未来で待つん? ここは……どこだ………?
気づけば、厳粛な雰囲気の教会の中で佇んでいた。
「まさか、また地獄か!? いや、教会にいるってことは天国ってことも……」
――周りを見渡すと、近くの椅子に座る小さな少年を見つけた。
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その少年がシンヤに話しかける。
「……もしかして、日本の方ですか……?」
……ウシミツだ。
一目で確信した。しかし、金色の髪は短く、格式高い制服の襟はきっちり留められていて、語りかけてくる言葉はか弱く――
今のウシミツとは、まるで別人のようだった。
何より、俺が知っているウシミツは、無邪気に笑ったり、泣いたりするくせに、
このウシミツは、笑うことすら忘れたような顔をしていた。
つまり、このウシミツは――俺と出会う前の、
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「僕、日本語、少しだけ。勉強しています」
たどたどしい日本語。
雲の少ない夕方。
夕暮れの教会裏のベンチに並んで座る、今は8歳だというウシミツ。
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シンヤ「……お前さ、なんか元気ないな?」
ウシミツ「……元気に、見せるのは……得意でなくて……」
ウシミツは空を見上げた。雲の切れ間から夕陽が差し込む。
ウシミツ「……僕、忍者が、好きなんです」
突然の告白だった。
シンヤ「ん? ……ああ、かっけーよな、忍者」
――そこは昔から変わらないのか、と少し嬉しくなる。
ウシミツ「はい……。でも、父と母に、それを言ったとき、“そんな考えは恥だ”と、言われました」
シンヤは言葉を失う。
ウシミツは静かに、けれど震える声で続けた。
ウシミツ「家では、“こうしなさい”と決められたことしかしてはいけなくて……
自分の好きなものも、夢も、恥ずかしいことになるんです」
ウシミツ「僕が“忍者になりたい”とは……言ってはいけないんです」
諦めたような声色に、手を差し伸べたくなった。
シンヤ「……なぁ、俺はお前の夢は、恥なんかじゃねぇと思うぞ」
ウシミツ「でも……僕は、父の望むものを選ぶのが当然で……
それを破ったら……僕の価値が、なくなります」
シンヤは、ウシミツの小さな頭に手を置いた。
シンヤ「じゃあよ、せめて俺になら……お前の夢、語ってもいいんじゃねーか?」
ウシミツ「……いいのですか?」
シンヤ「ああ、俺は絶対にお前の夢を笑わねぇ」
その言葉に、ウシミツは少し嬉しそうに、小さく頷いた。
そしてウシミツは忍者の夢を、たどたどしくも語り、シンヤと徐々に打ち解けていった。
ウシミツ「それで……! 僕は、大人になったら、日本に行って……忍者になりたいんです!」
ウシミツ「大切な人を、守れるような忍者に……!」
シンヤは、にっと笑った。
シンヤ「よっしゃ! じゃあ俺は、お前が夢叶える姿、そばで見てやるよ!」
その時、ウシミツの目に、初めてうっすらと涙が浮かんだ。
それは、救われた気持ちのようで――ウシミツは初めて、心からの微笑みを見せた。
ウシミツ「嬉しい……です」
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シンヤ「(こんな小さい体で……夢を捨てそうになって。でも、やっと笑えたんだ。夢を言葉にして――やっぱ、俺はコイツを……守りてぇ)」
けど、俺には……未来で待ってるウシミツがいる。
きっと、ずっとここにはいられない――
そう思い至ると、徐々に身体に光が差し、これから元いた場所へ帰るのだと悟る。
シンヤ「その夢、絶対に捨てんなよ。すまねぇが、俺はそろそろ帰らなきゃなんねぇ」
ウシミツ「……どこへ、ですか」
ウシミツは立ち上がり、俺の前に立って言った。
ウシミツ「……行かないでください!」
その声は強く、そして震えていた。
ウシミツ「貴方といる時間は、すごく……あたたかくて、貴方は……僕の夢を笑いませんでした……お願いです……!」
小さな手が、俺の身体を掴む。
ウシミツ「あなたがいなくなったら……僕、また、独りぼっちに……!」
シンヤ「(……ウシミツ)」
ウシミツ「貴方が僕の夢をちゃんと聞いてくれて、受け入れてくれて、本当に嬉しかったんです……! そんな人に、初めて出会えたのに……どうか……もう少しだけ……」
こんなにも感情をぶつけた小さなウシミツを見るのは、初めてだった。
シンヤ「(こんな顔、させたくなかったな。でも……)」
シンヤ「……俺もさ、お前のこと、守ってやりてぇよ。けど、俺は……未来にいる。お前が“忍者”になる未来の世界にいるんだ」
その言葉に、ウシミツは目を大きく見開く。
ウシミツ「……僕、なれるんですか……?」
シンヤ「ああ! お前は日本で俺と“闇プリ”で喧嘩やって、俺のことを“殿”って慕ってくれて――
未来のお前は、俺の隣でちゃんと夢を叶えてる」
ウシミツの涙がこぼれた。
光が強くなる。
ウシミツが、震える手で俺の手を握る。
ウシミツ「忘れないでください……! 僕のこと……絶対に……!」
シンヤ「忘れるわけねぇだろ。お前の夢、俺が最初の証人だからな」
ふっと、光が包み込み――
ウシミツの手が、するりと離れる。
ウシミツ「殿っ……!」
そして俺は、元いた未来へ――
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俺がよく知る今のウシミツの姿が、目の前にあった。
シンヤ「ウシミツ……! ははっ、お前大きくなったな!」
あっけに取られた表情をしたウシミツの頭を、思わず撫でる。
ウシミツの目には、涙がぼろぼろと溢れていた。
ウシミツ「……!!! 殿ぉお……!! 一体! いままで! どこに行っていたのでござる!!!
拙者……心配のあまり、本当に腹を切ってしまおうかと……!」
胸に飛び込んできたウシミツの姿に、奥がぎゅっと痛む。
あの小さな手が、こんなにも大きくなったんだな。
ウシミツ「……殿、どうかもう……拙者の前から、いなくならないでくだされ……」
抱きしめる手に、力がこもる。
シンヤ「………そっか。お前は、とっくに俺のこと見つけてくれてたんだな」
ウシミツ「……!……はい…、拙者、ずっと、殿のことを信じて、この時を待っていたでござる………!」
シンヤ「ウシミツ…、ありがとうな。俺も、あの時の約束、もう一度守るから」
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ただいま、ウシミツ