夜が優しくなるまで 静かな夜だった。
部屋の中はほんのりと暖かく、布団包まれた謝憐の呼吸がかすかに揺れていた。
__眠れない。
理由なんてものはなく、ただ、ただ、眠れない夜だった。
瞼を閉じても、意識の奥が微かにさざ波のように騒いでいる。
心に引っかかる棘のようなものがありそれが痛いわけでも、昼寝をしすぎたわけでも、泣きたい夜なわけでもなくて、ただ意味もないままに謝憐の眠りを邪魔していた。
そんなときだった。
隣から布団の擦れる音がして、謝憐の愛する伴侶が呟いた
「……兄さん、まだ起きてたんだ」
その声は囁きのようにやわらかくて、でも、しっかりと耳に届く。
「……うん、ごめん。起こしちゃったかな?」
「いいえ。気配でわかります、兄さんが眠れていない夜は」
「理由は……わからないんだ。ただ、胸の奥がざわざわしてるだけで。なんて、子どもみたいだな」
謝憐は小さく笑おうとしたけれど、その笑顔はすぐに揺れた。
ふいに落ちる不安というのは、案外そういう顔をしている。
「子どもみたい、でいいんです」
花城はそう言って、謝憐の手をとった。
冷えていた指先が、じんわりとあたたかくなる。
「兄さんは、ずっと強くて優しくて……俺の愛するお方。だから、ずっと守りたい」
「……三郎」
「眠れないときは、俺を頼って。黙ってても、話しても。それで兄さんが安心するならどちらでもいい」
言葉が、ゆっくりと謝憐の心に染み込んでいく。
手の中のぬくもり。鼓動の音。
耳を澄ませば、夜がやさしくなるような気がした。
謝憐は目を閉じる。
「……じゃあ、少しだけ、話してもいいかな」
「はい。朝まででも」
それからふたりは、ことばを重ねた。
何気ない昔話、好きな食べ物、前に見た夢のこと。
やわらかく編まれた会話の糸が、謝憐の心をそっとほぐしていった。
気づけば、夜は深く、深く――
そして、静かに明けてゆく。
もう、眠れない夜は無い。
花城が隣にいてくれるだけで、
夜はこんなにも、やさしくなるのだと知った。