巻き込まれムーチョくんナホヤはああ見えて時間はきっちり守る男だ。幹部会も他の幹部達より20分早く着いていたり、誰かと合同で仕事をする時も相手の準備の時間を考慮して家に迎えまでしてくれるほどに。
今日はムーチョこと武藤泰宏と取引先の食事会だ。事前にナホヤか"7時に迎えに行く"と連絡はきてたのだが...
「…来ないな」
ムーチョ宅のマンションロビーで待ち合わせをしているのだが予定の19時を超えてもナホヤは来なかった。
「今何時だ」
「はい。今は19時15分です」
部下はそう答える。
ナホヤが今まで10分を超える遅刻など珍しい。遅れそうだったら連絡が来るはずなのにそれも無し。もしかしたらと嫌な考えが頭をよぎる。この世界に最悪なパターンは突然来るのでそれの後始末を考えつつムーチョはナホヤのマンションまで迎えに行くことにした。
――――――――――
部下を1人つけてムーチョはナホヤの住むマンションのインターホンを押す。出たのは少し安心するがどうも様子がおかしい。
「お前具合悪いのか?声が掠れてるぞ」
『え、あ、いや、マイクの調子でも悪いんじゃね、』
「そうか?だったらいいが…今から部屋行くからドア開けてくれ」
『わかった…』
マイクが切れると自動ドアが開く。ナホヤの身の安全を確認できたのは良かったが何か変だった。ムーチョがナホヤの家を訪ねる時は元気そうな声で反応するか、たまに家に来るソウヤが出るかのどちらかだった。だがどうもそんな感じはしない。
「(具合悪そうだったら休ませて先方と代理に報告しとくか)」
ナホヤの家まで来たムーチョ。インターホンを押すとナホヤの声が聞こえてくる...はずだった。
『はい?』
「…ん?」
『もしかしてムーチョ?』
「そうだが…」
『今開けるわ』
「…………」
誰だ今の声は。
明らかにナホヤではないことは確かだ。口調からするに男だろうがインターホンの電子音声ではよく分からなかった。けどどこか聞き覚えがある。しばらくすると扉が開いた。
「やほ〜。ごめんね時間すぎちゃってるみたいで」
「………………」
玄関から出てきたのはなぜか上裸の灰谷蘭だった。
「無理させちゃったからなぁ。けど誘ってきたのはアイツだぜ?」
蘭の姿と発言で色々と察したムーチョだが触れないとしてナホヤの体調を聞くことにする。
「…具合悪そうだったが大丈夫か」
「呼ぶ?」
「いや無理に呼ばなくても、」
「ナホヤー!ムーチョきてるぞー!」
ドガンッ!!!
蘭が後ろを振り返って大声でナホヤを呼ぶと壊しかねん勢いで廊下の横のドアが開いた。
「バッッッッッカじゃねえの!!!!?」
罵倒する声と共に出てきたナホヤはおそらく着替えの最中だろう。ぶかぶかのサイズがあわないシャツに短パン姿だった。サイズの合わないシャツを着ているのには何も言わなかった。
「おま、お前!俺が着替えるまでインターホン鳴っても出るなっつったよな!?」
「画面見たらムーチョだったもーん。別に俺が出ても問題ないでしょ」
「お前は良くても俺が良くないんだよ!」
いつものように言い合いを始める2人。幹部会で顔を合わせるたびに蘭とナホヤはこうなる。周りの幹部達からしたらいつものことなので気にしなかった、だが今回のは状況が違う。
「あー…つまりはそういう関係ってことか?」
「っ、」
羞恥からかナホヤの顔はりんごのように真っ赤に染まる。
あ「俺はバレても気にならないけどナホヤがどうしても嫌がるからさ〜」
「当たり前だわバカ!バレたら周りの目が嫌すぎて幹部会どころか仕事すら行けなくなるわ!」
「誰も気にしないとおもうけどなぁ」
だからナホヤは腰をさすりながら掠れた声を発していて、蘭の肌ツヤがいいわけだ。
「付き合ってるのはいいが情事に俺を巻き込むな」
「!? なっ、」
「食事会を1時間延ばす。今は19時半だからあと15分で支度しろ。それで他言無用にしてやる」
「わ、わかった!」
ナホヤは急いで自室に戻って行った
「あーあ、あんな顔真っ赤にしちゃってかーわい」
「はぁ…下で待ってるつっとけ」
「はーい」
ムーチョは玄関を出るとエレベーターに向かっていく。
「む、武藤さん。今のって、」
「『スマイリーを迎えに来たらたまたま蘭が遊びに来ていた』。そう思っとけ。じゃないとお前が消されるぞ」
「わっ、分かりました 」
エレベーターに乗り込む2人。
「はぁぁぁ…」
ナホヤを呼ぶ時、わざと背中を見せた蘭。そこにはいかつい蜘蛛の刺青と無数の引っかき傷があった。
「面倒なやつに捕まったな、スマイリー」