あの子が欲しい(清書前)(メモに沿って書きたいとこだけ。書ける時に加筆修正しまくっています
前提、故郷で小さい頃から神さまに見初められてたひいろくん
7歳くらいの時に神隠しされかける、
子供でなくなったら連れていくよとのこと
※ひいろくんは神様のこと好きだからあんまり抵抗しない
※兄さんのことも好きだけど、兄さんの為と神様の為という気持ちのどちらもある
故郷の為には神様の言うことを聞くのも正しい的な思考
神隠しを先延ばしにさせたものの、
そのことを燐音は忘れさせられている)
【ESにくっついてきてる、兄さんに似た故郷の神様】
時は流れて、いつ頃かの秋。
成人年齢が昨今引き下げられたとかで、都会の法律によると、一彩は数ヵ月後に大人になるらしい。ひとつ歳を重ねるだけで一体どれほど中身が変わるだろうか…と思わなくは無いけれど。ただしとにかく、自分にとって十八歳は別の意味の方が強かった。
兄さんと神様との約束、賭けの期限がやってくる。
星奏館の自室には、今は一彩が一人。読書をしていた途中、ふと思いついた言葉を、気配のない誰かに投げかける。
「ねえ、あにさま?兄様は昔から、兄さんによく似ていたね、今思うと。貴方は賭け事も好きでしょう」
「こら一彩、逆だ逆。コッチにアッチが似てんの。こっちは曲がりなりにも神様ですけどぉ?」
「ウム。でも、僕からしたら兄さんの方が先に一緒だったんだもの」
「生意気言うようになったなァ!あーあ、これが他なら許さない…けど、最初のあにさまの言い方が可愛かったから許してやろうな〜!」
一人だったはずの一彩の背に、いつの間にか伸し掛る人影。
普段の十割増しに弟べったりで、ついでに少しばかり老成したような声色の天城燐音…のように見える。
けれど実態は人間ですらなくて、彼は故郷に古くから伝わる、天城の一族に祀られた正真正銘の神様。
気づいた時にはもう、一彩はこの神様を知っていた。大人がいる時には現れないけれど(曰く面倒くさいから)、一人の時か、あるいは兄さんといる時にはよく姿を見せていた。天城の直系の子は、代々みな、差異はあれども俺の可愛い子。そんな風に呼ばれたこともある。だが直系の子というそれ以上に、神様は特に一彩のことを愛していた。
それこそ、一彩が物心つく前から神隠しを計画して、今もその準備の真っ最中なくらいにはべったり。
……ちなみに、一彩は自分が隠される予定でいることをきちんと知っている。自分が七歳の時からずっと。
【過去、天城燐音が賭けをした話。神隠し寸前危機一髪】
――天城一彩。今日で七歳になる、小さくて可愛い俺の弟。その一彩は今、所謂神隠しに遭おうとしている。絶対許さん。
燐音は慌てて、慣れ親しんだはずの神様、もとい、今となっては真夜中の誘拐犯から弟を引っ張った。この時間なら眠そうにしているはずの一彩はというと、流石に目が覚めたのか、きょとんとしながら兄と神とを見比べている。かわいい。
元々神出鬼没な神様だったけれども(厳密には一彩の前にばかり現れていた様子だったけど)。
月の昇りきった先程に突然現れて、「こんばんはァ。弟くん大人になる前に連れてくから、最後のお別れの時間だぞ」と宣った。誰かを抱えているのを下ろされ、目の前に現れたのはやっぱり一彩。
呆気にとられる俺を他所に、ばいばいしないならもう行くぞ〜と弟の手を取ろうとする神様が背を向ける。
その目線の先に揺らめく、明らかに人の身で触れてはならない景色。そこへ弟を連れようとしている神様――だめだ、連れていかせない。弟を守らねば。
「離せ!!」
眉を跳ね上げた神様から、しかし割とあっさり弟は引き離すことが出来た。
「ああ、バイバイの抱っこか?いいぞ、最後だからな」
「さっ……最後じゃない!!一彩は連れていかせない!!」
弟の前にしょっちゅう現れていた、この神様がとても憎い。
今すぐにでも滅びて欲しい。守っていただけならまだしも、己から、この可愛い弟を取り上げようとするなんて。
弟を隠すように抱きしめながら、生まれてこの方ないくらいに燐音は唸る。
「一彩は俺の弟だ」
「一彩は俺の愛し子だが」
「お前、神様だろう。長生きの忍耐とかで、俺たちが自然に死ぬまで待てよ!早死にとかするような邪魔もせず、ついでに俺たちが寿命迎えて自然に終わるようちゃんと守りながら!」
「仮にも神相手にやたら強欲だな…そこまで待つ義理はないが、仕方ない。賭けをしてやる」
神様として天城の子を愛している以上、お前も天城だから。多少の融通はしてやろうと言う。
弟を連れていかれたくない燐音と、連れていきたい神様。
「まずお前は今日のこと、これまでの俺のことを忘れる。一彩は…記憶はそのまま。代わりに一切、何人へも他言はできぬようになる。そして一彩が十八になるその日、俺は一彩を連れていく」
「だめだって!」
「だぁから最後まで聞けって、賭けの内容」
その頃には、世界は一彩のことを忘れはじめる。
それから…一彩も、兄のことを忘れる。
そして世界が忘れる代わりに、燐音はこのことを思い出せる。
これが前提。
「一彩が俺と消える前に、一彩が兄、天城燐音を覚えていたなら。隠すのは一旦やめてやる」
「え…一彩はその時、俺を忘れてるのに?俺も、思い出せていないかもしれないのに?」
「そう。だから、正確には一彩が天城燐音を思い出せたら、お前の勝ち」
負ければ一彩は神様のもの。
これ以上は譲歩しない。呑めないのなら、今すぐに連れていく。
【過去、賭けをした次の日から】
結論から言うと、あの夜、賭けの約束は成された。
神様はそれ以上は譲る気も無かったし、頷かなければ一彩は今日、此処にはもう戻れなかっただろう。
翌日の燐音は何も覚えていなかった。朝起きてすぐ、心当たりのない焦燥に駆られて弟を探しはしたが、それきり何故だったのかは思い出せなかった。
一彩の方は全部綺麗に覚えていて、神様もいつも通り一緒にいる。燐音にどことなく似た姿の神様と。
「かみさま、どうしてぼくがじゅうはちになるときなの」
「アー。ま、未来を少し覗いたんだよなァ…都会ではな、少し未来、十八歳で大人扱いになるんだと。だからそれまでは一彩のこと、子ども扱いして待ってやるってコト」
――燐音がここを飛び出し、十六歳の一彩が追う未来の光景。二人共に都会の景色を見るなら、都会のルールで少し甘やかしてやろう、とのこと。再会した更にその先の未来がどうなるかはまだ定まっていないようだったし。
二人が再会して一年、或いは二年の頃合であれば、人の子にも調度良い期限だろう。今から十一年のうち、半分以上は燐音が不在にもなるし、その間も一彩と神様は一緒にいるのだ。神様は割と本気で一彩を手元に置くつもりだから、小狡いこともいくらでもやる。
その後、ほどなくして燐音は一彩を置いてこの地を去った。
「神様、兄さんは…どうして出ていってしまったのだろうね」
「さあ、それはいつかわかること。…さて!ひとまずこの先は俺を、あにさま、と呼ぶように」
「どうして」
「兄のいない空白に、お前が無意識に苛まれるから。或いは何も無くとも呼びなさい。俺はいつでもそばに居る」
「…はい、あにさま」
人の子達が右往左往としながら、当代が倒れるまでの四年の間も、神様は変わらずに一彩と居る。悪辣で意地悪な側面も当然ある訳で、所謂漬け込むような真似もたくさんしながら、無垢で可愛い、大好きな人の子を守りながら、ずっと。
【一年、もとい、二年くらい前から今】
兄を追ってこの都会に出てきた時、「ウワ〜久々に来たけどもっと数増えてんな。人間ヤバ」等と軽口を叩きながら、いつものように神様が背から抱き着いてきたのには流石に少し驚いたものだ。
「え、あ、あ、兄様?なんで?貴方は故郷の守り神なのに、こんな所に居ては…」
「今、俺っち土地じゃなくて一彩の神様なンだけど。気づいてなかったのお前?」
「そんな。じゃあ故郷は今」
「大丈夫大丈夫、上手くやってる。問題ないっしょ」
「ええと、わかった。兄様がそう言うなら、そうなんだろうね。ところで兄様、その軽薄な口調は一体…?」
「ア〜、アレ。現代の都会仕様?」
この神様のことを、一彩は「あにさま」と呼んでいる。そう呼ぶように言われているし、それがすっかり馴染んでいるので。
元は天城の先祖にあたる存在だとか、土地神の側面があるだとか伝わっていたはずだが、天城の血に纏わるものを守る、という側面の方が今は強いらしい。どう考えても一彩への執着である。本当に自由な神様だ。
そうして神様連れでやってきたこの都会で、もう二年が経つ。昔から一彩がひとりになるとふわりと背から抱きこんでくることが多いこの神様は、現在の成長した燐音とよくよく似た顔立ち。というか、今更ながらほぼそれと同じであった。
「なんというか、僕のことを愛しているから、あえてその姿なのではないの?愛する者の姿を取る、人ならざる者の話なんかはよく聞くようになったのだけれど」
「まあ、多少なり影響はあるわな。でも天城の血はそもそも遡れば俺に辿り着くし、お前たちが俺に似通っているのも事実だっての」
そうか、とそこまでを納得して読書に戻る。都会で軽薄な言動を取るようになった所も、どことなく兄を彷彿とさせる。
だが余り、神様としての来歴について深堀りはしない。
何せこの神様は、一彩が己を知ろうとしていることが嬉しくなるらしく、兄とのかつての約束を反故にしてすぐ連れていきたそうにするのだ。
約束の賭けの相手の兄さんは今、すっかりそれを覚えてはいないけど。
「そういえば、昨日、夢を見たよ。もしかしてそろそろ始まるのかな」
「ああ、そうそう。で、実際に隣に居てやっただろう?あんな感じで現実でも障りはないから、最後まで好きなことをするといい。可愛い一彩、お前の人としての生を謳歌する姿もとても愛らしいから」
夢を見た。ちょっとずつ皆が僕を忘れる夢。
賭けの刻限が訪れた夢だ。
皆が僕がいたことをちょっとずつ忘れている。
僕がいた痕跡に首をかしげ、「さてこれは誰のものだろう」と呟く。僕のいた場所が少しづつ狭くなって、三人の部屋は二人部屋に、四人の集いは三人の集いに。
二人並んだ場所には一人のみが立ち、僕だけの姿は誰もいない空席に。
ヒイロ、という音は何処にも聞こえなくなっていって、少しづつ一方的なさよならを告げて回った。振り返って誰かの背を見ようとしたけれど、誰なのか僕にもわからなくて。
…なんだか寂しいなと思ったけれど、隣に(恐らく今じゃれついてきている本物の)兄様が居て、その手を握れば寂しくなくなった。それで、何処かに向かうのだろう。
もう秋も終わりかけ。年を越してすぐ、一彩は十八歳になる。刻限はもうすぐそこに見えている。
皆から忘れられ、神隠しされる予定であるというのに、一彩に悲哀の色は無い。何せこれは自分が七歳の時からわかっていることだ――ついでに言うなら、神様に(そうとは知らずに)こっそり、しっかり、丹念に、暗示じみたやり方で、忌避感の無いよう心を馴らされているので。
この神様は悪辣だから、この数年でそんなことを仕込んできた。恐らく燐音が知れば怒り狂いそうなところだが、今それを知るのは神様本人のみだ。一彩は気づいていないし、燐音は神様との賭けを覚えてもいないから。
「なあ一彩、出かけよう」
「………僕が、さっき兄さんに誘いを断られたから?」
「俺様はそーゆーとこちゃんと漬け込むからなァ!予行練習だと思って、ほら」
予行練習とは、夢で最後に歩いたことを言っているのか。兄様はからからと笑う。急かす声に従って、一彩は着替えるために立ち上がった。
【現代の秋、忘れられる例/ご飯忘れられるひいろくん】
「はい、注文お待たせしましたー!」
「わァい、美味しそ〜う!こはくっち、二人でちょっとシェアしない?!」
「せやね、わしもラブはんのちっと気になってたさかい、分けっこしよか」
「ハアア、仲の良いことで。あの、俺っちのこと忘れてんのか?隣でイチャつくの止めてくんね〜…?」
こと、こと、こと。
三人分の注文が置かれ、いただきま〜すと声があがる。
全員揃ったなら、冷める前にと…思って、待ったがかかった。
四人だ。四人でここにきたのだから、人数分には足りない気がする…あ、一彩の分。
咄嗟に向かいの弟を見て妙な胸騒ぎを感じる燐音。
――どこか得心のいったように、少し困ったような顔をしながら、笑っていたから。そして、音もなく立ち上がって、恐らく、消えようと。
「――おい待て一彩。おらニキ、弟くんのきてねーけど」
「へ?弟くん?ってどゆ…って、あぁー?!弟さん?!え、あ、ぼくなんで忘れて…ごめん!すぐに作ってくるから!」
「ふふ、大丈夫だよ。椎名さんのせいではないから、気にしないで」
「いやニキのせいだろうが。いいか弟くん、こういう時はちゃんとニキをシメないと」
「うん、今回は本当に僕のせいッスよぉ…うぅっ、こんな空いてる時間のオーダーミスなんてしたことないのに、突然頭から弟さんのこと抜けちゃって…」
急ぎで厨房に戻るニキにヤジを飛ばし、ちらと弟くんを見た。
……しょぼつくこともなく笑っていて、こはくと藍良の方が逆に慰められている。
「う、あ、ごめんヒロくん…!燐音先輩が言うまで気づかなかった…え、やばい、本当にごめん!」
「わしも…はあ、疲れとるんやろか…?ごめんなぁ、ほんまに」
「皆のせいでは本当にないんだよ。ええと、本当に疲れていると思うし。ね、だから、気にしないでくれ」
ほら、と二人へ先に食べるよう促し、座り直した弟くんと目があった。
「お前もさ、なんで帰ろうとするよ。忘れてんぞーって言え」
「ええと…ごめんね。皆疲れてるかなと思って…その、ありがとう兄さん」
「いやいいけどよ…ったく、こんな皆して一気に弟くん忘れるとか、何?祟られてんのか?」
その瞬間、本当に一瞬だけ。
「――祟りではなくて、これは、××との××だから」
視界に赤が過ぎった。何事か呟いた弟の背後に何かを幻視すると共に、言い様のない焦りが、気づかないくらい一瞬だけ胸を焼いた。
何かが、欠けている。大事な何かが。
気づけば他の二人は何事も無かったように、また二人で話していて。さっきの今で、ちょっと気まずいくらいに。
弟は静かにそれを見ながら、薄く笑っていた。
【忘れられる例/蓮巳先輩が混乱する】
寮から出かける時、「誰だ。ここは部外者立ち入り禁止だ。見慣れない顔、に…うん?」といったように引き止められ、一拍置いて謝罪される。
「すまない、どうかしていた。今、何故か思い出せずに」
「大丈夫だよ。気にしないで」
※いよいよの時(一月二日くらい)は屋外で似たような場面になる。
もう門から敷地を出ようというタイミングで、その時は神様が隣にいるから、
「誰だ…うん、天城先輩?彼は身内か?」
「ああうん、そォ。身内〜」
「部外者を立ち入らせるな、まったく。度し難い」
「わり〜って、もうしない。次は無いっしょ」
「…うん、確かに次は無いね。あの、お世話になりました」
「?ああ…?」
って具合になる。このあと、一彩を探し回る燐音にむかって「先程のことだが、」とか言って手掛かりをくれることに。
【忘れられる例/一月三日の朝、忘れたくないって泣くALKALOID達】
分からない、もう誰なのかわからないけど、忘れたくない!忘れちゃダメなのに!
って名前も顔も思い出せなくて、けど、燐音の関係者だった気はしてる。
たぶん三人にお別れの挨拶をしにきて、けど誰だかわからなくなってしまっていて、「さよなら、ありがとう」と神様とどこかに行ってしまった一彩くん。
居なくなってから喪失感だけ思い出してしまって、めちゃくちゃ泣く藍良くんとぼろっと泣きながら怯えてるマヨさん、焦燥極まれりといった様子の巽先輩が、旧館の入口付近で固まっている。三人を見つけて話を聞いた燐音に、
「ねえ燐音先輩、きっと、きっと燐音先輩ならわかるんだよね?お願い、ねえ、おれたち、会いたいはずなんだよ」
お願い、と言いながら眠り込んだ藍良と、苦しそうな顔でそれに続くマヨイ。「どうか、迷われませんよう。恐らくこれは、取り零せば、一度きり、ですから…」と、追うように崩れてしまった巽。
刻限の日だから、割と強制的に忘れさせ始めている神様。三人はたぶんすぐ起きるし、起きたらもう覚えてない。
【覚えている瞬間にお別れをしてた一彩くん】
「ねえ、兄さん。僕は、天城一彩は…貴方の弟でいられて、良かった」
ES所属から二度目となるSSの終わり。
興奮冷めやらぬ会場で。泣きそうな顔の弟が、勢い任せにとばかりに兄の体を抱きしめる。愛してるよと呟いた声と体と、どちらも震えていたあの時。声を返す前に、するりと走って消えてしまったあの瞬間に掴めなかった腕を、燐音は今、青ざめる程に後悔している。
「一彩は、どこだ」
年始の特番も多くばたつきながら、けれどそこから弟の名前がなくなっていっていることに焦る。誰も天城一彩のことを話さない。天城燐音に弟がいた事を知らない。
明朝すぐ、皆が一彩を完全に忘れはじめてしまって、代わりに己の記憶が戻り始めた。二日酔いもかくやというほどの頭痛と共に、雪崩込むように幼い記憶が浮かんでくる。
燐音が思い出す故郷の記憶。
神様が本当にいること。昔は神様が見えたこと。
一彩がやたらに可愛がられていたこと。
七つの時、一彩が連れていかれそうになったこと。
そこで、賭けをしたこと――大人になる一彩が、連れていかれないための。
思い返せば、もう秋の頃には天城一彩の存在が希薄になっていた。あれはこの賭けのせいで、皆が少しずつ忘れ始めていたから。
そして年末になるにつれ、弟が自分を探すことが少なくなった。声をかければ、首を傾げてあにさま、と口走ってから、はっと申し訳なさそうな顔をしたこともある。
あれもきっと、燐音のことを。自分に兄がいた事を、忘れ始めていたから。
アニサマというのは、兄様か。カミサマ、という音にでもかけたのか知らないが。
そういえば、覚えのない、自分と歩いている弟の話も時々耳にしたから、あれは全て神様と出歩いていたのだろう。ああ腹立たしい。余程燐音と似ている姿のようで。神は弟の中の己に成り代わろうとでも言うのか。
止めなければ。賭けはまだ終わってない。四日になる前に、どうにかしなければ。
弟の居場所は誰にも分からない。けれども、「燐音くん、誰かといなかった?」だの、「さっきまで誰かとあそこにいたのに、もう撮影終わったの?」だの。
自分では無い、天城燐音に似た誰かと、間違いなく自分の弟であろう人物が歩いていた、という目撃情報が代わりに耳に入るようになり、それを頼りに追うしかなかった。
一彩の誕生日プレゼントに、と、柄にもなく、揃いの物を用意していた。その包みが今はとてつもなく忌々しい。
誕生日が来たら、もう終わり。祝いの日など来なくて良いのに。
最悪な元旦の夜が明け、あと二日。
【三日の夜、あと数時間】
「ひいろ」
「…あれ、あにさま?早いね、もう行くの?」
振り向いた一彩は、俺に向かって兄様と呼びかける。首を傾げる動作が少しだけ幼げに見えた。
近寄ろうとした俺を少し訝しげに見つめながら、何事かを考えている。
「…あ、わかった!貴方は兄様じゃなくて、たぶん、僕の兄にあたる人…だね?」
にこりと笑った弟の言葉に息が止まる。
覚悟はしていたはずだったが、いざ直面するともう泣きそうだ。
「覚えてないん、だもんな」
「うん、ごめんね。でも、兄様が賭けをしたことは覚えているし、僕が兄を忘れる決まりなことも覚えている。兄様も『似た姿の人間を見たら兄だと思ってやれ』、と言っていたしね。ハンデくらいは〜とかなんとか」
「ハンデ、ね…」
警戒はされないものの、まるで知らぬ者を見る目に変わりは無い。今すぐに駆け寄って連れて帰りたいが、それで解決しないことも承知の上。
燐音は今、絶対に負けられないし、負けてはならない。それでいて最悪なまでに分の悪い、そんな賭けに勝つ為にここへ来た。
勝算はない。けれど、勝たねば終わりなのだから。
己の弟を、神になんてくれてやるものか、と。
「あーらら。よく見つけたなァ燐音、忙しかっただろうに。正直このまま終わりかと」
「は…俺っちのいる場所の近くばっか歩き回っておいて、よく言ったもんだな」
「これもハンデってやつだよ。お前も天城だから多少融通してやるって、あの時言っただろ?」
息を整えて、もう一度正面を見る。
「マ、正直、融通してやるだけで負けてやる気は一寸だってねンだけどな。ほら一彩、兄様に手ェ貸して〜」
「兄様?はふ、ふふ、擽ったいよ。そんなことをしている場合じゃないんでしょう?この方とお話しなくて良いの?」
「……………クッッッソ最悪」
――うちの故郷の神、邪神の間違いじゃねえの。こいつとんだ悪趣味過ぎる!
可愛い弟が、他人のような素振りを見せる姿なんて。
ましてや、よく似た他の存在を、兄を示す呼称で呼び慕いながら、本来なら己に向かっていたはずの可愛らしい表情でじゃれる姿なんて。
とてもじゃないが受け入れがたくて吐きそうだった。
一彩の手を握る腐れ邪神。こちらを一瞥した瞬間の視線が勝ち誇ったように見えて腹立たしい。シンプルに嫌がらせのつもりなのだろう。
この件が片付き次第、マジでこいつとこいつの本尊絶対滅ぼそう。俺っちの代で邪神信仰は終わりにしてやる。
最終的に取り戻してよし、一旦失敗してよし。来世で完成させたい