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    baketuM0510

    @baketuM0510

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    baketuM0510

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    牧台、原作後、typeV、VTS報告書を合体して続きを書いたやつです。一応完結、書きたいとこ書きなぐった。

    #牧台
    pastoralTerrace
    #WV
    #wv

    アフターエピローグ高性能家事代行汎用機H3R0_TypeVをご存知でしょうか?
    ここ数年でNLの大手家電メーカーから販売された家事代行ロボットですわ。
    もとは地球のメーカーで販売されたものをNLでも展開しようとしていたようですけれど、緑化が進んだとはいえ熱砂の星、地球産の物がNLの常時高温状態に耐えられるわけもなく故障続きで大ブーイングを喰らっていたのを思い出しますわ。それから試行錯誤を重ねてなんやかんやありヴァージョンアップしてNL版として販売開始。高額な割にこれがまたとんでもない売れ行きなんだそうです。
    人気の秘密はその容姿にありました。高性能家事代行汎用機H3R0_TypeV(以下typeVとする)は基本的に男性型、金髪のツンツン頭に輝く碧い瞳、チャームポイントの泣きぼくろ、長いまつ毛に優しく微笑む顔…500年前にNLを救った英雄ヴァッシュ・ザ・スタンピードの姿形(主に手配書参考)そっくりなんです。
    英雄に家事をやらせようという発想が商魂逞しすぎというか、敬意とか全くないですわね…。NLっぽいっちゃぽいですけど…。
    とにかく、歴史オタクやらヒーローに憧れる少年やらイケメンに奉仕されたいお姉さまやらに人気なんだそうです。

    なぜ私がこんな話をしているのかといえば同じアパートに住むお隣さんの家がこのtypeVを購入したんです。良く働いて愛嬌もある良いロボットです。
    でも思えば初対面から変な感じがしました。

    その日もからっからに乾いた熱風が吹き荒れる最悪の出勤日でしたわ。保険会社に勤める私は長期の出張から帰ってきたところでした。保険金支払いを阻止するため体を張って対象を守り切った後でしたから重い脚を引きずりながらアパートに着いたときは寂れた我が家がとてつもなく愛おしく思えました。
    階段を上がって廊下を進もうとしたところで誰かが立っていることに気づきました。つきあたり、私の部屋の手前の扉の前で呼び鈴も鳴らさずに突っ立っているんです。怪しい人かと思ってそそくさと通り過ぎようとしたら彼は私の顔を見て「あッ!」と大きな声をあげました。
    「……こんばんは!キミここの隣の子?」
    「…そ、そうですけど…?」
    まだ少し明るいとはいえ遅い時間帯ですし、そんな時間に怪しい男から声をかけられて内心びくびくしてしまいました。彼はふにゃふにゃと気の抜けた顔で言いました。
    「ごめんね、驚かせちゃって。僕も今日から君のお隣さんだからよろしくね」
    「”僕も”?」
    「うん、この部屋の人のお世話になるの!」
    「あ~そんなんですか…、よろしくお願いします…?」
    じゃあ、なぜ部屋に入らないんでしょう?怖くて聞けませんでした。
    「引き止めちゃってごめん!もし良かったらこれからも話そうよ。僕は”typeV”」
    そこで初めて彼が人ではなく届けられた荷物であることに気づきました。
    「家事ロボットの?」
    「そう!」
    「ロボットってこんなに流暢に喋れるんですのね…。申し遅れましたメリルですわ。また機会があればよろしくお願いします」
    軽く会釈をしてにこにこと笑う顔を背中に自室へと引き払いました。
    隣の家の住人はたしか黒髪の若い男性だったと記憶しています。偏見ですけれどああいったもの(最新の機械だとか流行りもの)を買うような方には見えませんでしたから意外でした。私は軽く自炊をして夕飯を済ませた後皿を洗って洗濯をして…こんな時に家事ロボットがあれば便利なんでしょうね…。一介の会社員でもがんばれば買えるくらいの金額だそうですけどメンテナンスが大変とも聞くし…。思案していると部屋の外から怒鳴り声がしました。びっくりしてあんまり聞き取れませんでしたがどうやら例のお隣さんが大声を出しているようです。
    「誰や!?」「頼んでへんて!!」「帰れや!」などと聞こえてきましたが元カノとかが乗り込んで来たんでしょうか?それともストーカー?あまりにも騒がしいしトラブルなら保安官を呼ぼうと玄関のドアを少し開けて隣を覗き込みます。
    「スミマセン、トラブルでしたら保安官お呼びしましょうか?」
    「あぁ?」
    「あッ!」
    お隣さんは廊下で先ほどのtypeVに抱き着かれていました。
    「えッ?あれっ??お、お邪魔しました……?」
    「ちょッ!嬢ちゃん勘違いやて!ほんま!タスケテクダサイ!」
    「騒がしくしてすまない!すぐ部屋に帰るから大丈夫!お休みメリル」
    「え、えぇ?」
    なんだかわかりませんけれど大丈夫と言われたので扉を閉めてしまいました。一体どういう状況だったんでしょうか?不思議でしたけどそれ以降騒ぐ声がなくなったので気にしないことにしましたわ。
    それからお隣さんのtypeVとはごみ捨てやら買い出しでご一緒することもあって仲良くなりました。買い出しで重い荷物を持ってくれたり作りすぎたおかずを分けてくれたりしたこともあって最近ではすっかり懐柔されてしまいました。明日はチーズがたっぷり乗ったサーモングリルを分けてくれるそうです。持つべきものは良き隣人(ロボット)ですわね。

    大学2年の中盤に差し掛かったある日そいつは現れた。
    授業終わりに同期で行った飲み会から帰り、アパートの階段を上がるとそいつはくりくりとした目をこちらに向け次の瞬間ものすごい勢いで抱き着いてきた。
    「は!?なんやオドレ!」
    「会いたかった!」
    「誰や!?」
    「ノーマンズエレクトリック社から来た高性能家事代行汎用機H3R0_TypeVデス!」
    「頼んでへんて!!」
    「やだ!もう注文も支払いも完了してるもん!今日からきみがご主人だから!」
    なんでそないなことなっとんねん!家電メーカーのサイトなど引っ越しが終わってここ一年は見た覚えがない。ましてや家事ロボットなど
    「知らん帰れや!」
    「なんでそんなこと言うの!?」
    「スミマセン、トラブルでしたら保安官お呼びしましょうか?」
    出てきた隣人にすぐさま助けを乞う
    「ちょッ!嬢ちゃん勘違いやて!ほんま!タスケテクダサイ!」
    「騒がしくしてすまない!すぐ部屋に帰るから大丈夫!お休みメリル」
    オドレ何抜かしとんねん!
    「え、えぇ?」
    納得すなー!!!
    無慈悲にも扉を閉めた隣人に内心恨み言を叫び、残された男二人ぜーはーと息をした。
    「いつまでくっついとんねん!キショいわ!」
    「逃げない?」
    「…逃げへん」
    「嘘つかない?」
    「つかへん」
    「家入ろ?」
    いつまでもこうして玄関先で暴れていても解決しないのは確かだ。
    「変なことすなよ」
    「っ!うんッ!!!」
    あまりにも眩い満面の笑みに思わず薄目になる。しぶしぶ鍵を取り出し玄関の扉を開けた。
    「……なんか臭いね」
    「男の一人暮らしなんてこんなもんやろ」
    「カップ麺とか洗わないで捨ててるでしょ?」
    「うっさいな~、そもそもオドレなんやねん」
    「ノーマンズエレクトリック社の~」
    「それは聞いたて」
    「きみが注文したんじゃないの?購入確定のメール来てると思うケド…」
    「そんなんあるわけ…」
    携帯のメールアプリを開き迷惑メールの欄を漁る。ノーマンズエレクトリック社…ノーマンズエレクトリック社…あッ
    「あるんかい!」

    ~以下メール文~
    ******************
    件名:ご購入確定のお知らせ
    オクトヴァーン大学社会福祉学部担当教諭及び生徒の皆様

    この度はノーマンズエレクトリックの商品をご購入いただきありがとうございました。

    高性能家事代行汎用機H3R0_TypeV(教育プラン)は一般販売している高性能家事代行汎用機H3R0_TypeVに自ら教育を施すことができる教育者育成向けの教材プランです。言葉や概念などの情報をインプットしない幼児同然の知能ロボットですが教育者の言葉を学習します。ぜひご活用ください。

    ノーマンズエレクトリック社
    *******************

    「授業で使う教材だって!じゃあ費用負担は大学側だね」
    「せやな!あせったわ~自分で高い金額払わなアカンのとちゃうか思ったわ!」
    「よかったね!」
    「…幼児同然てかいてるけど」
    「ん?」
    「オドレなんでそんなデカいねん」
    将来児童養護施設の職員として働きたい自分にとって教育を経験するなら目の前のロボットはあまりにも図体がデカすぎる。自分の背丈よりほんの少し小さいくらいだ。ムキムキやし。
    「僕も分かんない。教授からメール来てるかもよ」
    ロボットがそう言うので再びメールを見返す。確かにtypeVを使った教育課題というメールが送られてきていた。資料を参考にこのロボットの教育を行い学期末にレポートを出すという内容だ。出席する必要がないので楽といえば楽である。気になるのは追記部分だった。

    生徒に配布したのは基本的に少年型のtypeVですが予算の都合上一名のみ成人型のtypeVを配布することになりました。該当する生徒には申し訳ありませんが同じ知能プログラムを搭載してるとのことなのでレポート提出に問題はないと思います。

    「該当生徒ってわいか…」
    「ハズレひいちゃったね…」
    目の前のロボットは目に見えてシュンとして落ち込んでいるようだった。これはもしかして既に課題が始まってしまったのでは?
    「お、落ち込むなて。ハズレやなんて思ってない」
    「本当?」
    うるうると溶けだしそうなエメラルドグリーンがこちらに向けられ、なんだか胸がざわざわした。というかこのロボットやけに顔が整っている。ふさふさと生えそろったまつ毛。日に焼けない白い肌。垂れ下がった甘やかな目じりに泣きボクロなんかつけて、とにかく何でもかんでも聞いてやりたいような庇護欲を煽る顔をしているのだ。
    「お、おう」
    どぎまぎしながら答えて思った。
    「ところでオドレなにで動いとるんや?」
    「ロボットだもん電気だよ。ほら充電器」
    ロボットは自身が持っていたサイドポーチから太いコードを取り出した。
    「燃費どんくらい?」
    「え~っと…」
    「ま、まて調べるわ!」
    PCを立ち上げて公式サイトや家電の電気代を比較するサイトを読み漁る。月平均3000円弱…?目をこする。もう一度PCの画面を見る。3000円弱、家電にしちゃ高い金額である。苦学生である自分にはなおさら…
    「返品で」
    「ええ!?」
    「金ないねん面倒見切れん」
    「ま、まってよ。レポート出せなきゃ留年しちゃうんじゃないの?」
    「無いもんはないしな教授に連絡するわ」
    「う~ッ、わ、分かった!僕の生活費は僕が稼ぐよ!」
    「稼ぐてお前」
    ロボットが働きに出るなんて大丈夫なんだろうか?多分何らかの法律に引っかかるし働きに行かせた使用者の責任が問われる気がする…。でも、こいつは既にやる気になってしまっている。
    「は~~~~~わかった!バイトちょい増やすくらいなんでもないわ、代わりにワイがいない間は電源落とすからな」
    「いいの…?」
    「おん」
    ロボットはぷるぷる震えた後がばりと抱き着いてきた。
    「やったー!」
    「うおっ!ガキかオドレは!…いやガキやったな…」
    「ねぇ!名前聞いてなかった!教えて!」
    「あ?おぉ…ニコラスDウルフウッドや」
    「ウルフウッド!ねぇ、僕の名前は?」
    「え~、トンガリ!」
    ロボットはくふくふと笑った
    「あはは!それって頭とんがってるから?」
    「気に入らん?」
    「ううん、すごく好き!」
    トンガリはぎゅうぎゅう抱き着いてきて顔をワイの胸にうずめた。
    こうして高性能家事代行汎用機H3R0_TypeV改めトンガリとの生活が始まってしまったわけである。


    それからあっという間に三カ月が過ぎた。大学の授業というのは世間様から見れば遅い時間から始まる。よって学生である自分はバイトの疲労を癒すため、始業のギリギリまで寝ていることがほとんどだ。今日もまたとっくに日が昇り切った空をカーテンで塞いだままベッドでまどろんでいた。ふわりとトーストのいい香りが漂ってくる。
    「あと30分後に授業だよ。起きてウルフウッド」
    「」
    トンガリにはスリープ機能がついているらしく自分が寝た後にスリープ状態に入り朝の8時に自動起動する。充電は夜の間に済ませてワイが学校やらバイトに行っている間にまたスリープ状態にする。夕飯の時間に合わせてまた自動で起動し家事をこなすのがルーティンである。バイト終わりに家に飯があり洗濯掃除ゴミ出しすべて終わっている生活に満足感を覚えてからはバイトのシフトをほんの少し増やすくらい何とも思わなくなった。精々毎日のシフトに30分付け足すだけだ。電気代など余裕でまかなえた。
    「寝るの終わり!ほら、今日の朝ご飯はツナサンドだよ~」
    大変魅力的な誘いである。もそもそと布団をどかしあくびをした。
    「おはよ」
    「おん」
    短く返事をして顔を洗うため洗面所に向かう。トンガリはてきぱきと使った調理器具を洗っていた。トンガリが来てからとてつもなく環境がいい、湿気の匂いはなくなったしラグや布団も頻繁に洗濯してくれているためが柔軟剤のいいにおいがする。部屋の隅にほこりを見ることも無くなった。
    机に用意されたツナサンドを頬張り思い出した。今日は課題のレポート提出日ではなかったか?
    「アカン!レポートやってないわ!!ちょッダチに移さしてもらうから早めに行くわ!」
    「えッ!?う、うん気を付けてね!」
    トートバッグを引っ掴んでどたどたとアパートを後にする。

    「助かったで~リヴィオ!最近バイト増やしすぎてやるの忘れててな~」
    「いいっすよ、ニコ兄にはいつもお世話になってるんで」
    リヴィオは同じ大学に通う学科違いの後輩だった。昔馴染みのため良くつるんでいる。一コマ目のあと教室で駄弁るのは週課のようなものだった。
    「そういやうちの学科、教材でロボット配られたん知っとる?」
    「え?知らないです!すごいですね」
    「幼児教育の経験っちゅう名目で子供のロボットが配られるんやけどワイのだけごっつデカいねん」
    「なんで!?」
    「予算の都合だかなんだか、知らんけど。まぁ家事機能ついとるからめちゃくちゃ助かってるんやけど、あいつが来てから家のほこり一つも落ちてへんねん」
    「ん?幼児の教育を経験するためのロボットなんですよね?」
    「おう、知能は幼児レベルってメールに書いてたわ」
    「幼児ってそんな完璧に家事しなくないですか?」
    「…確かに」
    「教えたんですか?」
    「なんも教えてへんな。教えてへんのにごみの分別も買い出しもちゃんとしよるわ」
    「じゃあ駄目じゃないですか、不良品なんじゃないですかそれ?不良品ならメーカーに言えば交換してもらえるかも」
    「……いやまぁいなくなられたら困るんよな~」
    「えぇ~?まぁニコ兄がいいならいいんですけど。今度見せてくださいね」
    「おう、ええで」
    時計を見る。次の時間は空きコマだった。
    「あっ俺次の授業あるんでそろそろ行きますね!」
    「おう、またな」
    リヴィオはノートをまとめてカバンに突っ込みこけそうになりながら教室を出て行った。今週の課題は先ほど提出したレポートだけなので次の授業までは暇だ。家に帰って食べ損ねたツナサンドでも食べようと立ち上がる。

    歩きながら考える。教えてない言葉、教えてない家事そのすべてを既にトンガリは知っている。単純に一般販売されたロボットがウチに来てしまったんだろう。家の鍵をバッグから探り、階段を上がる。扉を開けると違和感に気づいた。トンガリはベッドの上で停止していた。否、寝ていた。明らかに寝息をかいていた。
    ドッと心臓に緊張が走る。
    そういえばトンガリは自分が寝た後にスリープに入っていた。日中も家を出た後そうなるよう設定したことになっていた。起動するのはいつも自分より早い。つまり自分はトンガリが実際にスリープしているところを見たことがない。さらに言えば充電コードがトンガリのどこに刺さっているのかも知らない。
    ふとゴミ箱を見た。白いレジ袋、自分が捨てた覚えはない生ごみが入っている可能性はあったが…結び目をほどき中を見た。スーパーのコロッケパンの袋が捨ててある。食べた覚えはない。ならなぜ、このごみがウチに捨ててあるのか?犯人はトンガリしかいない。しかし、メーカーや教授からのメールは何だったのだ?メールが本当なら本物のロボットがどこかにあったはずである。もう一度ベッドに近づく、恐る恐る呼吸を続けているのであろう胸に耳を当ててみた。どくどくと生きている物の拍動が聞こえた。
    思えば最初から違和感はあった。なぜか起動状態で届けられたこと、最初から一般知識があったこと、かの英雄を模しているにも関わらず黒髪であったこと。
    「ん…」
    ぎくりと体が強張った。かすれた吐息を吐いたトンガリは寝返りをうってワイの布団を抱きしめた。起きてはいないらしい。
    「ウルフウッド…」
    トンガリはそう呟いて唇を噛んだ。思わずその唇を撫でてしまった。きつく噛みついているそこを優しくなでると安心したのか噛むのをやめてまたすうすうと呼吸をし始めた。ぽたっとシーツに涙がこぼれた。トンガリが機械ではないことになぜか喜びを感じている。こいつが生きて、呼吸をして、生活を共にしていることに、理由は分からなかった。
    頭が痛んだ。


    VTSの捜索報告書

    ヴァッシュ・ザ・スタンピードが行方をくらまして20年、黒髪、左目下のほくろ、義手の20代男性などの特徴を頼りに捜査を行っているが難航している。原因は近年ノーマンズエレクトリック社から発売された家電ロボットにある。高性能家事代行汎用機H3R0_typeVは「オクトヴァーンの英雄があなたを見守ります」といったうたい文句で一般販売された。この機体は外見をカスタムすることができるため対象が130~150歳であった頃の容姿を基準として髪色などを変えることができる。つまり現在捜索している対象と全く同じ見た目のロボットがNL中に闊歩しているのである。ノーマンズエレクトリック社には上記ロボットの販売中止と全機回収命令をしたためこれ以上増えることはないが今のところ本物の手がかりはない。引き続き調査を進める。


    今やNLで一番の大都市となったオクトヴァーンの高層オフィス。その一室で男女は向き合っていた。
    クロニカは調査書から目を離し目の前の調査員を見つめた。
    「事は一刻を争います。わかっていますね?」
    調査員はぎくりと身を強張らせ返事をする。
    「重々承知しております!しかし、ノーマンズエレクトリック社の回収作業が終わらないことには…」
    「彼はいつ消滅してもおかしくない状況です。ラストランが始まる前に延命治療を受けさせなくては…。万単位で販売された機体の回収を待っている暇はありません」
    「…もちろん全力を尽くします」
    調査員の言葉を受けてクロニカは数秒思案した。
    「…自立種同士なら気配を察知することもできるかもしれません、彼ら双子には及ばないでしょうが効果はあるはず。自立種の人員を増やします」
    「お力添え感謝いたします。早速調査に戻ります。失礼いたしました。」
    調査員が退出した後、クロニカは自身が座っていた革張りのソファに身を預け天井を見つめた。600年にも及ぶ長い人生の中でヴァッシュ・ザ・スタンピードがこれほど長い期間騒ぎを起こさずに隠れているのは初めてだ。これが本当に最後なのかもしれないといなくなった老猫を探す気持ちを想像して唇を噛みしめた。
    NLの空はクロニカの暗い心をあざ笑うかのように、馬鹿みたいに青かった。



    「おはよ!ウルフウッド」
    ふわふわと下した黒髪が視界をかすめる。香ばしい焼けた小麦の匂いと甘ったるいイチゴジャムの匂いがする。いい夢が見れそうだったので二度寝をしようと再び目を閉じる。
    「こらっ」
    ごつんと割と強めに頭を叩かれた。
    「ッだー!何すんねん!!」
    「だって、学校遅れるだろ!」
    「こんのじゃじゃ馬ロボットが…」
    ぶつくさ文句を言いながら支度をする。トンガリはふんふんとよくわからない鼻歌を歌って朝食を机に運んでいた。
    「ジャム作ってみたんだ!」
    「ジャム作るほどの量買ったんか…?」
    「ううん、お隣さんがお休みの日にいちご狩りしたんだって、お土産でいっぱいもらったの、ちゃんとジャムじゃないほうも残してあるから夜食べてね」
    この自称家事ロボットはかれこれ半年以上はここに居ついている。大学の課題(幼児の教育体験レポート)の為に送られてきた教材という建前のもと生活を共にしているがとっくの昔にロボットではないことは分かっていた。おそらくストーカーかなんかだろうが、献身的に家事をこなし、こちらに危害を加えることもなく、男の割にはかわいらしかったので知らないふりをしてこうして暮らしているわけである。というかぶっちゃけ多分好きや。
    「どうしたの?歯ブラシくわえたままぼーっとしちゃって」
    気が付くとトンガリは近くに来て顔を覗き込んでいた。きらきらと碧い瞳がこちらを射抜いて心拍数が上がる。今日は一段と寒いからか白い肌がうっすら桃色に染まっていて、その上唇をつんと尖らせた表情をしているものだからなんかもうめちゃくちゃかわいかった(ここ最近毎日思ってる)。
    「お、おぉ」
    狼狽えながら口をゆすぎひげを剃る。トンガリはせっせとベッドシーツを剥いで洗濯機に放り込んでいた。一瞬だけ布団を抱きしめ顔をうずめていた。すぅっと小さく息をしているのが分かる。顔を上げたトンガリはとてつもなく幸せそうな顔をしていた。
    今ニュースで何が報道されているかなんて全く耳に入ってないんだろう。

    朝食を食べて家を出る。雪でも降りそうな寒空の下駆け出す。大学近くの露店街は既に賑わっていた。ちらほらtypeVの姿も目にする。どれも明るい金髪で義手をつけていた。ふとスーツの男がこちらに向かっていることに気づいた。
    「今お時間よろしいですか?」
    「いや、授業あるもんで急いでますねん」
    「一つだけ、黒髪のtypeVをお持ちですか」
    「お、おう」
    意味も分からず返事をした。
    「シリアルナンバーの表記場所は分かりますか?」
    分かるわけがない、そんなものトンガリにはないのだから
    「一つ言うたやろ、答える義理ないわ」
    強引に歩を進める。意外にもスーツの男はそれ以上何も聞くこともなくその場にたたずんでいた。
    黒髪のtypeVのシリアルナンバーの場所を知っているかなどと何の意図があって聞くのだろう。もし、もし彼の目的がロボットに扮した人間を探しているのだとしたら?事実、自分は本物のtypeVのシリアルナンバーの場所を知らない。自分はもしかしてあぶりだされたのではないか?ロボットに扮した、黒髪の青年を匿う男として。

    「きみ、ウルフウッド君?」
    一コマ目の授業を終えて行動を出ると白髪交じりのいかにも教授といった風体の男に話しかけられた。
    「はぁ、そうですけど」
    「対面で会うのは初めてだね。幼児教育実習の担当教諭のケインズだ」
    「え?あぁ!お世話になっております!」
    幼児教育実習の担当教諭といえばロボットを送ってきた人物だ。出席する必要がない授業でメールのやり取りしかしていないためほぼ初対面であった。
    「次の授業あるかい?」
    「や、空いてますけど」
    「じゃ、ちょっとウチの研究室ついてきてくれる?」
    「え?はい」
    わざわざ研究室に行くような用事なんだろうか。今朝の出来事が頭をよぎる。彼もまた、トンガリの行方を探る人物なのだとしたら…。しばらく歩いてケインズの研究室とやらに着いた。自分たち以外に人はいない。
    「君がスーツの男に話しかけられたところを見たんだ」
    「はぁ」
    「typeVについて聞かれたね?」
    「まぁ、はい」
    「話変わるけど、君に送ったロボット、実はロボットじゃないんだけど、知ってた?」
    「は?」
    知ってた。知ってたがなぜそれをケインズが知っているのか?
    「ロボットやないって分かってて送ったんですか?」
    「あぁ、彼はいろいろ事情があってね。君の家を隠れ家にするからと協力を頼まれたんだ」
    「教授は、あいつとどういう関係なんです?」
    「まぁ、恩師とでも言っておこう」
    ケインズはどこか遠くを見るように視線を移し続ける。
    「本当は私が彼を匿ってやりたかったんだが…」
    「匿う?なんでわいやったんですか?」
    「彼曰く、ひとめぼれだそうだ」
    ケインズはオフィス用の椅子に腰かけ自分にも座るよう促した。
    「君、彼とは以前から知り合いだったの?」
    「いや、そんなことないですけど」
    「そうか、私は君がうらやましいよ。おそらく最期の時を君と過ごすつもりだろうから」
    「さいご?」
    「君には話そうか、ちょっと長い話なんだけれど」

    学生時代の折、私は教育実習でとある教会を訪れた。たった一カ月、短い時間だったが子供たちの教育を発展させるための学びの一歩としては貴重な経験だった。あそこの子供たちは皆やんちゃで手のかかる、でも素直な子が多かった。あそこの職員たちの努力の賜物だろう。職員の一人に不思議な男性がいた。黒髪で背の高い綺麗な顔をした男だった。彼はそのしなやかで細い四肢を子供たちにもみくちゃにされながらいつも楽しそうに遊んであげていた。
    「やぁケインズ、僕はアベル」
    「今日からよろしくお願いします。いやぁ、ここの子供たちは元気ですね」
    「そうだろ?毎日大変だよ~。でも教育実習ってことならここは最適だね。おばちゃん達の子供たちに向き合う姿勢はきっとお手本になるよ。僕も力になる。」
    アベルは笑顔で手を差し出した。その手には黒い手袋をしていて変だと思ったが私は何も言わず握手に応じた。
    子供たちとの生活は楽しかった。時には喧嘩の仲裁をしたり理不尽に泣き出す子をあやしたりと忙しなかったが、やはり職員たちの子供の扱いは流石のもので翻弄されるだけの自分に情けなかったがアベルの励ましもあり多くの学びを得た。私の必死の態度が伝わったからなのだろうか、子供たちや職員たちの過去の境遇を多く聞く機会があった。辛い過去をもった彼らはそれを乗り越えようと互いに支え合い懸命に生きていた。アベルが時折裏庭の墓に足を運ぶ理由も何か辛い事情があるに違いない。時折墓を眺めてぼうっとたたずむその姿は穏やかなようで寂しそうだった。彼はきっと乗り越えている最中なのだ。
    ある時教会に新しい子がやってくることになった。マリーという7つの女の子で孤児とは思えないほど整えられたプラチナブロンドの髪をしていた。髪色の明るさに反して彼女の表情は重くまつ毛が常に影を作っていた。新しく入ってきた子供のメンタルケアは慎重に行わなくてはならない。私のやることはカウンセリングや彼女が一人でいたいとき以外の時間を他の子供たちと共に分け隔てない態度で接することだ。幸い、教会の子供たちは自分たちがそうであるからなのだろう、複雑な環境に居た者との接し方を私よりも心得ていた。マリーは最初こそ大勢の子供たちに囲まれる環境に怯えていたが次第に慣れてきたようだった。3日もすれば女の子同士で集まって話しているのを良く見かけた。しかし心から笑うことはまだ難しいようだった。心の傷を無視して乾いた声を上げる姿は痛々しかった。
    ある夜、トイレに行こうと廊下を歩いていると窓越しに裏庭で歩いている二人組を見つけた。それはアベルとマリーだった。私は窓の陰にひっそり隠れ二人の様子をうかがった。今思えば事情を聴いて寒いから中に入ったらどうかと提案するのが正常な反応なような気がするが、その時の私は何か秘密を抱えたような態度をとる二人の会話が気になってしまったのだ。
    「夜歩いてると悪いことしてるみたい」
    「今日は特別!こういう日がたまにあってもいいんだよ」
    「気を使わせてるのわかってるよ。ごめん起こしちゃって」
    「いいんだよ、遠慮しないで頼ってね」
    マリーは立ち止まり、うつむいたままうずくまった。
    「お母さんが死んじゃった時の夢を見たの、お母さん、お父さんが死んだ病院の屋上から落ちちゃったんだって。私、遠いの家の窓からそれを見てた。二人とも仲良かったもん、きっとお父さんのとこ行ったんだよね」
    マリーは呻くように泣き出した。
    「じゃあ、私はどうすればいいんだろう。お父さんのこともお母さんのことも大好きだよ。二人と同じところ行きたい。でも死にたくないよ」
    「マリー、ガルシアのこと好き?」
    ガルシアとはマリーに一番初めに話しかけた少女だ。
    「うん」
    「アルルやレイナのことは?」
    「すき」
    「今日一緒に居て面白い話した?」
    「今日はアルルが食べるの早くておばちゃんに怒られたの、ガルシアが気にすることないワムズみたいで可愛いじゃんって慰めてたの、でもそれって慰めになってないってレイナが言ってちょっと面白かった」
    「マリー、ここで新しくできた友達の話やこれから起こる楽しい思い出をお父さんお母さんにたくさん話してあげたらすっごく喜ぶと思わない?」
    「私だけずるいってならない?」
    「君の命は君の物だからどうしたいかは君次第だよ。君のお母さんたちもそう考えると思うな」
    「でも、私笑うの下手くそになっちゃった。変な顔で笑ってたらみんな私といて楽しくなくなっちゃうかも」
    「ガルシアもアルルもレイナも君と一緒にいてくれるだろ?」
    「今だけかも」
    「う~ん…君はどうして笑顔を作るのかな?みんなに心配かけたくないから?みんなと一緒にいたいから?」
    「多分どっちも」
    「マリー、いいかい大事なことは自分を分かってもらうことなんだ。自分は笑顔でいたいから笑いたいんだってこと。きっとここの子たちはとっくに分かってるよ」
    アベルは少女を強く抱きしめた
    「皆知ってるさ、君が皆のこと大好きなんだって」
    マリーはアベルに抱き返し、彼の肩を涙で濡らしながら声をあげて泣いた。
    一人の少女が自ら課した罪の意識から救済された瞬間を私はみた。アベルの表情はまるで天使のように慈愛に満ちていた。
    「アベル、私のことみんな分かってるって言ったけど。私はアベルのことなにも知らない」
    ふと彼女はずびずびと鼻を鳴らしながらつぶやいた。
    「僕もマリーやみんなのこと大好きだよ」
    「ちがうの!いつかアベルがの思い出の話をするひとのこと!」
    「え?」
    「あのお墓のひと、そうじゃないの?」
    彼の長いまつ毛に縁どられた眼を大きく見開かれ口は薄くあいた。それは私と彼が出会って以来初めて見せる笑み以外の顔だった。やがて彼は静かな顔であの墓をみた。
    「そうだね、あいつに話したいことがたくさんある」
    「誰のお墓なの?」
    「僕の好きだった人」
    アベルの顔を見るに親愛では足りない、おそらく恋人だったのだろう。彼の瞳には星空が浮かんでいた。まるでこの宇宙で一人取り残されたかのようだった。
    「さぁ、マリーもう寝なきゃ。明日の朝ご飯はおばちゃん特製のおいしいリンゴジャムだから寝坊したら少なくなっちゃうよ」
    マリーは素直にうなずき裏口に向かった。ふと振り返る
    「ありがとうアベル、教えてくれて。その人にいっぱいお話できるようにいっぱい笑おうね」
    まだぎこちない、しかし希望にあふれた笑顔だった。

    マリーがいなくなった後もアベルは静かに墓を見つめて立ち尽くしていた。私は彼の黒髪がどこまでも遠い暗い空に溶け込んでいる気がして、そのまま彼が消えてしまわないかと慌てて声をかけた。
    「アベル」
    「…ケインズ?どうしたの?こんな遅くに」
    「お手洗いに行こうと思ったんだけど、君を見かけたから…いやすまない、あなたとマリーが話しているときから居たんだ。盗み聞きしてしまった」
    「そうだったのか、いいよ。彼女のことはよく見てあげてね。もちろん今まで通りの接し方で問題ないと思う。君は子供たちのことをよく見ているし」
    「あなたは…」
    私は内心、先ほどの話の続きを聞きたくてしょうがなかった。彼の恋人のはなし、アベルとマリーの会話から私がアベルと連想したのはマリーではなく彼女の母親の方だった。愛するものを失い、離れがたく、この世から飛び出してしまった人。
    「あなたの恋人の話、良ければ聞かせてくれないか。僕なんか大した助言もできないけど、辛いことは言語化で整理がつく場合もあるし…」
    勢い任せで放った言葉は後半になるにつれて小さくしぼんでいった。
    アベルは虚を突かれたようにぽかんとして僕の必死さにおかしくなったのか、小さく息を吐くような笑い声をあげて言った。
    「違うよ、恋人じゃない。親友だよ。すっごく昔にここで亡くなったんだ。この教会の出身でさ」
    「だからここで働いてるんだ」
    「まぁ、そうだな。ここに来る前はこの星のいろんなところを回って旅してたんだ。それこそ思い出作りの為かも。ここにはあいつが死んで以来、来てなかったんだけど…」
    「気持ちの整理がついた?」
    「いや、う~ん、それもあるんだけどさ」
    アベルは長いこと悩むしぐさを見せた。
    「多分、俺もうすぐ死ぬんだと思う」
    私は絶句した
    「ど、どうして?」
    「朝、起きて全く体が動かないときがあるんだ。金縛りみたいなもの。ぷら…医者に診てもらってもう長くないって言われてさ。正直言うとここには死にに来た。あいつが残したものをしっかり見届けて隣で死にたいと思ったから」
    アベルからしてみればそれは心からの願いだったのだろう。ここで子供たちに囲まれながら最期を迎える。これ以上の喜びはない。納得の選択だ。しかし、彼があまりにも泣きそうな顔をするので私は胸が苦しく彼を置いて行った親友のことを殴りたくなった。

    「あの、ちょっとすんません」
    「なんだい?」
    「ホンマに長いんですけど、わいは何を聞かされてんの?」
    「や、すまん。年を取ると昔話が長くなってしょうがないな…まぁ、教会のアベルという青年。正体はかつてNLを救った英雄ヴァッシュだったわけなんだが、彼は新たな死地を見つけ政府の眼をかいくぐって君の所へ転がり込んだ。私とマリーは長年彼の幸せな最期の為に力を貸していたんだ」
    「まてまてまて」
    「どうした?」
    いろんな情報が一度に押し寄せパニックになる。
    「…一個ずつ聞いてくわ、政府はなんでヴァッシュを追っとるんですか?」
    「目的は分からないが、ヴァッシュはとにかく彼らにつかまりたくないようだ。かつての英雄を政府の広告塔にするとか実験の為だとか私には嫌な想像しかできないな」
    「マリーも協力しとるんですか?」
    「彼女はノーマンズエレクトリック社の技術開発主任でtypeVの開発者だ。ヴァッシュの捜査かく乱のためtypeVの開発に協力してくれた」
    一人の男を匿うために企業の力を使うとはマリーの行動力に恐れを抱くべきか、そこまで人を動かしてしまうヴァッシュが恐ろしいのか…
    「あと、彼の親友についてだけどね。名前はウルフウッドというらしい」
    ケインズは真剣な眼差しでこちらを見た。
    「君と全くの同姓同名、ヴァッシュの様子を見るにその姿形も似ているんだろう」
    「…じゃあトンガリはワイの隣で死にたい言うんか?…ワイはそのウルフウッドやない、変わらず教会におるんが正しいんとちゃうの?」
    「私はヴァッシュが君を見つけたのは偶然じゃないと思ってるよ」
    自分だってそう思いたい、トンガリが選んでくれたのだと
    「政府の対処は私たちが何とかするよ、どうか彼のそばにいてあげてくれ」

    残りの授業を終え、アパートに帰ってきた。授業中も帰り道も全くと言っていいほど上の空だった。部屋の鍵は開いていた。どくりと心臓が音を立て額に冷たい汗が伝う。ヴァッシュはいなかった机にメモがある。

    NL全体でtypeVの回収作業が始まってお昼ごろに業者さんが来たのでお別れです。僕は廃棄処分になるそうです。いままで楽しかった。ありがとう

    嘘だ。彼はロボットではない。おそらく業者に扮した政府の調査員に接触されることを恐れて…。ここを出てどこへ行くのだろうか。思い浮かぶのは教会だった。本当の親友のもとへ行ったのならそれはそれでいいのかもしれない。そんなことを考えているとチャイムが鳴った。
    「すいません!ここに自立種がいませんでしたか!?」
    ドアを開けて開口一番、訪ねてきた女性は言った。女性はスーツを着ていたがずいぶん走り回ったのかよれよれだった。
    「居ったけど、もうおらん」
    「行先知りませんか!?早く、早く延命治療しないと」
    「延命治療?」
    「私は政府から派遣された調査員で、ヴァッシュさんのことご存知ですよね?彼は寿命がすぐそこまで来ていて、それで最近プラントの延命治療法が確立されたんです!!話をする前に逃げちゃうから彼はそれを知らないんです!」
    「は!?」
    どうやらヴァッシュは指名手配されていた時期が長いため逃げ癖がついているようだった。ヴァッシュが延命という選択肢を持たずに行動しているというならそれは一応伝えるべきなのかもしれない。
    「ねーちゃん、トンガリの行先心当たりあるわ」
    「ほんとですか!?」

    ケインズから聞いた例の教会の場所は意外なことに自分の実家であった。確かに裏庭に誰にも気づかれないような墓が一つあった。怖がりのリヴィオが珍しく平気だと言っていたのを思い出す。
    「あッ!雪!」
    「なんや珍しな」
    「雪は星が潤ってる証拠ですよ!テラフォーミングの甲斐がありましたね~いまだに雪を見ると思います。300年前は草木も生えないような場所ばかりでしたし、これからもっと良くなるでしょうね~」
    そんな話をしながら久しぶりに帰った故郷は何も変わりがないように見えた。といっても自分が一人暮らしを始めて2年もたっていないのだから変わりがないのも当然なのだが。

    裏庭に歩を進める。雪は次第に多くなってきた。墓の前にうずくまる人影はこちらを振り返った。

    降りそそぐ白、教会、鐘の音、赤いコート、こちらを見る男の深く輝く碧

    強烈な既視感にめまいを覚え頭痛に襲われる。やがてそれは収まり、視界は洗い流されたかのように鮮明になった。自分はもうさっきまでの自分ではなくなっていた。
    「トンガリッ!」
    居てもたってもいられなかった。悠久の時間、自分は彼になにもかも一人で背負わせてしまった。目頭が熱い、ボロボロとみっともなく泣いている。トンガリに駆け寄り、記憶よりもずっと、ずっと細くなった体を抱き寄せた。
    「すまん、一人にしてすまんかった!トンガリ!!」
    「え?え?おまえなんでここに居るの!?」
    「おどれに一人で戦わせて悪かった!お願いや逝かんといてくれ、まだオドレと居たいねん」
    「え?お前もしかしてあのウルフウッドなの!?」
    「ワイはお前と旅しとったウルフウッドや、そん墓にワイは居らんねん。延命治療もできる。逝くな、ワイと一緒に生きろ」
    必死だった。黒くなってしまった頭を抱え込んで、とにかく喚いた。トンガリはされるがままあっけにとられていた
    「ふふっ、そっか、きっと神様が僕の願いをかなえてくれたんだね」
    トンガリは空を溶かしたような瞳から大粒の涙を流しながら笑っていた。しゃくりあげて喚きたいのを我慢した下手くそな笑いだった。
    「ねぇ、ぼく笑えてる?」
    「あぁ、ええ顔や」
    心の底からそう思った。
    雪はまだ降りそそいている。未来へ向かう二人を祝うかのように。
    それはきっと星の祝福だった。
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