答えは聞かないのれんを仕舞い、閉店作業も終わりになりかけてたとき、裏口の方からノック音が聞こえた。先に帰ったソウヤが忘れ物でも取りに戻ってきたのかと思っていたがドアが開けられる気配はない。おかしいと思ったナホヤは覗き穴から外の様子を窺うとそこにいたのは灰谷蘭だった。
「蘭?」
いつもなら客用の出入口から入ってくるのに今日はどうしたんだと疑問を抱きながらドアを開けるとそこに立っていたのはいつもの彼ではなかった。
「!? おま、そのケガどうした!?」
ナホヤが見たのはいつもの黒い特服がボロボロになるほどに傷だらけの蘭だった。
「はは、ちょっとね、」
「ちょっとってなんだよ!手当てすっから早く中入れ!」
「いや今日は」
「今更遠慮してんじゃねえよ!ほら!」
そう言いながらナホヤは蘭の腕を取ると座敷スペースに座らせ、店の奥に戻ると救急箱をもって蘭の隣に座ると服を脱がせ痛々しい傷跡をに湿布を貼っていく。
「いつもの時間に来ねぇなと思ったらこれかよ。ほんとに今日どうした?いつものお前と竜胆なら負けねぇだろ」
「…その竜胆とやった」
予想外の返しに手が止まる。滅多に兄弟喧嘩しないこの2人がこんなになるまで殴りあったのが信じられないナホヤ。理由を聞きたかったが彼の口から言うまでは何も言わないでおこうと決める。
「そうか」
「喧嘩した理由きかないの」
「言いたくない理由だったら聞かねぇ。もし言ったとしてくっだらねぇ理由だったらぶん殴る」
「……やっぱナホヤさん変わらないね」
「なんだそれ」
湿布を貼り終えると今度は顔についた傷を手当てしていく。
「しっかし随分やりあったな。ここまでするなんて相当だろ」
「言っても引かない?」
「引かねぇよ」
「俺達ね、裏の世界に住むことになった」
「……………」
驚きはしなかった。昔から暴力沙汰を日常茶飯事のように起こし、最終的には人としての一線を超えてしまってた蘭。半年前にチームに入ったと報告してきた時には「いずれ裏社会に行くんだろうな」と心のどこかで思ってさえいた。
けれど、現実になってほしくはなかった。
「それで竜胆が極端に嫌がってさ、「遊びだったんじゃねえのかよ」って殴りかかられた」
「……」
「やっぱ引いた?」
「!」
無言で何も喋らなくなったナホヤが気になり顔を近づける蘭。
「ちっけぇよバカ」
そう言うと無理やり彼の顔を押し返した。
「…そうなるだろうとは思ってた」
「え、」
「だってお前ら、人を平気で、なんならニッコニコで殴り殺したんだろ?13の時からそんな風になってりゃ裏社会に行くことになるだろうよ」
蘭のまぶたに絆創膏を貼って一応全部の手当ては済んだ。
けれどナホヤの口は止まってくれない。これまで見守ってきた蘭とのいい思い出、悪い思い出がとめどなく言葉になって出ていく。過去のことを振り返っても遅いのに。
蘭がそれをどう受け止めたかは分からない。けれど泣きそうな顔で笑っていてくれていたとは思う。
「あとはなー…」
「もういい」
ベラベラと喋るナホヤの口を自分の手で塞ぐ蘭。「もういいから。そんな辛そうな顔で喋らないでよ」
ナホヤとしてはいつもの笑ったような顔でいたつもりだったが、蘭からは辛そうに見えていたらしい。
「俺さ、最後にナホヤさんと喋りたくて店まで来たんだ。また昔みたいに戻れたらと思って。けど顔見たら、無理だった」
蘭は空いてる方の手でナホヤの肩を掴んで引き寄せる。
「俺らが会うのはこれで最後、だから言わせて。
ナホヤさんが好き。
初めてあった日からずっと、好きだよ」
そう言いきると蘭は顔を近づけ、自分の手越しにナホヤに触れるだけのキスをする。
「じゃあね、ナホヤさん」
蘭は手を離すと裏口に向かって走り出していった。
「蘭!」
ナホヤも後を追って裏口から顔を出すが既に蘭の姿はなかった。
「俺の答えも聞かずに言い逃げかよ、タチ悪いわ」
ズルズルとドアの端にうずくまるナホヤ。
「俺だってな、俺だって…俺も……お前が好きだったよ…」
すすり泣く声と徐々に降ってきた雨の音だけが暗い通路に響くのだった。