独り占め独り占め
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「我はもう少し薄いほうが良い」
「俺はもっと濃いほうが旨いと思う」
「否。お前の味覚は凡人以下だろう」
「はぁ~?」
─ガタンッ
椅子を引いて双方が立ち上がる。
「毒ヘビが我に歯向かうか」
「あんだと?すました顔しやがって、この鳥が!」
一方は片手に和璞鳶。もう一方は両手に鉄扇。
朝餉の静かな時間に、この望舒旅館のみが一触即発の事態の緊急事態である。しかも、味の好みで。
「まて!まてまてー!!2人ともストーーップ!!」
長閑な風景と美味しい璃月の食事が楽しめる、ここ望舒旅館の最上階では現在進行系で2人の仙人が好みの味の事で争っていた。何とも平和な内容ではあるが、現状は殺伐としている。
そんな2人の仙人を食い気味の声で止めたのは、珍しくパイモンである。最初は空を入れて4人で楽しく食べ初めたのだが、途中で蠱毒が自分の取り皿の料理に塩コショウ、レモンなどを振りかけ、隣で座る魈の料理にも味付けをしようとした事がきっかけだった。
「ご飯は皆で楽しく食べるもんなんだぞ!この前、鍾離だって言ってたぞ!!」
ふんふん!と得意気な顔でお説教をしながらパイモンは自分の更に山盛りのエビの包み揚げを口に放り込んでいく。
鍾離の名前が出ると一瞬だけ魈の顔が厳しい顔つきになった。
「っ!兎に角、我のものに塩気は必要ない!」
「ええ、そんなに振りかけてねぇもん⋯」
蠱毒は早々に椅子に深く座り込んで不貞腐れて頰を膨らませる。4人で食事を食べる時は大体いつもの事なので、空は頃合いを見てから落ち着いた声で促した。
「はいはい、2人とも仲良く食べようね?」
「⋯、」
ムッとしたまま蠱毒はテーブルに肘をつき、手に顎をのせた。足をプラプラさせて頬を膨らませている姿は齢3000を超える仙人には見えなくて、空は可笑しくて内心くすりと笑ってしまう。
「行儀が悪い」
「⋯、うっせー」
蠱毒に卓を囲むテーブルでの行動を嗜めると、魈は深い溜息を吐いて再び椅子に座りなおす。
空の手前、大人気なく喧嘩などする気はなかったのだがどうも蠱毒と居ると感情のコントロールが利かず、己が腑抜けになってしまう気がした。
「はあ…、お前と居ると我は腑抜けになる」
「⋯。」
冷たい言葉に、しゅん。と落ち込んで蠱毒が俯いてしまう。魈は相手を気遣う言葉には不慣れであることは、空も蠱毒も知っている。けれど刺さるものは刺さるもので。
「魈、ちょっと言い過ぎだと思う」
見かねた空が助け舟を出した。
仲が良いからこそ言って良いことと悪いこともある。魈もそれは理解しているが、誰とも関わろうとしながった年月が、大切な言葉の意味を伝える邪魔をしている事を空はよく知っている。
別々の獣であるが故に互いの心の機微に疎く、背負うものが多きすぎて長く生きるが故に、素直になれない2人にはこれからも仲良く居てもらいたいと思う。
どうしたものか考えるが、いつも通り2人だけで素直に話す事が一番の解決策なのだと思い当たって、空は暫し席を立つことにした。
「ちょっと、2人とも気分転換しよ?食後のデザート追加してくるからさ。いま、言笑さんに頼んでくるから少しまってて!」
残された2人に重い沈黙がおちた。ように見えたが、直ぐに沈黙を破ったのは蠱毒だ。
「魈。わりぃ」
椅子に腰掛けたまま腕組をした魈がため息をつく。その表情には後悔の色が濃い。
「はあ⋯、我も言い過ぎた。すまない」
そう言うと、魈はテーブルの上に並べてある杏仁豆腐を取り皿に盛り、一匙すくって蠱毒に差し出した。魈の好物なので言笑が多めに作ったものだった。
「特別に分けてやる。故に、お前のその腑抜けた顔は我の前だけにしろ」
ずい、っと前に蓮華が出されると蠱毒は困ったように眉を下げた。