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    yctiy9

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    4-2 清々しい朝、魔法技術部門に緊張した空気が張り詰める。エミリオ・エーデルワイスのもとに訪れたのは、諮問委員会のトップである、コーネリアス侯爵アイザック・モントレーだった。モントレー家はアイレスター家と並び、古くから王家を支えてきた名家の一つである。
     アイザックの侍従が携えていた書状を読み上げる。
     「エミリオ・エーデルワイス殿。此度、委員会の慎重なる話し合いの結果、貴殿にはアイレスター家にかけられた容疑に対する公正な調査を依頼します」
     読み上げられた内容にエミリオは絶句する。すぐには内容を理解できていない彼の代わりに、オスカーが疑問を呈した。
     「貴族の内情調査は、本来であればミシガン家の役割ではありませんか?それがなぜ愚息に」
     「おやおや、ダルジアン子爵よ。確かにごもっともなご質問ではあるが、一点訂正させていただこう。前提としてミシガン家と我ら諮問委員会の関係は、中立者と摘発者。ミシガン家が実際に屋敷に乗り込むのは、確たる証拠が揃ってからの話だ。証拠次第でミシガン家は弁護人にも、断罪人にもなり得る。いずれにせよ、証拠が必要なのだよ。そこでと抜擢されたのが、君の、あー…ご子息だ。そこは光栄に思うべきではないかね?」
     アイザックは口ひげを指先で撫で、笑いながら言う。しかしまあこの男、嫌な男で、エミリオを見て彼を何と呼ぼうかわざとらしく言いあぐねた。
     「それに今回の事件は魔術が関わってくる。ミシガン家にはその道の専門家がいないのでね。となると魔法技術部門の者がピッタリではないか」
     「ここはアイレスター家の息がかかった者ばかりですが?」
     「そんなことは、もちろん承知済みだよ。けれどどうだい?エミリオ卿、君なら違うだろう?少なくとも君は『公正』に見てくれるはずだ、違うかね?」
     「…」
     アイザックの圧にエミリオは押し黙る。品定めするような視線に、目を逸らす。
     「ともかくこれは決定事項なので、宜しく頼むよ。ああ、それから当のシエラ侯爵は今日からしばらく謹慎期間なので、ダルジアン子爵、あなたが部門長代理となる」
     カカカッと笑い、彼は侍従を従え去っていった。
     大変なことになった。自分が憎きアイレスターの容疑を晴らす証拠を掴むなどと、諮問委員会は考えているのだろうか。むしろその逆だ。真実がどうであれ、彼らはアイレスター家が不利になることを望んでいる。だから自分を、エミリオを調査員に抜擢した。
     流石のオスカーも困ったように眉間を押さえる。しばらくして気を取り直した彼は、研究員たちに指示を出し、それとは別にエミリオを別室に呼んだ。
     「エミリオ、分かってると思うが子爵である私では、コーネリアス侯爵には逆らえない。悪いが私も部門の仕事を見ないといけないのでね、つきっきりで手助けするわけにもいかないんだ…そうだな…まずはクレロ卿を味方につけなさい。最近は彼とも仲が良いようだし、彼は話を聞いてくれる人だからね。流石に公爵家を味方にすれば、コーネリアス侯爵も迂闊に口は挟めまい」
     オスカーはそう助言してくれるが、エミリオの中にはある疑問があった。
     「…お義父様は、僕がシエラ侯爵を陥れるとは思わないのですか」
     養父であるオスカーはエミリオとアイレスター家の関係を当然知っている。心優しい彼がエミリオの想いを想像できないはずがない。
     オスカーはゆっくり、エミリオと目線を合わせる。そして微笑んだ。
     「私は君を信じているからね」
     その瞬間、エミリオの中で何かがストンと収まった。やはりこの人の言葉はすごい。さりげなく背中を押してくれる言葉。
     「僕、がんばります。真実を突き止めてみせます」
     力強い瞳で、そう言い切った。ということで、エミリオは一時的にミシャラ襲撃事件の証拠を掴むために走り回ることとなり、その間、聖剣の謎の調査はオスカーの方で進めることになった。
     それからクレロに相談を持ちかけると、彼は協力すると快諾してくれた。そして彼は後日、エミリオにミシガン家の屋敷を訪れるよう言った。言われた通りエミリオは指定された日時に屋敷に向かう。しかし、公爵家なんて位の高い家など訪れたこともなかったから、もちろん道中ガタガタ震えていた。そんな生まれたての小鹿のようなエミリオを出迎えたのは、不思議そうな顔をしたクレロと、エミリオの内心を察したらしい一人の青年だった。
     「ということで今回の場合、俺以上の適任者がいるので紹介しよう」
     「とか言って、ただ侯爵たちの相手が面倒なだけでしょ」
     クレロの横にいた赤髪の青年は、呆れたように首を横に振る。
     「エミリオ卿、はじめまして。アマンセル・デ・ミシガンです。どうぞ、よろしく。それからクレロがいつもお世話になってます」
     紹介されたのはクレロと同じく、ミシガン家に所属するアマンセル。優しいお兄さんというのが第一印象だが、クレロ曰く「騙されてはいけない。利用できるものは全部利用するような人間だから」だそうだ。二人は幼馴染みということもあって、もしかするとクレロの誇張表現かもしれないとエミリオは冗談半分程度に笑った。それにいざ話してみると、やはり第一印象通り物腰柔らかで癖のない好青年で、エミリオもすぐに打ち解けた。
     「クレロから話は聞いていたよ。君も厄介事に巻き込まれるねえ…」
     事の顛末をエミリオから聞いた彼は困ったように笑った。エミリオは「はは…そうですね」と頬をかく。
     二人はミシガン家の一室に移動して、今後の動きかたについて打ち合わせを始めた。
     「じゃあ、まずはこれまでの事件のおさらいと…その後どうするか、だね」とアマンセルはなぜか少し楽しそうに話す。
     「アイレスター家の調査から…だと思います」
     まずは当然そこからだろう。アマンセルもその回答にうんうん頷く。だがそれだけでは足りないらしい。彼は「他にもやっておかないといけない事があるんじゃないかな?分かる?」と尋ねる。しかしエミリオの頭にはすぐには思い浮かばない。
     「当てずっぽうでも良いから考えてみて」
     暫くウンウン唸るにエミリオに「お手上げ?」と彼はにこやかに聞く。それにエミリオはコクコクと頷いた。
     「まず疑いをかけられている騎士には、魔術の痕跡があった。そこでまずやることは?」
     「あ!魔術の解析…ですか?」
     アマンセルのヒントにエミリオの頭の中で道が出来上がる。「正解」と彼は微笑んだ。

     その頃、一人の少女がルールの王都ルーンレイクに降り立った。
     「ふーん、これが今のルーンレイク」
     少女と言えど侮ることなかれ。彼女の年齢は優に三桁を越える。二つに結われた亜麻色の髪は、毛先だけピンクという、グラデーションがかった珍しい髪色。強気な瞳に対し、素朴なソバカスが彼女を少しだけ幼く見せる。
     彼女の名はフィオラ。エーレクトラオスの魔女である彼女がルールに来たのは、つい先日、師匠であるクイーンに身代わりにされたからである。
     「大陸一の王国とか言ってるけど、エーレクトラオスとほとんど変わりないじゃん」
     つまらなさそうに景色に目を走らせながら、彼女は歩く。向かう先はルールの王城。荘厳たる佇まいの城に臆することなく、彼女は堂々と正面切って正門から入っていく。入り口の検問で預かっていた親書を提示し、身体検査などなど終わらせると、兵士にその場で待つよう言われ、城の庭をボーッと眺め待ちぼうけていた。
     「お待たせしてすみません」
     しばらくして、ようやく現れたのは星色の髪をたおやかにまとめた紳士だった。フィオラは片眉を吊り上げる。
     「魔法技術部門の長は女性って聞いてたんだけど代わったの?」
     「それが…」
     彼の名はオスカー・エーデルワイス。魔法技術部門長のマルシアに代わって、今は彼が代理をしているそうだ。彼は研究室に向けて歩きながら、現状の経緯をフィオラに説明した。
     「きな臭い話になってんのね」
     大まかに全容を把握したフィオラはため息をつく。ミシャラの事件について、アレイスターが容疑をかけられているが、それはただ事件を利用しただけの貴族同士の蹴落とし合いでしかない。今そんなことをしている暇は無いというのに。
     (証拠が出ない限り女王も無闇矢鱈にアレイスターを吊るし上げることはできない…。この事件の容疑者はアレイスターじゃない。けれど、その証拠を掴むまで誰も迂闊に動けないみたいね)
     などと考えているうちにいつの間にか研究室に到着した。ひとまずの挨拶を終え、オスカーから目下進行中の業務について説明を受けると、またしてもフィオラは片眉を吊り上げた。
     「師匠ったら話してないの…?はっきり言って、一人の魔法使いだけで全ての魔法を使おうだなんて無理。いい?そもそも七種の精霊の力を同時に使ってエリュシオンは滅びたのよ。それを一人の人間に再現させようだなんて、身体が消し飛んでもおかしくない。てゆーか、現段階で一つの魔法でも満足する結果ができる得られてないんでしょ?そもそもやろうとしてることが間違ってるんじゃない?」
     報告書をペラペラ捲り、内容に目を通す。聖剣を励起させるのに必要な力を百として、一つの魔法で励起させるのに必要な力はおおよそ十五もあれば十分。だが、今の時点で得られている力は、最大でも三いくかいかないか。話にならない。
     「術式を弄るより先に、方向転換したほうがいいんじゃない?」
     「いやはや痛いところですが、正に仰る通りです。そこで併行して考えているのがこちらなんですが…」
     そう言ってオスカーが提示したのは、また新しい術式だった。
     「あたし、魔術に関してはからっきしなんだけど」
     「これは星に過去を聞く術式です。まだ実用はしてないですが、論理的には可能かと。これでかつて聖剣が起動した時の様子を星に聞けます」
     「ふーん。分からないことは聞け、と。にしても過去すぎて壮大ね」
     「ええ。大昔のことなので、返答には…概算で一ヶ月。式を改善しても二週間というところでしょうか」
     「遅いけど…何千年も昔のことだからしょうがないのかな。じゃあ、あたしはしばらく報告書を見させてもらう」
     ヒラヒラと手を振ってフィオラは過去の報告書を持てるだけ抱え、近くのソファにボスンと腰を下ろした。報告書を遡りながら、彼女はここまでの経緯を脳内に記憶していく。
     事の発端はパンゲア大陸最大国家、ルール王国の女王カタリナが女神ルミナスから啓示を受けたところから始まる。内容は外海からの侵略の危機。ルール王国の祖、魔術師ルールは聖剣で侵略者を薙ぎ払った。カタリナはその末裔。聖剣から放たれた光は精霊の力…魔術師ルールは恐らく星詠。精霊の力を増幅できるのはこの大陸では星詠しかいない。それに魔法が主流なパンゲア大陸で数少ない魔術師が生き残ってこれたのは、大国の祖ルールの存在が一助になっていたと考えれば辻褄は合う。
     「カタリナには星詠の血が流れている…てことは女王自身で聖剣操れるんじゃないの?」
     できないということは何かしらの条件をクリアしていないのだろう。
     「それが魔法…精霊との契約?いや、魔法使いでもあの剣を励起させることはできなかった。となると賢者…か」
     賢者とは魔法使いと違い、精霊との契約なしに魔法を使用できる者を指す。精霊に気に入られる必要があり、そして気まぐれな精霊に気に入られるというのは中々難しい。故に賢者の数は魔法使いよりも少ない。
     「それに賢者といえど全ての精霊を扱える人間はいない…となるとやはり鍵は…」
     カオス。
     人間でも動物でも精霊でもない存在。無限の過去を積み重ねた大地の記憶。精霊の樹シンフォドリアの意思の具現化。
     かつて人間と争ったというが、それとはまた別個体だと聞く。かと言って今回の個体が人間に協力的とも限らない。少なくとも先日会った時点では、積極的な協力関係を築くような雰囲気は感じられなかった。つまり予防策として人間だけで何とか大陸を守る術を備えておくしかない。その一端が師匠…クイーンが参加させられていたプロジェクトである。
     「私の推測が正しければ、次にやるべきは賢者をサンプルに実験。一精霊で魔法使いよりも良い結果が出れば、被検体がカオスになった場合の参考値にはなる」
     次に神託にあった防御壁について。防御壁が何かは未だ不明だが、リ一族の一人が誘拐されたとなれば、敵の目的は自ずと絞られてくる。
     「…エリュシオン」
     カオスの末裔であり、シンフォドリアの番人として代々『呪い』を受け継いできた一族。
     呪い。それは一族の血、そのもの。彼らの血は閉ざされたエリュシオンの砦を開く。未だ閉ざされたままの理想郷エリュシオンに辿り着くには、彼らの犠牲が必要となる。
     フィオラは別の報告書を手に取る。それはミシャラ襲撃事件の概要。誘拐されたリ・ユーチェンとは別に、妻のユリヤが殺害された。これはほぼ巻き込まれと言っても過言ではない。
     被害者の名前はユリヤ・フランソワーズ。王立魔法学校を好成績で卒業した歴史学者。その専門は古代語。特に原生種の住む森ミルヴィエ、特に、そこにまつわる竜について研究していたようだ。報告書も学校に保管されている。
     「竜か…めっちゃ気になる。個人的に読みたすぎる…」
     興奮で報告書を握る手がワナワナと震える。
     「今はダメ。集中しないと」
     実行犯はアレイスター騎士団に所属する一騎士らしい。そしてもう一人一緒にいた大鎌を操る謎の少年。騎士は当時の記憶は全くないと言うが、人の言う事など信憑性に欠ける。今は騎士の言うことは頭の片隅に留めておいて、問題は彼に魔術をかけた人間がどうやってアレイスター騎士団に忍び込めたのか。
     「この少年が外海からの侵略者。そしてアレイスターが侵略者を引き込み、事件を起こしたと容疑をかけられている」
     外の大陸から内陸に入るには、東国のシェンネーに上陸する他、現段階では術がない。そう。このパンゲア大陸は言ってしまえば、現状、ほぼ鎖国状態。外とのやり取りがあるのはシェンネーのみ。そこから異大陸から輸入されたものが全大陸に運ばれるのだが…。
     「シェンネーが裏で糸を引いている可能性が出てくる」
     大陸の情勢は大きく三つに分かれている。精霊信仰の強い北の大国ブルカン、精霊信仰の薄い南の大国ルール。そして、そのどちらにも属さないシェンネー。正確に言えば、ブルカンとルールの間に張られた琴線を虎視眈々と見張るのがシェンネーの位置づけだ。ルールはその昔からエリュシオンの砦を開くことを目論んでいた。だが、精霊の樹シンフォドリアがあるエリュシオンに、精霊信仰の薄いルールが踏み入ることは、信仰の篤いブルカンにとっては冒涜に値する。一方で、かつて栄華を極めたエリュシオンには失われた文明が残っており、シェンネーはそれ目的でエリュシオンの扉を開きたいと考えている。シェンネーとしては争いなく、そして損失なくエリュシオンを開きたい。かと言ってルールと結託してブルカンを陥落させたとして、その後に控えるのはルールとの争い。大国ルールがシンフォドリアだけ抑えて後の遺産は全てシェンネーに、などと考えにくい。要はシェンネーはブルカンとルールの争いに乗じて、漁夫の利を今か今かと狙っているわけだ。
     途端にフィオラの胸がざわつく。ある可能性を考えた時、最悪の事態に発展する。
     「オスカー!今回、事件を担当してるのは誰」
     「エミリオ・エーデルワイスですが。それが何か?」
     「今どこにいる?」 
     「ミシガン公爵家に」
     「行ってくる」
     オスカーの静止の声も聞かずにフィオラは急いで部屋を後にした。
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