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    yctiy9

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    yctiy9

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    夜明けを飛ぶ(3) その日以降、彼は視察を名目に、事ある毎にシャテヌドへ足を運んではアマーナに文字を教えていた。それはいつしか、密かに小さな輪を形成していった。そこに森の民というしがらみはなく、アマーナは日に日に笑顔が増えていった。もちろんバレればタダでは済まない。それでも人々は学びたかったのである。そしてアレクサンダーも馬鹿ではなかった。ただ文字を覚えさせるという、民にとって受動的な形にはしなかった。街に残っていた住民に仕事を与え、その中で文字を学ばせる。上からなにか言われた時には、「仕事に必要なことだ」と答えれば良かった。だが、下級層の土地で手付かずの場所を整地し開発するという仕事内容は、やはり上級層からしてみれば面白くないらしい。方向性を説明した時に色々と言われたが、使える土地は活用するべきと、それらしい言葉を並べてやれば彼らは渋々納得した。なんにせよ目論見がばれるのは時間の問題だった。
     初めは「何をすればいいですか」とばかり聞いてきたから、考えるヒントを教えてやると、「それでは何をやっていいか分からない」と怒り、中々まとまらなかった。だが少数は頭を悩ませ考えようとする。そうして正解を見つけて行く度に大喜びするもんだから、さすがに気になって、そろりそろりと首を伸ばして様子を見るのである。暫くはそれを遠くから見ていたが、輪に入るタイミングが分からないらしく周りをウロウロするだけだった。痺れを切らしたアレクサンダーが声をかけるとバツの悪そうな顔をするものの、渋々といった感じで輪に入るのであった。
     やがて彼らもまとまり街に活気が出てきた頃。仕事場に一人の女性がやってきた。彼女は薄茶けた麻の外套を目深に被り、人目を気にしているようだった。初めは上からの間者かと思ったが、子供たちが駆け寄って行くのを見るにそうでは無いようだ。
     「ウルバ!おかえり!」
     「ただいま。少し…街が綺麗になった?」
     名はウルバというらしい。エルドモンドの誕生日に連れてこられた女性が言っていた人物だ。彼女は子供たちと言葉を交わした後、真っ直ぐにアレクサンダーへと向かって来た。
     「お久しぶりですね、殿下」
     落ち着いた声でそう言われても、彼には彼女が誰なのか皆目見当もつかない。パサとフードを取った下は、およそ三十代で、額に傷がある。最初は誰か分からなかったが、その傷を見て自然と目を見開く。
     「思い出しましたか。私です。第ニ王妃サラハ様の付き人、ウルバです」
    ♢
     ウルバはかつてサラハに仕えていた使用人の一人だった。その中でも最も距離が近い付き人として、彼女の身の回りの世話をしていた。身分は違えど馬が合う二人は仲が良かった。それ故にサラハはウルバに勉学を教えていたこともあった。だが、サラハを目の上のたんこぶに思っていた第一王妃シタは、それを好都合と思い、彼女が民に入れ知恵し、反逆を起こそうとしていると王を唆した。疑心暗鬼になった王に追い詰められたサラハは自害、命からがら逃げ出したウルバは追われる身となったのである。その時に負った傷が、額のそれである。
     二人は作業場に併設された簡易テントの中に腰を下ろした。
     「ああ、なんで忘れていたんだろう…」
     「殿下は小さかったので、覚えていないのは仕方の無いことです。それに直後にあんな...」
     そこまで言いかけてウルバは口を噤む。しばしの静寂の間、どちらも地面を見つめお互い物思いにふけっていた。先に口を開いたのはウルバだった。静かな声で言う。
     「殿下、私がここに来たのには理由があります。街の子から、あなたに文字を教えてもらったと聞きました。どうして彼らに教育を施すのですか。禁止されていると分かっているはずです」
     「彼らが色々なことを知りたいと思っているなら、それに応えるのが私の役目でもある。それに考える力があれば、彼らだってよりよい生活が送れる」
     「本当にそうですか?」
     彼女はスッと立った。
     「今の彼らには運命に立ち向かう術がない。たかが文字を知っただけでは圧政からは逃れられない。考える力を身につけても最後は権力に跪くしか、今の状況では出来ないのです。最後には武力が物を言う。彼らが教育を受けていると分かれば、王は必ず弾圧します。シタ王妃はきっとあなたを反逆者として始末するよう王を唆すでしょう。それに対してあなたはどう対抗するかお考えなのですか。街の人を味方につける?徹底的に抵抗する?それとも命乞い?...どれも無駄です。自分の妃でさえ信じなかった王には無駄なんです」
     アレクサンダーを見下ろす彼女の瞳には恐怖と疑念の色が混じっていた。
     「これ以上、彼らに希望を持たせないでください。きっとあの時の二の舞になる」
     ウルバが去った後、全身が一気に重くなった気がした。立ち上がるのが億劫だ。深いため息がついて出る。アマーナの、人々の願いを叶えたいのは本心だ。だからといって犠牲を出したい訳では無い。否、犠牲がいずれ出ることは頭のどこかで分かってはいたはずだ。それを改めて指摘されたことがアレクサンダーにとっては辛かった。
     「痛いところつくなあ」
     震える膝を叱咤激励し、彼は立ち上がる。出る時に押し上げたテントがいやに重い気がした。
     外に出ると、出入口の傍の木陰で老人が様子を見に来ていた。街に視察に来た時に話した人だ。
     「この街で子供たちがああして笑うのはいつぶりだろうなあ」
     彼は作業を眺めながらうっそりと呟く。聞けば彼はかつてサン・シドメヌゥの出陣と共に戦場を駆け抜けた一人であるという。
     「あの頃の王は生きるために戦い、未来に見出した僅かな希望に向けて突き進んでいた。あぁ...さながら太陽だった」
     老人は静かに瞳を閉じ、瞼の裏で過去の輝きを追う。
     「それがいつの間にか...。殿下、時の流れとは残酷なものであり、それと同時にあなたという希望を生み出した。ウルバに何を言われたかは知りませんが、あの子達にはあなたが必要なんです」
     「...」
     老人と別れたアレクサンダーは作業場に行って、人々に声をかける。
     「今日の作業はここまでにしよう」
     やけに早い作業の切り上げに人々は「まだやれる」とアピールするが、今だけはその気力が疎ましかった。努めて笑顔を保つが、足早にその場を後にする。
     その様子を遠くから見ている者がいることに、彼は気がつかなかった。
    ♢
     その少し前のこと。
     サン・シドメヌゥの御前に一人の下級層民がやってきた。人々から恐れられている王を前にしても、彼はニコニコと手を広げる。その背後には布のかかった荷車が控えている。
     「我が王、此度はどういった御用でしょうか」
     「ヌル・パラデン。最近、羽振りが良いそうだな。一介の下級層民がどうした。何を隠している」
     「...命の保証をしていただけるのであれば」
     「余程の自信があるらしい。申してみよ」
     ヌルはわざとらしく声を潜める。
     「バラウルの財宝を手に入れました」
     荷車の布を取り払うと、財宝が陽の光を受けて、王の間を輝き照らす。荷車は上級層民でも中々お目にかかれない大きさの宝石で溢れていた。途端、その場にいた誰もが感嘆の声を漏らし、宮廷内がざわつき始める。
     バラウルとはミルヴィエに住む竜のことである。黄金の鱗を持ち、体液は宝石を生む。そのため巣は、金銀財宝が多く眠る宝物庫であると言われている。特にバラウルの鱗で鍛造された黄金の剣は、持つものに必勝をもたらすと言われている。だが例に漏れず凶暴なので、夢を見て森に入った冒険者は誰一人として戻ってこなかったと言われていた。故にミルヴィエは帰らずの森、迷いの森などと不名誉な名前で呼ばれていたりする。
     下級層民がここまでの財宝を自前で用意出来るはずがなく、よりバラウルの財宝であることの裏付けとなった。流石の王もこの話には興味が湧いたらしく、「ほう」と顎をさする。
     「貴様、バラウルの巣への道のりは覚えているか?」
     「もちろんでございます。バラウルの巣へのご案内を致しましょう。ただし、一つお願いがございます」
     「ふむ」
     「巣へ案内した暁には、私を上級層へと上げて欲しいのです」
     「フッ。それくらい構わん」
     不敵な笑みを浮かべ、サン・シドメヌゥは立ち上がる。
     「エルドモンドを呼べ、すぐにだ!」
     それから間もなくして現れたエルドモンドは事の顛末を聞いた。
     「バラウルの巣へと向かい、宝玉を持って帰れ。全てだ」
     「承知致しました、我が父よ」
     エルドモンドは早速準備を始めた。彼は心を踊らせた。重要な任務を任されたということは、父が自分を認めてくれたのだと。王座が手に入るのもすぐだろう。
     そんな彼にさらに楽しい知らせが入る。偵察の言葉に子供のように目を輝かせた。
     「アレクサンダー、ようやく化けの皮をはいでやれる」
    ♢
     いつも通り目を覚ましたアレクサンダーは、妙に静かな宮廷に胸騒ぎを覚えた。その胸騒ぎを肯定するかのように、珍しく焦った様子でナブナが、ノックもせずに部屋に入り込んできた。
     「殿下、アマーナが...!」
     ナブナの話を聞いたアレクサンダーは、朝ごはんも食べず、急いで宮廷前の広場へ駆けつける。広場には、兵士に引きずられるようにして連れてこられたであろう人間が三人と、それを見下ろして立つエルドモンドがいた。宮廷の外には千に近いと思われる人だかりが集まっている。三人が見せしめに連れてこられたのはすぐに分かった。
     それに、そのうちの一人は見覚えがある。
     「アマーナ!」
     振り向いた少女の顔は恐怖に引きつり、泣きそうになっていた。獲物が現れてくれたエルドモンドはニヤリと笑う。
     「これはこれは、賢いアレクサンダー王子ではないか。いかがされたかな?」
     「義兄こそ、これは何事か」
     「しらばっくれるのか?それとも見捨てたか?理由はお前が一番知っているだろう」
     エルドモンドは知っている。アレクサンダーが街で何をしていたのかを。認めるしか道はなさそうだった。
     「上手くやったつもりか?オレが偵察をつけることくらい分かっただろう。大人しくしていれば良かったものを。あの日助かった命をドブに捨てるとは、よもや滑稽であるな!」
     はっはっはと彼は楽しそうに、嬉しそうに笑う。
     「さあて、こいつらはどうしてやろうか。娘の前で両親を痛ぶるのはどうだ?ああ、良いな。せいぜい泣いて命乞いをしろ。そうすれば助けてやらんこともない」
     「お許しください、お許しください。どうか娘だけは!」
     「止めろ」
     地面に額を擦り付け許しを乞う両親を庇うように、アレクサンダーはエルドモンドの前に立ちはだかる。考えるよりも先に体が動いた。
     「もう黙って見ていられない。罰なら私が受けよう」
     「ダメ!みんな、おうじさまを待ってる」
     「なんの騒ぎだ」
     低く威圧感のある声はその場を静めるには十分過ぎるほどであった。アレクサンダーを止めよるとするアマーナも手を引く。宮廷に続く階段の最上から見下ろすサン・シドメヌゥに、アレクサンダーを除く全員がすぐさま跪く。
     「父よ、愚弟アレクサンダーが下級層民に教育を施しておりました故、身の程知らずの民に処罰を与えようと思いまして」
     「アレクサンダー、それは本当か」
     「はい」
     「申し開きは」
     「ありません。私が悪い事をしていたとは思いません。民を蔑ろにし、放蕩に明け暮れる国になんの意味がある!」
     もう恐怖は無かった。可能な限り声を大にして叫ぶ。ここで下手に引いても殺されるなら、一歩踏み出して殺される方が意味がある。翠緑の瞳は真っ直ぐと怒りの眼差しで王を見据える。すっかりさび切った太陽を見つめるのは、思っていたよりも簡単だった。
     王はツィと目を伏せる。
     「そうか...。アレクサンダー、恩赦を与える。バラウルの財宝を持って帰ることが条件だ」
     「っ!王よ、それは!私だけで十分です!」
     サン・シドメヌゥは焦り喚くエルドモンドを気にもとめない。
     「エルドモンド、アレクサンダー。バラウルの財宝...中でも奴の膝元に眠る黄金の剣を持ち帰った方を次期王としよう。アレクサンダー、もしお前が剣を持ち帰れば今回の事は見逃す。民も傷一つつけないことを約束しよう」
     広場にどよめきが走ったのは言うまでも無かった。当の二人は声も出なかった。エルドモンドに至ってはその事が受け入れられないのか、薄ら笑いさえ浮かべて戸惑っている。
     これが最初で最後のチャンスだ。アレクサンダーはゆっくりと跪いた。
     「仰せのままに。我が王に太陽の加護があらんことを」
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