了尊♀︎前提。ブラ買いに行く遊と尊「尊、趣味が少し変わったか?」
尊が手に取った下着を見た遊作が、突然ぽつりと呟いた。
今日は遊作と、久々にショッピングに出かけていた。夏に向けての私服を買い足し、ショーケースに展示されたブラが気になって立ち寄った店内でのことだ。
「え?そうかな?」
「ああ。以前はもう少し、シンプルなデザインを好んでいたように思うんだが」
言われて初めて気が付いた。かわいいデザインは元々好んではいたが、確かに言われてみれば、以前は可愛いと思っても、購入にまでは至っていなかったかもしれない。それなのに、最近の手持ちにはレースやらリボンやらが付いた華やかなデザインが増え始めていた。
「うーん、そう……かも?」
元々好きなので違和感は感じていなかったのだが、改めて指摘されるとそんな気がしてきた。
「もしかして似合わない?」
恐る恐る訊ねてみると、遊作は即座にふるふると首を横に振る。
曰く、似合う似合わないなど、そういう話ではないのだという。ただ、以前と比べて雰囲気が明るくなったような気がするのだと。
「いや、そんなことはないと思うぞ。むしろよく似合っている」
「そ、そっかぁ」
褒められて悪い気はしない。えへへ、と笑みを零すと、遊作もつられたように微笑んだ。
(なんでこういうの、買うようになったんだっけ?)
──デザインが好みだから。
それはそうだ。でも、それだけじゃない。
──シティに来てから、荒れてた頃の自分を知っている人がほとんどいないから?
いや、変化したのはまだ最近のはずだ。現に遊作が指摘しているのだから。
──じゃあ、どうして?
かわいい下着で嬉しくなるなんて、自分くらいで──。
『かわいい』
脳裏に了見の声が蘇る。同時に、いつかの光景がフラッシュバックする。
『こういうのも似合うな、きみは』
そう言って微笑んだいつかの男の表情を思い出して、頬が熱くなるのを感じた。思わずその場に蹲りそうになるのをぐっと堪える。
こんなところで挙動不審になるわけにはいかないのだ。
「どうした?大丈夫か?」
そんな尊の様子を不審に思ったのか、心配そうに顔を覗き込んでくる遊作に慌てて取り繕う。
「だ、大丈夫!なんでもないよ!」
あははと笑って誤魔化したが、納得してくれたかどうかはわからない。遊作はしばらく訝しげな視線を向けていたが、ふと目についた一着に手に取り、見せてくる。
「なぁこれ、了見が好きそうじゃないか?」
「えっ!?」
まさかここでその名前を聞くことになるとは思わなかったので、動揺して声が裏返ってしまった。頭を振って雑念を追い払うと、平静を装って返事をする。
「そうかなぁ……?ちょっと派手すぎない?」
「そこまでではないと思うが…。まあ、あいつはもっと大人しい方が好きかもな」
遊作は特に気にした様子もなく、手にしていたものを元の場所に戻すと「買ってくる」とだけ口にして自分用に選んだものを持ってレジに向かうようだった。
尊も後を追おうとしたのだが、最初に棚に戻してしまったデザインがやはり気になる。再びそれを手に取って眺めてみると、かわいらしい装飾が施された淡いピンク色の生地には透かし生地が重ねられているものだった。控え目なフリルもあしらわれていて、いかにも女の子らしい、という印象を受ける。似合わないかなと思いつつも、これを尊が着ていたら、了見が喜びそうだとも思った。
「………べつに、あいつの趣味なんかで選んでないし……!」
自分の好みに寄せた服や下着を着るようになっただなんて思われでもしたら、堪らない。断じて違うのだと、誰に聞かせるでもなく言い訳じみた独り言を呟きながら。尊の手がその下着を手放すことはなかった。