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    me2024ham

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    🌸🌕の結婚をきっかけに長年両片想いだった🍂👹が結婚する話。

    クラカイ小話⑪春の里には、薄桃の霞が地表すれすれに漂い、光は若葉の縁を撫でてから、いろは茶屋の庇へ滑り込んでいた。
    湧き水にとけた土の匂いと、お茶や団子の甘い香りが混じる。
    カイは串団子をがぶりとかじった。焼いた米粉の香ばしさに、甘醤油が舌に残る。隣で湯呑みを両手で包むカグヤが、カイの言葉を反芻する。

    「クラマさんの様子がおかしい、ですか?」
    カグヤが囁くように言った。湯の表面で、春の空が小さく揺れた。
    「おう」
    カイは短くうなずき、また団子を頬張った。

    言葉少なな肯定の奥で、カイの胸はざわついていた。ざわつきの正体を、彼自身はまだ言葉にできていない。
    ただ、あの悪友とも呼べる秋の神が、最近よく目をそらすこと、ゲームに誘っても家に上げてくれないこと、そして何かを言いかけては唇を閉ざすこと――それらの断片が、胸の内側で細かい棘となって刺さっていた。詰め寄る気にはなれなかったのは、クラマの中で何かが変わり、その変化を扱いあぐねているようにも見えたからだ。
    「いつからでしょう?心当たりは?」
    「小せぇことならあるっちゃあるけど、今さらだしな。時期は……お前らが祝言を挙げたあたりからだな」
    『お前ら』という言葉にカグヤは頬を染めた。軽く持ち上げた視線の先で、うららかが笑っている姿が見える。
    神は役目のためにも独りでいるものだ――クラマがそう言っていたことを、カグヤは思い出す。だが、うららかとカグヤの婚姻という前例が、秋の神の胸中に風穴を開けたのだろう。そこへ流れ込んだものは、誰の目にも、少なくとも春の神の目には、甘露のように見えたに違いない。

    「秋の里も変なんだよな」
    カグヤは眉を寄せる。
    「悪い兆しでしょうか」
    「いや、その逆だ」
    カイいわく、米は重たく穂を垂れ、牛馬は毛並みを艶やかにして鼻息荒く、ほんのり気温が高い。春に咲くはずの小花が、紅葉の根元でひっそり開いているらしい。
    「里が、落ち着きがねぇ感じがするっていうか……つーか、里が浮ついてるんだったら、やっぱりあいつがおかしいのか?」
    誰が、とは言わなかったが、誰のことかは茶屋の猫でも知っている。
    「まあ」と柔らかな声とともに、うららかが湯差しを片手に近づいてきた。
    「芽吹く前って、土の下が一番そわそわするんですよ。胸の奥でちいさな芽がきしむ音、聞こえたりいたしませんか?」
    言外の色を含んだ柔らかな声音に、カグヤは思わず視線を泳がせた。カイはといえば団子の串を噛み直すだけで、返事はない。

    考えても仕方ない、とカイは立ちあがる。椅子がぎし、と鳴った。
    「クソ天狗に直接聞いてくるわ!」
    カグヤは驚いた顔で見上げ、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
    「気をつけて。秋の風はまだ冷たいですから」
    うららかは袖口を合わせて、春の花びらのように軽く手を振り、大きな背中を見送った。

    青空をゆく小鳥がさえずり、茶屋の暖簾が静かに揺れを止める。
    「うららかさん、ひとつ確認したいのですが」
    カイが去った方向へ視線を向けたまま、カグヤが口を開いた。
    「はい、なんでしょう」
    「クラマさんは、カイさんのことが」
    「好きですよ。もう、何十年も前から」
    即答に、カグヤは目を瞬いた。とはいえ、与えられた返事は予想通りのものだった。
    「──ですよね。それで、カイさんも、」
    野暮な気がして言葉を切る。うららかは小さく笑った。
    「言わなくても、春風の音が教えてくれますわ。カイさんの足音、弾んでいましたもの」
    カグヤは湯呑みを掌で温めながら、あたたかな息をひとつ吐く。
    「秋の里に春が訪れるのも遠くなさそうですね」
    「はい。──では、わたくしたちは温かいお茶をもう一杯。あのお二人に負けないぐらいの」
    湯を注ぐ音が、静かに広がった。甘い香りが満ち、ふたりは目を合わせて微笑んだ。春の花びらが、風の行方をそっと探っていた。

    ***

    その日の黄昏、春の里のいろは茶屋。
    「結婚することになった!」
    戸口をがらりと開けるなり、カイが声を張り上げた。
    「お前はなんでそう短絡的なんだ……」
    突風のように飛び込んできたカイの背後で、長身の紅葉の影が頭を抱えている。
    カグヤが湯呑みを取り落としかけ、うららかが手を伸ばしてそっと支える。春の神は目を細め、ふわりと笑った。
    「まあ。おめでとうございます」
    「クラマさん、カイさん、おめでとうございます」
    朗らかに祝うカグヤから離れ、うららかは湯差しを持ったまま一歩進み、湯気の流れを遮るようにクラマの側へ寄った。
    「ついに願い叶いぬるのですね」
    カイにも聞こえる声量なのに、意味を拾えるのはクラマだけだとわかる調子で、柔らかく告げる。
    クラマは目を見開き、気まずそうに咳払いをした。春の神はそれ以上は言わず、静かに湯を注ぐ。

    暖簾の向こうで、桜の花びらが一枚、季節を越えて舞い込んだ。秋の風がそれを拾い上げ、ふたりの肩口でそっと遊ばせる。
    カイは胸を張り、クラマはやれやれとため息をつく――しかしその手は離さない。
    里の空気が、さらに甘くなる。米はまた、予想以上に実るだろう。小さな花は、季節を忘れて咲くだろう。
    神がふたりで笑ったのだから、季節たちも騒ぎたくなるのは当然のことだった。
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