鼓動 居残りを終え、学校を出れば外はもう真っ暗だ。流川は自転車を押しながら、桜木とともに冬の夜の家路を辿る。桜木には、先月告白された。密かに好きになっていて、でも桜木はマネージャーが好きで、だから、バスケやってりゃ同じコートに立てるから、それでいいかと思っていたのに、思いがけない事態にびっくりして、てめーマネージャーはいいんか、と聞いてみたら、ハルコさんはそういうんじゃねぇんだよ…とはっきりしない返事を寄越されたが、そういうのじゃないなら、と流川は納得する。そう言えば告白されて頷くのは初めてだったので、いいけど、と、何となくすっとしない答えになってしまったが、流川が言った直後、緊張でこわばっていた桜木の顔がほわほわと綻んだので、こいつも納得できたらしーからこれでよし、と流川は満足した。つき合い始めて、登下校は一緒にしている。朝、お互いに何の用事もなければ待ち合わせしている場所で、帰りは別れた。今日も辿り着いてしまう。どちらともなく、足を止めた。
「…じゃあな」
十二時間もしない内にまた会えると分かっていても、外灯の下で何かをこらえるようにぐっと眉間に力を入れて、顔を赤くしている桜木と離れ難い。
「ん」
向かい合わせに立っている流川が頷けば、この三叉路で桜木は右、流川は左へとそれぞれ一歩踏み出すのだった。その前に、住宅街の壁が影を作っている通路から出る前に、二人は身を寄せ、ぎゅっと相手のからだに腕を回す。最初に恋人と手を繋いでみたい、と言ったのは桜木で、帰り道で繋いだ手を見ながら、もっとてめーとくっつきたいのにどうしたらいいか分からん、と流川が言えば、見える肌は全部赤くして、こういうのはどうだよ、と抱き締められた。くっついた肉体の感触や抱擁の強さ、包み込んでくる体温に、これはいいな、と流川も抱き返す。ぐいぐいと桜木に身を寄せると、衣類越しに、桜木の鼓動を感じた。これはいい、いいんだが、最近は早くない。流川は桜木へ全身を預けて目を閉じた。最初の頃は数えられないぐらい早かったのに、今は桜木の心音を計れた。とく、とく、とく…と十二回まで追いかけたところで、肩をつかまれ、ぐい、と距離を取られる。流川は桜木を見やった。
「そろそろ帰るぞ、お、親御さんが心配するからな!」
はー?流川としても桜木と仲よくやっていきたい所存はある。それと同時に、はー?とも思うのだった。はー?てめー余裕かましやがって、コンニャロウ、最初は手を繋ぐのもぎゅっとするのも、手のひらを汗だくにして、全身カイロか?ってぐらいほかほかに、でも触感は使い終わったそれぐらいガチガチで、心臓だってうるさかったのに、最近ではほとんど汗は掻いてないし、体温は高いがからだはそこまで硬くなくて、ドキドキもそんなにしてねー…何か、つまらん。流川は自分が好きで、緊張しまくりの桜木が見たかった。好きで好きでたまらないのがもっとよく分かるような。
「…そんな顔するなよ、明日も学校あんだから、なっ?」
うるせー、てめーはちっともそんな顔とやらをしやがらねぇで…自身の口元がへの字を描こうとするのに、流川は気づいた。
「イヤダ」
「何?」
「帰りたくねー」
桜木にため息をつかれる。
「しょうがねぇな…後ちょっとだけだぞ」
「三十分」
「長いっつの」
「じゃー、一時間?」
「伸びてんじゃねぇか、五分だ、五分、あーまじ可愛いとこしかねぇ…俺は一体どうすれば…」
ぶつぶつ言う桜木に抱き込まれた。短く区切れてむっとしたものの、少しして流川はにやっと笑う。桜木の鼓動が早くなっていたからだ。
「メロメロになってれば?」
「もうなりまくりだっつーの」