     
    ♢
     パンゲア大陸の中央東。ミルヴィエの森を駆け抜ける男が二人。時に足を木の根に取られこけようとも、彼らはひたすらに走った。ミシミシと木々が折れる音と地を這う唸り声がすぐ後ろまで迫っていた。
     「これで俺達も金持ちだ!あんなクソみてぇな生活からはおさらばだ!!お前を信じて正解だったぜ、ヌル!」
     「早くしろ、喜ぶのはバラウルの巣を抜けてからだ」
     二人は速度を落とさず、ひたすらに走る。身体中に当たる枝葉には目もくれず、走り続ける。気づけばいつの間にか後ろから迫っていた音は無くなり、いつしか森を踏みしめる音と未だおさまらぬ荒い息だけになっていた。
     「撒いたか」
     「みたいだな。それ、持つの代わるぞ」
     そう言って、ヌルは相方の持っていた財宝が詰まった袋を抱えた。
     「とはいえ、ゆっくりしてる訳にもいかないからな。行こう、あと少しだ。」
     二人は立ち上がり、行きに付けた目印を頼りに帰路についた。人の手が入っていないミルヴィエの森は入ってしまえば最後、迷って出られなくなり、原生種の竜に襲われて終わりだ。そのため目印は必須。今回、二人はちゃんと目印を置いてきたのだが、経てども経てども森の出口に辿り着かない。痺れを切らした相方は後ろを歩いていたヌルに言った。
     「本当に合ってるのか?」
     「合ってるのかとも。そこを右だ」
     自信満々に言う彼に、相方は言われた通りに右に曲がった。が、直ぐにそれを後悔した。後悔したのは右に曲がったことでは無い。彼を少しでも信じたことに、だ。
     ギロリと睨む赤い瞳と視線がかち合う。金の鱗は逆立ち、口から生暖かい息が吹き出される度に木の葉が舞う。滴る涎はボタボタと男の足元に水溜まりを作った。
     騙された。そう男が気づいた時には、既にヌルは宝石を持って全速力で逃げていた。背後で怒号が聞こえるが関係ない。ヌルは何がなんでも手放すまいと、一層強く麻袋を抱きかかえる。
     「へっ、馬鹿め。盗っ人は信じるな。これはオレのもんだ」
     いつの間にか聞こえなくなった声は、森の端まで来たからか、それとも……。だがその頃にはヌルの頭の中は億万長者の夢でいっぱいだった。
    ♢
     ミルヴィエの傍には、王サン・シドメヌゥが統治するナーバストラという国がある。武力による領土拡大と繁栄を成し遂げた王には二人の王子がいた。
     「第一王子エルドモンド、第二王子アレクサンダー。お前たちに領地を与える。両者ともにこれを管理するように。これはサン・シドメヌゥの勅命である」
     『仰せのままに。太陽の加護があらんことを』
     王の間を後にしたエルドモンドは振り返って、後ろを歩くアレクサンダーの行く手を阻む。
     「父上は寛大だな。お前みたいなノロマでも領地が与えられるってんだから。たしか北東の...なんだったかな」
     「しゃ...シャテヌドです、我が義兄」
     「ああ、そうだ!シャテヌド。お前にピッタリだ。下賎な民の街。せいぜい上手くやるんだな。オレの領地サンブリストンは富豪の多い地域だから、お前のとことは違って治安も良い。まさにオレに相応しい」
     エルドモンドは喋るだけ喋って、踵を翻し去ろうとするがふと立ち止まって振り返った。
     「そう言えば、シャテヌドはあの女もよく気にかけていたなあ...。母子共々お似合いじゃないか、喜べよ」
     そう言って、金色の瞳が弧を描く。それにアレクサンダーはヘラヘラと笑うだけだった。その反応が面白くなかったエルドモンドは舌打ちして去っていった。
     ナーバストラでは王族の他に、上級層、中級層、下級層と身分が分けられていた。人権があるのは中級層までで、下級層はほとんど労働力として搾取され、まともな教育すら受けられない現状であった。それを不満に思う者がほとんどだが、歯向かえば公開処罰を受け、最悪命を落とすことは分かっていたので、耐えるしかないのである。上級層の貴族や富豪は王族に媚び、中級層民は上級層から受ける横暴な扱いの憂さ晴らしにちょうどいいという理由で下級層民を虐げ、誰も今の状況に声を上げる者はいなかった。
     数週間後。誕生日を迎えたエルドモンドは貴族、富豪を呼び、宮廷で盛大な宴を開いた。彼は極上の酒を片手に、次々と運ばれてくる貢物に満足しては、笑っていた。
     「殿下、この度は生誕祭の祝宴にお呼びいただき誠に恐縮にございます。こちら祝いの品に、市井より選りすぐりの美女を連れてまいりました」
     下品な笑みを浮かべた貴族の男に連れられ、差し出された三人の女性たちはぎこちない笑顔でエルドモンドの前に跪いた。その光景に彼は満足そうに彼女たちを品定めすると、雑用に部屋に連れて行くよう命じた。
     「褒美だ」
     そう言って貴族の男の前に金貨を数枚放り投げると、男は歓喜の声を上げ、その場を後にした。
     「次、入……わっ!」
     「っ...!いたたた……」
     男と入れ替わりに盛大な音を立てて、一人の青年が転がり込む。彼は呻きながら姿勢を正すと、エルドモンドの前に居直った。
     「わ...我が義兄。この度は二十回目の生誕祭おめでとうございます。わ、私からはこちらを」
     「ハッハッハ!たわけめ。十九回だ。アレクサンダー王子は数も数えられないらしい。だがまあ上質な果実を持ってくるあたり、大目に見てやらんでもない」
     アレクサンダーの失態に、エルドモンドを含むその場にいた全員が笑う。そしてエルドモンドは運ばれた果実を素手で掴みかじると、手を振ってアレクサンダーを下がらせた。それ以降も祝いの品が運び込まれ、祝宴は夜まで続いた。
     空に一番星が昇る頃、宴の演奏を遠くに聴きながら、アレクサンダーは部屋で書物を読み耽っていた。ギィと小さい音を立て、部屋の扉が開く。
     「すみません、扉の音が...」
     「宴のおかげで気づきもしなかったよ。おや、今日は夕飯も豪勢だ。流石の義兄も今日は随分と気分が良いらしい」
     従者のナブナが運んできたお盆に目を向ける。今日の夕飯はいくらかの豆と肉。それから野菜に果実と盛りだくさんだ。これらは先程の宴で運び込まれた貢物の一部である。それをわざわざ見下している相手に晩御飯として差し出すのは、本日の主役の機嫌の良さ故なのか、それとも嫌がらせなのか。恐らく、そのどちらも正解なのだろう。
     アレクサンダーは王子であるにも関わらず、王宮の中では最も邪険にされている存在だった。エルドモンドの家臣たちはもちろんのこと、アレクサンダーの家臣でさえなるべく火の粉が飛んでこないようにと、最低限の会話しかしてこなかった。父こそアレクサンダーを卑下することは無いが、無関心を決め込んでいる。一方のエルドモンドはこちらを馬鹿にする。というのもアレクサンダーは、ナブナ以外の前では目をつけられないよう自分を偽っていた。故にこれは想定の範囲内である。むしろ好都合でもあった。なぜなら、この宮廷で目をつけられれば終わることを彼は身を持って知っていたからだ。
     「それにしても昼間の聞いたか?彼、私が持ってきたフルーツが自分の果樹園からもぎ取ったものだと気づかなかった」
     彼の果樹園で育てている果物は全て格別の美味しさを誇る。先程持ってこられた晩御飯に入っている果実も、例に漏れず芳醇な甘さでアレクサンダーの舌を満足させた。この果樹園の果実は大振りな見た目も特徴の一つだが、彼はその事に気が付かない。質の良い果物しか食べたことがなく、比較対象を知らない可能性もあるが、いずれにせよ自身の名を冠する果樹園の世話をしていないことが窺える。面倒事は全て他人に任せ、美味しいところだけ持っていく。エルドモンドはそういう人間なのだ。
     「これじゃサンブリストンにも足を運んじゃいないだろうな」
     アレクサンダーは手についた果汁を拭き取ると、目の前で巨体を丸めながら、同じく晩御飯を頬張るナブナに言った。
     「明日はシャテヌドに向かう。頼りにしてるよ」
     「お任せ下さい」
     「そりよりも、今日連れてこられたあの三人はどこへ?」
     「今は宴に参加しています。そのあとは湯浴み、召し物の準備、それからエルドモンド殿下の部屋へ」
     「分かった。お前は食べ終わったら休んでいいよ」
     ナブナは物言いたげにジッとアレクサンダーを見つめる。もう長い付き合いにもなるせいで彼が何を言いたいか手に取るように分かる。アレクサンダーは首をゆるゆると横に振った。
     「大丈夫、言い訳なら考えてるから」
     笑って出ていく彼を、半ば呆れたようにナブナは見送った。
     部屋を出て石畳をヒタヒタと進むと、やがて衝立に遮られた衣装部屋の入口が現れる。話し声はないが、確かに人のいる音がする。彼はしばらく部屋の前で待つことにした。きっとあの人物が来る。十分ほど経った頃、さっき彼がやってきた方向から足音が響く。来た。腕を組む肩に力が籠る。やがて足音は彼の前で立ち止まった。アレクサンダーはわざとらしさは隠して、恐る恐る視線を上げる。かち合う視線は獲物を睨め付ける蛇のようで、自然と息が詰まる。立っていたのはやはりエルドモンドの母シタだった。アレクサンダーからしてみれば義理の母にあたる。シタとはあまり話したことはなかったが、それでも彼女が自身を目の敵にしていることは手に取るように分かった。彼は彼女が、三人の女性が愛息子の夜伽の相手に相応しいか値踏みしに来ると踏んで待っていたのだ。彼は腕に爪を立て、己を奮い立たせる。
     「王妃、こんばんは」
     「...」
     案の定、彼女はアレクサンダーを無視する。それでも彼は怯まない。
     「よ、良いのですか?彼女たちは市井の出です。その...エルドモンド殿下には不釣り合いかと。王妃にとって最愛の息子が身分の低い人間に、一時とはいえ触れられるというのは...えっと、屈辱なのでは?」
     だが彼女は彼を一瞥するだけで、何も言わずに衣装部屋へと入って行った。その様子に顔をしかめるが、そのすぐあと再びシタが三人を連れてアレクサンダーの前で立ち止まった。
     「早く連れ出しなさい。民がここにいるのは耐えられない」
     それだけ告げると彼女は踵を返し、足早に去っていった。恐らくこの場にいることも不満だったのだろう。不機嫌さを全く隠そうともしていなかった。元々こうするつもりだったのか、それとも。初めからその気であれば、そもそもここに来ることもなかったように思う。ということは先程の懇願は間違いではなかったらしい。
     「さ、気の変わらないうちに行って」
     宮廷の裏口に廻り、三人を見送る。彼女たちは礼を言うと小走りで駆け出すが、一人がふと立ち止まって振り返った。
     「アレクサンダー王子、シャテヌドの領主になったと聞きました。あなたのことはウルバから聞いています。あなただけが私たちの最後の希望です。どうか...お気をつけて」
     聞きたいことはあったがその暇もなく、それだけ言って彼女も走り去り、すぐに草木の中に姿が見えなくなってしまった。残された彼はその場に一人立つ。背の高い草が揺れると間から街の灯りがチラチラと顔を覗かせる。数歩踏み出せば、夜の生暖かい風に揺られる草木が、戯れるように彼の頬を擽るのである。眼下に広がるオレンジの光は遠くに行けば行くほど、数が少なくなる。北東の方角は、手前の中級層に比べて灯りが少ないのが目に見えて分かる。
     希望、と彼女は言った。放蕩に明け暮れる王族を間近で見ておきながら、これまで何も行動を起こさなかった自分は希望にはなり得ない。
     「けど、それでもまだ道があるのなら...」
     彼は、今は亡き母を思い出す。
     アレクサンダーの母サラハはとても聡明で美しく優しい人だった。だがそれがこの宮廷では仇となる。側室として宮廷に迎え入れられた彼女は、正室のシタに目の敵にされていた。特にサラハが賢いことが気に食わなかったらしい。最終的にはシタに羽目られる形でサラハは自害した。それでも息子のアレクサンダーが生き残れたのは運と、サン・シドメヌゥの僅かな温情があったからだろう。
     母親を殺されたからといって、アレクサンダーに復讐をしようという気は全くなかった。勝ち目がないからである。だが先ほど彼には「民を助ける」という大義名分が生まれた。自分が生き残った理由がそこにあるのなら。この先も宮廷で自身を偽って生きたとして、その先に何がある。そんな疑問が頭を駆け巡る。
     更に草を掻き分け、外壁に登り、丘から夜に沈む国を一望した。目の前には現在進行形で助けを求める人がいるのだと彼は知る。
     肌を撫でるような風に、立ち尽くす彼の柔らかい髪が微かに靡く。夜明けはまだ遠い。
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