04【ささやかな報復】「あっちい」
外は連日35度を超す猛暑。夕方の学校からの帰り道であっても、和らいだ上でまだ暑い。少し歩いただけで尊の額からは汗が流れ落ちていく。
「暑い。あっつい!」
『騒ぐと体力を消耗する上、余計に暑さが増すそうだぞ』
デュエルディスクの中から目玉だけをギョロリとさせている不霊夢がうんざりした様子で尊を、窘める。彼の場合は暑さではなく、尊のこの一辺倒な反応にうんざりしているのだが。
「わかってるけど、暑いもんは暑いんだよ。いいよなAIはさ。サイバーワールドって、基本的には年中快適なんでしょ?」
『まあ、そうだが…』
LINK VRAINS内のフィールド等、自然を模した特殊地形では別なので感覚として暑さや寒さへの理解はあるが、基本的にデュエルディスク内部にいる不霊夢には暑いも寒いも存在しない。
「羨ましすぎる……」
『……』
AIにはAIなりに、人間にはない苦悩が存在しているのだが、それを口にするか迷った末に、不霊夢は口を噤むことを選択した。しかしそんなときばかり、彼のパートナーは目敏く不霊夢の機微を察するのだ。
「……今、僕に説明したってどうせわかんないと思って黙っただろ」
『自覚してくれているのなら助かるな。その通りだ』
「わかってはいるけど、断言されるのもなんかムカつくなぁ」
姿を見せているときなら一発どついてやるところだが、生憎今は人目もある故ディスクの中だ。ならばと、尊はおもむろにディスクを装着した左手をぶんぶんと振り回した。
『や、やめないか尊!』
「お、振り回されるのは嫌なんだ」
尊が振り回すのをやめると、不霊夢はほっとしたように胸を撫で下ろした。
『……まったく、我々はその道の人間なら喉から手が出るほど欲しがるAIだというのに、扱いがぞんざいだな』
「残念ながら僕からしたら、ずっとへんなAIだからね」
『そのへんなAIの後押しのお陰で、君は今ここにいられる訳なのだが』
「それはありがとう。すっごくありがとう」
『雑だな……』
「いいじゃん。もう慣れたもんでしょ」
尊には不霊夢がどれだけ凄い存在なのか、いまひとつ理解できていない。しかし、だからこそ友人のように軽口が叩き合えるのだが。
「あーあ、腕振ったら余計暑くなっちゃった。コンビニ寄ってこうかな」
シャツを引っ張って風を送りながら尊が呟く。すると途端に、不霊夢が大きな目をキラキラと輝かせて尊を見上げた。
『コンビニ。尊!私は〝あいす〟が食べたいぞ!』
「は?アイス?」
『ああ。先日Aiが言っていた。暑い日に食べるアイスは格別らしいだと。君もこの前食べていただろう。だからそれを買おう』
熱い視線が送られてくる。不霊夢は遊作のところのAiからよく俗世的は知識を取り入れてくのだが、遊作はそういうこと。教えるタイプではないだろうし。彼は一体どこでそういった知識を仕入れてくるのだろうか。──いや、ネットで調べたりは勿論朝飯前なのだろうけれど。
「えぇ……でも食べられないだろ、お前」
ディスクから実体化している体は触れられるとはいえ、飲食ができるかはまた別の話だ。そもそも通常イグニスには口がない。Aiには捕食形態があるそうだが、不霊夢にもあるのだろうか。聞いてみたいような気もするが、いざ見せられたら夜眠れなくなりそうなので今も聞けないままだ。
『食べるのは尊がすればいい』
それは……意味はあるのだろうか。尊が妙な顔をしていると、不霊夢はなおも食い下がる。『駄目だろうか?』と、そこまで言われてはなんだか断りにくい。
「…っ、はいはいわかったよ。買えばいいんでしょ買えば」
頷く代わりに、不霊夢は満面の笑みを浮かべた。口がない分、逆さの三日月のようになった目と漂う空気からそう読み取った。
『食べたら感想を聞かせてくれ。Aiにも報告する約束をしているんだ』
帰り道、想定外の出費により食費の計算を雑に組み直しながら、食べられないのに上機嫌な不霊夢に尊は「ハイハイ」と生返事を返している。
(遊作か草薙さんに相談したら、なんとかなるかな?)
今日のところは自分用のアイスになってしまったけれど、どうせなら自分で食べられる方がいいに決まっている。生憎尊には彼らに摂取できるアイスのデータなんてものをこさえてやれるような技量はないけれど、頼りになる二人なら、あるいは。
「とりあえず相談、かな」
『?相談とはなんだ、尊』
突然ぽつりと呟いた尊に、不霊夢は首を傾げる。なんでもないと空返事をすれば余計に興味を引いたのか、身を乗り出して詳細を迫られる。しつこい。
「はー…暑いな、やっぱり」
べつに話してもよかったのだが、どうせなら驚かせたい気もする。
あとは、そう。本当はかき氷が買いたかったのを、不霊夢のリクエストに合わせて変更になったことへの腹いせも、ほんの少しだけ。