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    長生きしろよ
    @jakaasea

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    行天についての考察

    行天春彦は幼くして分別の良くつく子供だった。
    神の声を信じる両親のもとに生を受けた彼は、それでもまだ物心がついてしばらくは世の中は平和で正しく、両親は完全で、自分もまた完全に、幸せに生きるものだとそう思っていた。
    最初に違和感を覚えたのは彼が幼稚園にやっと入ったくらいの年だった。大流行した病気に彼もまたかかった。それまでも軽い風邪を引いたりはしたが、大病はしなかった。酷く苦しい思いをしたものの出席停止期間内には回復した。だが元気な子であれば2、3日あれば全快するような病気だった。彼はクラスメイトから病院での注射が怖かったという話を聞いた。どうやら休んでいた子たちはみんなそこへ行ったらしい。
    彼の両親は新興宗教の熱心な信者だった。浄水器の不純物濾過率や食品添加物をいつも気にした。過激なオーガニック愛好が修行、神の声が聞こえることが悟りと定義された世界。外野から見ると小さな世界だが、両親にとっての世界はそこがすべてだった。

    教団の食事は毎度質素で味気ないものだったが、学校では給食が出た。初めて給食を食べた日、幼い行天はその美味しさに心底驚き、体が飢えていることに気がついてしまった。
    そもそも給食を食べることは教団の教えに反していないか?違和感のヒビからハッキリとした矛盾が現れ始める。

    一般水準とされる家庭環境と、特殊な家庭環境の段差。それを分からないまま過ごし、徐々に集団から疎外されていく子供、いじめの標的になる子供、あるときから突然学校に来なくなる子供、いつの間にか机が片付けられてしまう子供。そんな子は沢山いる。
    生まれてから数年の子供には余りにも重い現実だった。
    だが行天はそのうちどれにも当てはまらなかった。早々に世間から見た自分の家の環境が何であるかわかる範囲で理解し、適応した。教団で教わった常識と、一般家庭の子供の常識を自然と使い分けた。教団の常識を学校で漏らす事は無く、教団に戻れば従順に美味しくもない飯を噛んだ。普段は大人しいが一緒に遊ぶと面白いと回りの子供が思う子供だった。友達はちゃんとできた。
    遊びを通して彼が密かに衝撃を受けたのは自分以外の子供の多くは親になにか固いもので叩かれたり、寒い思いや痛い思いをしていないということだった。 

    いつ頃からか教団の手伝いの日やお祈りの日をすっぽかすようになった。その度に両親から酷く痛め付けられた。両親はそれを躾だと叫んだ。彼はそれを躾や折檻だとは思わなかった。暴力だと認識していた。しかしこれはこういう形の躾で、この躾は愛情なのだとも少し思っていた。

    教団の教えを表面上は守って暮らした。教団の行事をすっぽかせば謝ってその度に殴られた。

    「神様の声が聞こえなくなるわよ」母はいつもどうしてくれるんだという金切り声で怒鳴り、ヒステリックに彼を殴り物を投げつけた。最初の頃は両親の豹変ぶりに泣きもしたが、繰り返されるうちにとにかく無になって黙るというのが彼のやり過ごし方になった。そのうち終わる。それか死ぬまで痛め付けれくれれば終わる。昼に友達とこっそり買った駄菓子の飴の後味だけに集中するのだった。

    実際には毎度短絡的に暴力が終わっても、行天が死んで終わるということは無かった。痛くても我慢できないことはなかった。致命傷なんて負わされなかった。

    朝、親が子供を殺すニュースをテレビで見ながら、味が無い飯を噛んだ。両親は怖いねと話をしていた。こうして飯は食えるし殺されたりはしない。逃げ込む先も無しに逃げ出したいとも思えず、救われたいかもうかもよく分からなかった。日々は延々と続いた。死んだ方がマシかもしれないと思ったが、死ななければならない理由も良くわからなかった。

    行天春彦その人は神経質で、反面実におおらかで楽観的だった。それは地の性格であり、生活に育まれた大きすぎる諦念が拍車をかけたものだった。そうして世間から距離を置きすぎたその奥で、彼は自分の本当に守るべきが何なのか、普通がなんなのか結局体感できなかった。剥き出しのまま生きてしまっていた。距離をとらざるを得なかったともいう。
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