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    so_anNin

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    so_anNin

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    夏といえばホラーなもんけま。現パロで大学生。

    夏の風物詩「もんじ……」
     白むほどにまぶしい窓の外とは対照的に、珍しいほどに厳めしい顔をしている恋人の顔を見て、文次郎はぱちりと瞬いた。
     手に持っているアイスコーヒーのカップからズコ、と間の抜けた音がした。
     
     
     季節は8月。太陽がいっぱいとはよく言ったもので、猛暑を通り過ぎて酷暑が叫ばれる外の景色は眩しいを通り越してもはや白っぽく見える。
     緊急避難とばかりに逃げ込んだコーヒーチェーン店のソファ席で涼んでいた文次郎は、目の前に座っている恋人が突然ハッと何かを思い出したような顔をしたかと思うとスマートフォンを慌てて確認し、その後うんうん悩みだしたのを、自身のスマートフォン片手に眺めていた。
     表情豊かな男ではあるが、こんなにわかりやすく悩んでいる顔を見るのはテスト期間以来だ。……案外最近である。
     最初こそ腹でも痛いのかと心配したが、どうやら違うらしいと分かってからは、文次郎は手元のスマートフォンでこの後の天気予報を確認していた。最高気温38度。どこに出しても恥ずかしくない夏である。恐らく気温は今がピークだろうから、このコーヒーを飲み終えたらグリル顔負けのコンクリートジャングルに低温調理されに戻らねばならない。こんな日に外に出かけようといったアホはどこの誰だ。自分たちである。
    「もんじ……」
     遠い目で窓の外を見ていると、喉の奥から絞り出したような声が聞こえて、文次郎は正面に視線を戻した。そこには珍しいほど厳めしい顔をした恋人がいて思わず瞬きする。
     恋人……留三郎は、文次郎とは実に10年弱の付き合いになる腐れ縁である。中学校で同じクラスになって以降、何かと張り合い続けているよく言えば好敵手、悪く言えば喧嘩相手だ。なぜそんな相手と交際するに至ったかについては長くなるので割愛するが、この夏の直前、大学2年の夏を目前にして文次郎の長い片思いは終わりをつげ、留三郎は文次郎の恋人に収まった。
     交際を始めてまだ2か月足らず。何せ友人だったころから互いの一人暮らしの家に入り浸ってやれ課題だレポートだと過ごしていたので恋人になったところで何をしたら、ということで恋人らしいことはほとんど何もできていないが、それでも恋人である。互いに手探りに用もないのに電話をしてみたり、今日みたいに予定もないのに出かけたり。共通の友人たちが聞けばひっくり返りそうな遅々とした歩みで距離を探っている真っ最中だ。キスだって先々週にちょっぴり触るやつをしたばかりである。今日日高校生の方が進展が早い。
     
     なので、そんな恋人に深刻そうな顔で話を切り出された文次郎はすわ別れ話かと汗をかいたカップをメコッと強く握った。
     やっぱり男友達の距離感の方が居心地がいいとか? やっぱり男相手には無理だとか? そもそもお前とは無理だとか? 考えれば考えるほど別れ話のような気がしてくる。嫌だ。絶対別れたくない。文次郎が固唾をのんで次の言葉を待っていると、留三郎は長考の末に「お前、来週の土日空いてるか」と唸るように言った。
    「は?」
    「だから、来週の土日」
     空いているかと言われても大学生の夏休みにある予定などたかがしれている。実家に顔を出す予定とアルバイトくらいのものだ。文次郎は個人的に取得したい資格の勉強なんかもしていたがそれも1日潰れるようなものではない。
     それでも一応スマートフォンを開いて予定表を確認した文次郎は、相変わらず難しい顔をしている留三郎に視線を戻した。
    「夕方からなら空いてるぞ。朝から夕方まではバイトだ」
    「小平太たちとやってるってやつか? 引越しの。夕方って何時?」
    「一応16時までとはなっている。作業自体が遅れる可能性はあるが、それでも事務所に戻って……遅くなっても18時はすぎないはずだ」
    「分かった。……なぁ、その……」
    「なんだ。さっきから歯切れが悪いな」
     そんなに言いにくいことがあるのか? どうやら別れ話ではなさそうだと分かって無意識のうちに強張っていた肩の力が抜ける。文次郎が促すと、留三郎はうんうん唸った後、ようやく口を開いた。
    「……て、……」
    「は?」
    「だからだな、その、土曜の晩うちにこねぇか? 飯食いに。そのまま泊まってけよ」
     泊まり!?!!?!?!
     別れ話ではないと分かって安心していた文次郎の心臓がまた勢いよく動き出した。もはやメンタルの交互浴である。何かはわからないが何かが整いそうだ。
     しかし、泊まり。泊まり。お泊まり!?
     文次郎と留三郎は恋人同士だ。まだキスすらほとんどしたことがないとしても、れっきとしたカップルである。恋人に、家に泊まりに来ない? と誘われて嬉しくない男がいるだろうか。期待するなと言う方に無理がある。
     文次郎もそんな数多の男同様にカフェの椅子の上で飛び上がらんばかりだったのだが、ふと妙なことに気がついた。
     恋人にお泊まりの誘いをかけているにしては留三郎の様子がおかしいのである。
     恥ずかしがって言いにくそうにしているのかと思ったが、どうにもそんな様子ではない。むしろ、様子だけ見れば相当不機嫌そうに見える。
     なぜ恋人をお泊まりに誘っておいて不機嫌そうなのか。
     さっぱり分からん。
     部屋に虫が出たのかと思ったが、それなら来週では救援が遅すぎる気がするし、留三郎は大抵の虫に耐性がある。ベランダに蜂の巣ができたとかでなければ自分でなんとかするだろうし、それはもう文次郎にもどうしようもない。養蜂家さんに電話だ。
    「……なんでだ? うちでもいいだろ」
     何か部屋に出たのかと思ってカマをかけてみると、留三郎はわかりやすくぎくりと固まって、文次郎はおや? と片眉を上げた。
     
     文次郎の家で、と言ったのはなにも虫を警戒しただけではない。
     留三郎の部屋はいかんせん狭いのだ。いや、平米数は一般的な大学生のアパートと同じくらいなのだが、なにせものが多い。大学生になった時引越しの手伝いをした文次郎は自分の荷物の倍以上あるダンボールに度肝を抜かれた。留三郎の部屋に行くと関係性問わずベッドの上で過ごすことになる。
     それに、留三郎の家はユニットバスなのだ。
     文次郎はどうにもトイレと風呂が同じ空間にあることが生理的に受け付けず、家賃を一部親に払うことを条件に風呂トイレ別の物件に住んでいる。もし“そういうこと”をするなら別の方が色々勝手が良さそうだし、風呂とトイレを別にした副産物で文次郎の部屋は一人暮らしの大学生にしてはちょっぴり広めなので、2人でゆっくり過ごすことだってできるだろう。それに、留三郎の家より多分壁も厚い。
     悪くない提案だと思ったのに留三郎はやはり渋っているままだった。
    「なんだ、お前の家じゃなきゃダメなのか?」
    「いやだって……お前んちテレビないだろ」
    「テレビ? あぁ、ないが……」
     子供の頃からテレビを見る習慣があまりなかった文次郎の家にはテレビがない。最近はテレビを同時配信しているネットのサイトもあるし、困ったことはない。しかし、テレビ? テレビで何かを見るのか?
    「その、テレビ見ようぜって思って」
    「なんの?」
     何か映画でもやるのか? しかし、それをこんなに言いづらそうにする道理が分からない。
     文次郎が相変わらず首を傾げていると、突然留三郎はなんとかペチーノを一気にズゴゴッと飲み干して、何かを覚悟したようにギュッと眉間に力を入れた。
    「怖いテレビやるんだよ! 土曜の! 21時から!!! 毎年やってるだろ? これくらいの時期に」
    「え? あ、あぁ……? 夏だからな」
     確かに夏は毎年なんらかのホラー特集が組まれている気がする。最恐! とか。激コワ!! とか。
     ……と、いうことは何か。留三郎は怖いテレビを見るから泊まりに来いと言っているのか? それはつまり……
    「お前、ホラー番組が怖いのか?」
    「? なんか悪いかよ。お化けが怖いとなんか問題あるんですか~?」
    「いや悪いとは言わんが」
     途端にガラが悪くなる留三郎に思わず呆れのため息がでた。長い付き合いになるが、こいつのこういうところは本当にガキっぽい。文次郎は自分のことを綺麗に棚に上げた。
    「あ~だからお前に言いたくなかったんだよ」
    「怖いのが嫌だってか?」
    「クソが……文次郎に弱み握られるなんて一生の不覚だ……だから言いたくなかったのに」
    「なんでだよ」
     大袈裟すぎる。いや、確かにちょっと……割とかなり可愛いなと思ってしまったところもあるのだが、留三郎が親の仇でも見るような顔をしているので流石に揶揄うのはやめておいた。や~いとめさぶろーくんはお化けが怖いんでちゅね~などと言おうものなら彼が右手に握ったままの期間限定何とかフラペが顔面に飛んでくるに違いない。
    「というか怖いなら見なければいいだろう」
    「分かってねぇなァ! こういうのは怖がりながら見るのがいいんだろ。どっかの誰かさんみたいに仕込みだのなんだの推理しながら見るのは邪道なんだよ」
     別に文次郎はホラー番組を見ながら仕込みだのやらせだのヤジを飛ばしたことはないのだが、面倒なので黙っておいた。
    「ていうかお前去年はどうしてたんだよ。その口ぶりなら毎年見てんだろ?
     実家にいる時はいいとして、去年は見ていなかったのだろうか? 首をかしげると彼は言いづらそうに視線をそらしてもごもご言った。
    「去年は伊作に泊まりに来てもらったから今年も来いよって言おうとしたら、あいつ『え~今年は文次郎がいるじゃないか! 文次郎に頼みなよ!』とか言いやがって」
     なるほど。ようやく事の次第を把握できた文次郎は、一生の不覚だの末代までの恥だの大袈裟すぎることを言っている恋人を眺めながらふむ。と一案した。
    「……ならやっぱりうちに泊まりに来い」
    「はぁ? 話聞いてたか? お前んちテレビねぇだろ」
     最後のフラペチーノを飲んだ留三郎に合わせて立ち上がり、ごみを捨てて混み合い始めた店内から出る。店の中から暑そうだと眺めていたが、実際外に出ると本当にうんざりするほど暑い。
    「お前の家は狭いんだバカタレ。ちったぁものを整理しやがれ。……お前、お兄さんのおさがりとかでモニターもらってたろ。パソコンにつなぐやつ」
    「え? あ~もらった。17インチくらいのやつ」
    「前に伊作の家に持って行ってゲーム機につなげたとか言ってただろうが。俺のノーパソに繋げたらネットでテレビ見れるんじゃねぇのか」
    「……おぉ」
    「俺の家なら駅前のスーパーで酒とかつまみ買ってテレビみながらだらだらできるだろ」
    「おぉ!!」
     配線がどうのコードがどうのというのは正直疎いが、そのあたりは留三郎の十八番だ。
     蒸し風呂のような街を歩きながら留三郎に視線をやると、彼は数分前の不機嫌そうな顔はどこへやら、子供のように目をキラキラさせながら「お前たまに天才だな!」と文次郎の二の腕をバシンとたたいた。結構強めの力だった。
    「たまには余計だバカタレ」
    「うっせ」
    「ならそれでいいな? バイト終わりにうちの最寄集合で」
    「了解!」
     うちの最寄といっても留三郎の家の最寄と一駅しか離れていない。スーパー行くなら荷物積めるチャリで行こうかななどと言っている留三郎をもう一度横目で見て、少し視線を泳がせてから、文次郎は彼の死角になっているはずの左手をぎゅっと握った。
    「……で、俺は多少なりとも期待していいんだろうな?」
    「は? 期待? なんのだよ。……まぁ一晩泊めてもらうし酒代くらいは出すけど」
    「バカタレ」
     半年前ならそれでよかったかもしれないが、今は違うのだ。本当にわからないのかと留三郎を睨みつけたが、留三郎はさっぱりピンと来ていないようで「人相やばすぎて前科五犯の指名手配書みたいにになってんぞ」とか言った。仮にも恋人に対する言い草か。
     そう、恋人なのだ。
    「恋人からうちに泊まりに来いよ~って誘われて、期待していいのか? と聞いている」
     その点でも文次郎の家のほうが何かと便利だ。なにせ、アレでソレな消耗品をもう買ってある。お年頃なもので、まだ予定もないのにネットで色々レビューを見て通販で買ったのだ。最初からアレやソレをしたいわけではないが、いや、したいのだがそういうことではなくて、ちょっとくらい触りあったりもうちょっと踏み込んだキスをしたり……そういうことを期待するのはダメなことか。
     文次郎が期待を込めたまなざしで留三郎を見ると、彼はぽかんとしたように数秒フリーズして、フリーズした顔のまま数歩歩き、そして突然
    「はぁっ!?」
     と大声を出した。近くを歩いていた女性二人組がびくっとおびえたような顔でこちらを見てくるのに、文次郎のほうが会釈で謝罪をしておく。店の中で話さなくて本当に良かった。
    「は、いや、おおおおおおお俺は別にそんなつもりじゃ」
    「じゃあ今そんなつもりになってくれ」
    「い、いやいや」
    「伊作もそういう意味で言ったんじゃないのか?」
     知らんけど。脳内の伊作に先手を打って謝りながらうそぶくと、留三郎は見開きすぎて四白眼くらいになっている目をしきりに瞬きしながら、「あっと」だの「え~」だのさんざんうめき、駅の入り口に差し掛かったあたりでようやく
    「……まぁ、アレだ」
     と頷いた。
    「俺もヤブサカじゃねぇ」
    「……そうかよ」
     回りくどすぎる上にアホのこいつが意味をちゃんと理解しているのかと文次郎は不安ではあったが、とりあえず了承は得られたらしい。文次郎は汗でベッタベタになっていた左手をズボンで拭った。
    「おい留」
    「……なんだよ」
    「顔があり得んほど赤いが大丈夫か? 熱中症か?」
    「お前わかって言ってんだろバカ文次!」
     思いっきり殴られた背中がじんじん痛んで思わずせき込んだが、一層顔を赤くしながらぶつぶつ文句を言っている留三郎の顔がお化けを怖がっていた時よりよほどかわいらしかったので、背中の痛みはそれでチャラとすることにした。
     とりあえず、夏の風物詩サマサマということで。
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