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    oimo_1025

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    了見(+尊、遊作)
    ※尊が結婚します。相手は不明。了見単独で尊も遊作もほぼ出てきません

    05【言祝ぎ】 船の上にいるよりは物に溢れているけれど、デンシティのような都市と比べれば特筆した観光名所もないような、そんな田舎町。
     科学の粋を凝らしたあの街と比べたら仕様のない話だが、全てが不便でしかないように感じられるこの町は、良く言えばのどか。悪く言えば寂れていて退屈な町だった。
     けれど了見が知る、ネット機器が不得手な穂村尊にとっては、きっとこれ以上なく過ごしやすい町なのではないだろうか。とも思う。
     海辺は人影もなければ遮蔽物も少なく、風がよく通る。時期により海風はべたつきもするけれど、幸いにして今日のそれは心地がよかった。

     数えるほどしか時刻が印字されていないバス停は当てにすることなく通り過ぎ、路面をひたすらに歩いて自力で商店街まで辿り着いた。土地勘はないが方向感覚はある方だったし、何より迷うほど複雑な道もない。
     さすがにそこまで来れば人の姿をあちらこちらで見掛けるようになる。他の場所と比べればかなり賑わっているようだが、それでも当然、都会と比べれば人はまばらと言わざるを得ない。
    「兄ちゃん、見ない顔だね。観光かい?」
     了見は店先を通りかかるなり、年配の女性に声を掛けられた。見ると女性は頭上に掲げられた看板の名入りのエプロンを身に付けていることから、どうやらその店の店主らしいと理解した。
    「いえ。……知人が、結婚すると聞いたもので」
     知人という単語に違和感を覚えながらも、かといっめ他に言いようもなく、とりあえずそう告げる。すると店主はまあ、と声を上げながら頬に手を当てて微笑んだ。
    「それはおめでたいわねぇ。そう!結婚といえば、今丁度、あそこで結婚式をやってるのよね」
     店主が示す方角を覗いてみれば、商店街を抜けたずっと先に小さく見える駅と思しき建物。その何軒か手前に小ぢんまりとしたチャペルが見える。
    「昔からお店に来てくれていた子だから、ちょっと感慨深いわぁ」
     店主が語っていると、その声の姦しさからか、顔を見せた隣の店の店員が「まーた知らない人に、あの子たちの結婚の自慢話聞かせてるんですか?」と茶化してくる。
    「いいじゃない別に」
    「はいはい、私はもう聞き飽きました」
     店員は長話をする気はないようで、苦笑いしてから話を切り上げるとすぐにまた仕事へ戻って行った。そのやりとりが挟まったことでなんとなく了見と店主との会話の糸も途切れ、ここぞとばかりに軽く会釈をすると息継ぎはさせぬ勢いで立ち去った。
    会話が苦痛だったわけではなかったが、了見とて目的がある。長話になるのは困るのだ。

    ──今丁度、あそこで結婚式やってるのよね。

    「……知っているとも」
     そう。知っている。誰に教えられずとも了見は、その『結婚式の主役』が誰であるのかを、よく知っていた。

     軽快に。あるいは力強く。チャペルの鐘が鳴り、辺りに響き渡る。
     つつがなく誓いを終えた合図。それらが止むと、次第に参列していた人々が新郎新婦を改めて祝福するためにチャペルの外へと出てきていた。花嫁のブーケトスを待ち侘びる女性たちは、勿論前列に陣取っている。
     遠慮がちに自然と後方へ吹き溜まる男たちの中には見知った顔も混じっていて、了見はそれが弾かれたように振り向く寸前を機敏に察すると、死角になる位置へと身を隠す。──まったく、あの男とは未だ切れぬ縁て結ばれているのかと、ほとほと呆れて物も言えない。
     しかしそれも、長くは続かない。間もなくして、新郎新婦が外に出てきた。自分を注視していた視線が一瞬逸れたのとほぼ同時に、了見は教会を離れていった。なんとも縁起の良い色をした男を、視界の端で僅かに捉えて。
     背中に刺さる視線が煩くも「ちゃんと見ていかなくていいのか」と訴えてくるが、了見はそれには答えるつもりはない。ただ真っ直ぐに、元来た道を戻っていく。

     言祝ぎなど、贈るような間柄ではない。贈ったとして、彼はきっと喜ぶまい。僅かばかり、一目視界に入れられれば満足だった。それだけのためにここへ来た。
    そんな自己満足のために、今更顔を見せるつもりなどは毛頭なかったのだ。
    ──だったら、なぜこの場所を訪れたのか。眺めるだけならカメラのひとつでもハッキングすれば事足りる話だ。
    「そういう約定だったからな」
     父のせいで地獄に身を落とした子供のうちの一人。どんな形であれ、その行く先と世界の安寧を見守ることを誓った。それを肉眼に焼き付けたかったのは、ただの身勝手でしかなかったが。

     船着き場に繋いでいた小型ボートに足を掛けながら、了見は最後にもう一度振り返る。教会どころか町並みさえ臨めないようなそこにあるのは、地表と平等に了見を焼いていく、燃え盛る光のみだ。
    「おめでとう、穂村尊」
     祝福︎することさえ、許される身ではないけれど。しかし独り言としてなら許されるだろうか。

    『もしかしたら、事件のことなんて忘れて生きられる日が来るかもしれない』

     否。許してほしい。
     何故ならこの日、きっと彼は、その『もしも』への一歩を踏み出したのだから。
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