トリジェとポッキーあぁ、今年もまたくだらない日が来たのか。
儀式場に転送され、焚き火場では手ぶらだった手のひらの中に四角い箱を握らされているのに気がついてため息を吐いた。
エンティティのお戯れだ。
箱には「支給された菓子を殺人鬼と同時に食べる」と指示が貼り付けてあった。あぁ、どうしてこの時空を作っている邪神はこうもお祭り事が好きなんだろう。当たりを見渡すと手ぶらの仲間たちが同情の眼差しを俺に寄越していて、今回のお遊びの標的が俺だけだと知って蹲りたくなった。
丁度よくドクンドクンと心臓が高鳴りだし、殺人鬼が近づいてきているを感じる。俺はもう一度溜め息を吐いて、わざと音を立ててロッカーの中に飛び込んだ。
「見つけた」
バンッと勢いよく扉が開いて、楽しげに歪んでギラつく黄金色の瞳が、逆光の中俺を見下ろした。よりにもよってトリックスターか、頼みづらいな。ゲラゲラと笑いながら俺を嘲る様子が容易に想像出来てげんなりする。けれどもわざと見つかった以上ここで諦めては仲間に迷惑がかかるだけだ。俺は意を決して、トリックスターの眼前に菓子の箱を突きつけた。
「何これ」
「…これを読めよ」
「支給された菓子を殺人鬼と……」
トリックスターが貼り付けられた指示を読み上げるのを聞いていると、これからこいつとそれをするのを想像してしまって耳が熱くなった。笑い飛ばされてこのまま吊られた方がマシな気がする。
「あぁ、ポッキーゲームね。いいよ」
「……は?」
予想外の反応に、思わず固まった。パッと箱を取られ、手際良く開封する様子をぽかんと眺める。
「エンティティの指示なんでしょ?しないの?」
箱から取りだした一本を目の前に差し出され、想像に反してトントン拍子に進む展開に呑まれるように、突き出された菓子の先端を咥えた。トリックスターが困ったように肩を竦めて笑うので、目だけで「何だよ」と睨むと、髪をぐしゃぐしゃと撫で回された。
絶対にこいつの方が年下なのに。何だか子供扱いされているようで腹立たしい。文句を言ってやろうかと顔を上げると、トリックスターの整った顔が至近距離にあって、何故だかどきりとした。
暗がりに浮かぶ満月のような瞳に吸い込まれる感覚。目を逸らせないまま固まっていると、奴が俺の顔横に両手をついた。ゆっくりと、顔を寄せられる。ドクンドクンと心臓がうるさい。
コツンと、ロッカーの背に肘をつく音がして、ブーツが底板に乗り上げてきてギジリと軋んだ。奴の体に閉じ込められる感覚に肌が粟立つ。
パキッ
トリックスターが、俺が咥える菓子の反対側を一口齧った。その振動が口の中まで伝わってチョコレートがじゅわりと溶けた。鼓動が加速する。
「ん?」
目だけで促されて、俺も口の中のものを齧る。そうすると、今度はトリックスターが齧る。「ん?」と促される。齧る度に発せられるその声が酷く甘ったるくて、卑猥な行為をしているような錯覚に頭がクラクラした。
トリックスターが、もう一口齧ったらきっと唇が触れてしまう、その距離でじっと俺を見詰めてきて、逃げ場のない俺はぎゅっと目を閉じた。自分の首元から立ち上る熱気と、濃い香水の香りと、ドクドクとやかましい鼓動で頭がおかしくなりそうだった。
パキッ
唇には何も触れず菓子が折れる感触だけで、至近距離にあった顔がふっと離れていく気配がした。ほっとして目を開けようとすると耳元で声がした。
「続きは、また今度ね」
低くて甘い声に背筋がビリッと痺れた。ばちっと目を開けると、ロッカーから身を引いたトリックスターが満足気に笑っていた。
「したかったらまた呼んでよ」
また、呼んでよ。その言葉に、熱い顔がさらに熱を持つ。こんなやらしい食べ方をしなくても良かったのに、こいつがそうしたのに、まるで俺がそれを望んで逢瀬の合図をしたみたいに思えてしまったんだ。
「だ、誰が…!」
「あはは!じゃあね〜」
上機嫌にバットを担いで去っていくトリックスターを、睨むことしか出来なかった。姿が見えなくなってもうるさいままの鼓動と固まったままの体で立ち尽くしていた。
本当にロッカーの合図をする日が来るのは、まだずっと先の話