誰にも言わないで〜鈴の音篇恋する事に躊躇していた夢主は七海と出会い再び誰かに恋をする素晴らしさを知った。しかし夢主がその恋心を誰かに打ち明ける事は決してなかった。辺鄙な場所で育ってしまった夢主はあるトラウマを抱えていた。この恋を誰にも知られたくないと隠している夢主の背後に優しくて頼りになる先輩、そう信じていたがそこには張り付けたような笑みを浮かべる夏油傑が立って居た。
宜しければリプ欄に作品へのアンケートがありますのでご協力願います。マシュマロからも募集しますのでお気軽にどうぞ。
【誰にも言わないで】〜鈴の音篇
[久しぶり〜。今度東京行くかも!遊ぼ♡]
[やっほ〜。□□が連絡取れないってごねてる〜。忙しいかんじ?]
[元気?時間あったら電話したいかも。]
[◆◆が話したいらしいよ♡♡何の話かな〜♡♡]
受信ボックスに入ったメールを一通り確認すると華麗にスルーした。 別に喧嘩をした訳でもないから削除はしない。ただしこの送り主たちとは今後一切関わるつもりはないのだ。
送り主は地元の友人たちからだ。私の実家は田舎も田舎で知らない生徒なんていないような小規模で自然豊かな場所だった。何なら兄弟に両親までしっかり把握しているような近さだ。幼稚園からの長い付き合いの子たちばかりで小学校までは田舎者でありながらもそれが心地良くて男女仲良く過ごしていた。
出会いがないからなのか、あまりにも長い時間を過ごしたからこそ必然だったのか、私は小さな頃から一緒に居た幼馴染の男の子が好きだった。いつも隣に居て笑わせてくれる運動も勉強も出来るリーダー格の男の子だった。初恋だ。私は彼と一番仲が良くて、小さい頃泣いたり困っていると必ず助けてくれたし親同士も仲が良くて一緒にいる事が当然だった。都会の小学生の恋愛事情は知らないが友達として当たり前に仲良くしている事に満足していた私は告白だとか付き合いたいなどそんなませた考えは一切持っていなかった。
関係性が変わってしまったのは中学に入学してからだ。
__________
「○○、手空いた?お昼行こう!」
『ごめん!お腹空いたね〜行こう!』
思い出に浸っていると灰原に声をかけられた。何とも言えない表情で携帯を眺めていたから気を遣われただろうか。いつも通りの笑みを溢しながら席を立つと二人で食堂へ向かった。
『七海、帰り遅いかな〜?』
「今日の任務遠出って言ってたからね。」
『なら会えるのは夕方か〜。』
もう一人のクラスメイトの七海は任務中。
お昼を食べ終え二人呑気に廊下を歩いていると
『あ、先輩たちだ。』
「本当だ。」
窓の外を眺めると硝子先輩に五条先輩、夏油先輩の三人が歩いていた。
「あれは夜蛾先生に絞られた後だね。」
『五条先輩が原因に一票。』
「あはは絶対そうだね。一番顔顰めてる。」
『硝子先輩はいつも通り、夏油先輩も相変わらず涼しい顔してる。あ、先輩気付いた。』
夏油先輩はこちらに気付くと大人っぽい仕草で微笑むと手を振って来た。二人してニコニコしながら手を振り返すと
「夏油さんって良いよね!」
『出た出た。』
灰原は夏油先輩を尊敬している。確かに見た目の威圧感からは想像が付かないほど物腰が柔らかくて女の子に対しても紳士的だ。申し分ないほど実力もあるし、あと呪術師として珍しいほど正義感や清潔感に溢れている人。任務や手合わせだと容赦しないから後輩たちの面倒見も良い。正直あの五条先輩の親友ポジションと聞くと色々疑いたくなるし硝子先輩からはクズ呼ばわりされてはいるけど私が夏油先輩と直接関わった限りでは灰原の尊敬の念も十分理解は出来た。
「え?女の子って夏油さんみたいな人絶対好きだよね?実際モテるし!」
『絶対好きになるだろうね。』
「あれ?人ごと過ぎない?まさか!五条さん派?」
『ま〜。一見五条先輩に目を奪われるんだろうけど』
「けど?」
『中身の、問題がね...』
「あははは。確かに衝撃が凄い。」
まさに視界に入る光景は五条先輩が赤ちゃんみたいに何か我儘を言っているように見えて二人して笑った。
『それでも強いし?最強だし?顔は好きって人はいるんじゃない?面倒見が良くないと駄目だけど』
「やっぱり人ごと!」
『そりゃ〜私の好きな人じゃないし。』
「え!なら別にいるの?」
『居ません。』
「なんだ〜」
『どうしたの急に?』
教室に辿り着き椅子に座りながら灰原を見上げた。
「だって折角こんな風に仲良くなったんだから気になるでしょ?」
人が良すぎる笑顔で隣に座る灰原に苦笑いを浮かべて
『ここ高専だよ?出会いがない以前に私たち呪術師だよ?そんな青春みたいな』
「青春しようよ!」
私のマイナスな言葉を遮るように身を乗り出す灰原の瞳はキラキラしていた。
『私は灰原と七海と同じ学年で高専に入れて嬉しいし楽しいよ?』
「うわ!デレた!!七海に報告しなきゃ!」
『何その言い方?だって青春って恋愛が全てじゃないでしょ?五条先輩たちだって楽しそうだよ。』
「そりゃそうだけどさ〜でも好きな人が出来るって素晴らしい事だし、僕は全力で応援するよ!」
『ふふ、分かった。なら好きな人が出来たら一番に相談する。』
「任せろ!」
彼もまた呪術師らしからぬ真っ直ぐな心を持った人だと笑みを浮かべた。高専に入るまでは不安でいっぱいだったけどこうして灰原や七海と出会えた事は本当に幸運な事だと思っているし灰原の迷いのない言葉も姿勢もきっと嘘ではないと分かっている。彼は本気で友達を思ってくれているしきっと相談すれば全力で支えてくれんだろう。...それでもごめんね、灰原。私はあなたに嘘をつきました。
私は自分の恋路をもう誰かに話したりしないんだ。
_____
夕方、灰原と下校していると休憩室にいる先輩たちにつかまった。灰原と同じように先輩たちも出会った時こそ苦手な一面もあったがこうして学校生活を過ごしている内に冗談を言い合える仲になっていた。
五条先輩は口が悪いけど手合わせの助言は的確だしたまにツンデレを発揮する。出会った頃、弱腰だった私も今では五条先輩のいわゆる"ウザい絡み"に対するスルースキルは完璧だ。これは七海から習得した。
硝子先輩はクールだけど数少ない女子生徒の私には甘くてたまに一緒にお出掛けしてくれる。私が新しい洋服や小物を買うと優しい笑みを浮かべながら話を聞いてくれている。五条先輩に揶揄われたら一番に助けてくれるお姉さん的な存在だ。
灰原が尊敬する夏油先輩は確かに「あ、惚れそう。」と言いたくなるほど優しくて気が利く。だけどそれも慣れて来るとお兄ちゃんのように思えて来て授業や任務で困っている時に気を遣わずに話せるようになっていた。
そう言えば夏油先輩からも好きな人は出来た?と全く下心も嫌味もなく穏やかな表情で尋ねられた。もしかしたら灰原は先輩のそう言う所も真似ているのかもしれない。返事はもちろん灰原の時と同じように『いないでーす。でも出来たら先輩が一番頼りになると思うのでよろしくお願いします!』「はは、上手いね。そうだね、その時は可愛い後輩の為なら私も頑張るよ。」百点満点の答えなんだろう。きっと夏油先輩も先輩で女性に対して根から優しく接する事に慣れてしまっているから私のような田舎娘はそれこそ年の離れた小さな妹程度の存在に違いない。
_____
『あ!七海帰って来た。』
「お疲れ様〜!」
「・・・」
先輩たちと騒いでいると荷物を抱えた七海が現れた。五条先輩たちがいると分かると途端に顔を顰めた。七海は真面目だから特に五条先輩にいじられるのだ。苦笑いしながら手招きすると素直にこちらに来た。七海もまた普段から不機嫌な表情を浮かべているが中身は真面目でそして何よりもとても優しい人だ。
「なーなみー何だよ〜大荷物じゃん。」
五条先輩が早速肩を組むと七海は大きくため息をつきながら荷物をテーブルの上に置いた。
『なになに?』
「皆さんにお土産です。」
ほらね。嫌そうにするくせにみんなにしっかりお土産を買って来ているのだ。さすが七海と騒ぐみんなを横目に私が七海を眺めて微笑んでいると
「これは○○に、」
『え?』
小さな袋を渡されて首を傾げた
「は?○○だけ別にあんのかよずりー!」
五条先輩はブーイングをして
「おや?やるね、七海。」
夏油先輩は七海を褒めていた。
『開けていい?』
黙って頷く七海。中には更に封筒のようなものが入っていた。(これはストラップ?)と袋から掌に中身を転がすと
チリンチリンチリン
『・・・可愛い。』
綺麗な音を立て掌に転がったのは花柄の鈴のストラップだった。しかし何故私だけ?そして鈴?
「それ、財布に」
『え!?お財布に?』
「○○はよく財布を無くすから。お陰で灰原と私は過去何度か一緒に探す羽目になった。」
『・・・』
唖然とする私の背後で五条先輩は「お前財布無くすとかサザエさんかよ。んでななみは母ちゃんか!」とゲラゲラ笑っていた。それでも灰原や夏油先輩、硝子先輩は優しい表情で私たちを見守っていた。
『ありがとう、大切にする。』
瞬きを繰り返しながら掌の愛らしい鈴を見つめて心の底から喜び、そして微笑んだ。
「財布を大切にしろ。」
七海の的確な返しにみんなが一斉に笑い出したけど私だけはずっとその鈴に感動していた。ごめんなさい灰原、私はあなにもう一つ嘘をついています。
私、七海が好きなの。
_____
チリンチリンチリンと可愛らしい音を鳴らす見た目も可愛らしい和柄の鈴を手に取り眺めていたか。
『可愛い。』
七海に言われた通りすぐさま財布に付けた。しかし寮の部屋に戻ると財布から取り外してじっくり眺めていた。とても嬉しかった。誰にも悟られないように頬が赤くならないように必死で耐えたけれど一人きりになれば笑みを溢し頬を染めた。
灰原みたいに明るい男の子も夏油先輩みたいに優しい人も五条先輩みたいに何でも持ち合わせている人も恋に落ちるのはきっと簡単な事だ。でも私は優しくされたい訳でも特別扱いされたい訳でもない。
忘れ物をして夜遅くに教室に行こうとすれば文句を言いながら必ずついて来てくれた。何かある時は前もって注意を呼びかけてくれる。そんな七海の囁やかな優しさや不器用な一面は"七海だからこそ"その温かさを感じられるものなんだと確信していた。今では好きだと自覚し認めているがこれでもかなり時間が掛かった。それは冒頭の過去の恋が私に後悔と反省、そしてトラウマを大きく植え付けてしまったからだった。
『綺麗な音。』
うっとり鈴を眺めていると携帯が振動した。またスルーするようなメールが届いたのだろう。丁寧に鈴をテーブルの上に置くと携帯を開いた。送り主はまさに私がずっと好きだった幼馴染の彼からのメールだった。
「久しぶり〜。元気?他の奴から聞いたかもしれないけど今度時間あったら話したい。」
_____
「○○〜ノート見せろ〜。」
『また〜?◆◆絶対テストやる気ないでしょ。』
「○○!小3の時に行った探検覚えてる?めちゃくちゃ怖かったやつ!」
『探検とか恥ずかしいからデカイ声で言わないで。』
中学に入学するとこれまで見知った仲間たちはもちろんだが私たちと同じような地元の小さな規模の小学校から入学して来た生徒たちもいた。正直それでも人数は少なく知っている子もちらほら居た為、小学校を卒業してもあまり変わり映えはしなかった。はずだったのに、何故だか中学に入った途端みんながませ始めた。あの子が可愛いだとかカッコいいだとか気になるだとか。正直ショックだった。だって昨日一昨日までランドセルを担いでみんなで鬼ごっこやかくれんぼをしていた癖に突然彼氏彼女が欲しいと浮足始めたのだ。そんな同級生たちに私はどうしてもついて行く事が出来なかった。
それなのに私は彼らの格好の餌食になってしまった。彼と幼馴染でいつも一緒で名前を呼び合っている事、そんなもの周りを見渡せばみんな同じ境遇なのに。私たちの関係を気にする人たちが増えていた。これは偏見かもしれないが恋愛に慣れていない田舎の仲間たちだ。当時は何にでも"恋愛"にこじ付けたかったのかもしれない。そして私自身も世間知らずで、子供で、同じようにませてしまった部分があったと今でも後悔をしている。
『実は◆◆は初恋の相手で昔からずっと好きなんだ。』
口車に乗せられはしたもののその言葉は嘘ではなかった。ただし勘違いして欲しくないのは彼とどうこうなりたかった訳じゃない。だって今の関係が心地良かったから・・・しかしその純粋な一言は私と彼との関係の終わりの始まりだった。仲良くなった女の子だけに話したつもりがいつの間にか伝染し私が彼を好きだと言う噂が学校中に響き渡っていた。
小規模な学校だ。誰が誰だかなんてみんな知っているし先生や地域の人たちにも噂なんか一瞬で広がる。都会に呪霊は沢山いるけれどのどかな緑溢れる大地に稀に現れる呪霊は年季が入っていて歪で凶悪だ。それが何を意味してるか私は知っている。都会の人は冷たい。行く行くは田舎で暮らしたい。なんて言う人も居るが私の田舎に対するイメージはこの時から急落していた。そんなのお前の偏見だと言われてもそうですね。としか言いようがない。経験者にしか分からないのだ。噂好きで好奇な目を向けられる苦痛を思い出すと吐き気がする。
_____
噂が広まり出したあの時、
あの時ならまだ修復が出来た。
時が経つにつれて何度も自身の発言や恋の相談してしまった事に後悔をした。噂好きな人たちが田舎者なら私も彼も田舎者。お互い子供で何でもないよ。気にしないで。と笑顔で言う勇気も余裕も持ち合わせていなかった。彼はいつも気不味そうな顔を浮かべて私も自然と彼を避けてしまって、そのせいで関係は更に深刻化して行き、好きじゃないと否定も出来ない分、噂もより信憑性を増す事になってしまった。
彼が気不味くなるのは痛いほど理解出来た。仮に彼が私を好きだとしても彼もまたそれ以上の関係を望んでいない。ずっと一緒に居たから悲しいほど理解が出来た。私たちは二人で馬鹿騒ぎしながら田んぼ道を駆け抜ける何の色気もない関係が大好きだったから。
それなのに、ごめんね。
全て崩れてしまったね。
二度と忘れない。あれは最低最悪な一日。
お節介焼きな子が彼に私が好きだと代理で告白したのだ。そこに私の意思などなかった。やはりそれを止める言葉を持ち合わせていなくてただ一人絶望していた。答えは当然、ごめんなさいだった。もちろんそれも人伝いだ。当たり前だ。彼からすると最近まで漫才をしていた相手が好きだから付き合えと言い出すなんて困るに決まっている。
分かっていたはずなのに私は頭が痛くなるほど一日中泣いた。告白をした子に怒りも恨みも湧かず私はただ悲しくて泣いていたのだ。その時、ようやく気付いた。あぁ彼の事、本気で好きだったんだ。どこかでその更に向こう側の関係を私は望んでいたんだ。私も周りに居る子達と同じでませていて"恋"に憧れていたんだと。結局私を受け入れてくれない彼が怖くて自分の気持ちに嘘をついていたのだ。
ならばせめて自分の口で好きだと言えば良かった。
それから"振られた"と言う噂も瞬く間に広がり彼とはもう二度と口を聞かなくなってしまった。彼もまた唯一無二の友である私を傷付けたと悲しそうな表情を浮かべていた。違う。そんな顔させたかったんじゃない。一年二年と時が経ち相変わらず彼とは口を聞かなかったが周りの人間だけがまだ好きなんじゃないか?と勝手に盛り上がっていた。席替えで隣になったり班が同じになる度に私たちに好奇な目を向けて来た。先生にまで気を遣われている気がして鬱陶しくて仕方なかった。
噂だけを聞いた何も知らない子は「付き合ってたんだよね?」と純粋な瞳で言うものだから仕方なく望まぬ形で告白したのに"振られた"事だけを説明しないといけない始末だった。その度にまだチャンスがあると騒ぎ出す。まぁ幼馴染、初恋、十年以上もの片想い、唯一無二の存在。言葉だけ聞けば誰だって気になるだろう。
だけど私が返せる言葉は『嫌いになる事はなくてもこれ以上好きになる事もないでしょ?』それしか言えなかった。嫌いと言えば振られた女の強がりになる。好きと言えば再び地獄だ。この絞り出した言葉は他人には決して理解出来ないだろう。これは彼に対する私なりの精一杯の愛だった。
彼が私を傷付けない限りきっとずっと好きだけど彼と二度と口を聞かなくなった以上、あの頃の"好き"を超える事などもうないのだ。二人の輝かしい過去は今でも置き去りにしたまま。私たちは当たり前に隣に居た友を失い青春の日々を送った。
卒業が近付いて来ると彼は少しませ始めていた。私を遠回しに気にかけるようになった。まだ自分に未練があるのかと言うような素振りを見せていると友人から聞いたが私は東京に行き高専に入る事だけを考えていた。まだ彼を好きでいたのは事実だけどもう噂が伝染し勝手に盛り上がるあの空気はもう二度と味わいたくない。だから私は見て見ぬふりをした。
早くここを出たい。その一心だった。
断言するとすればあの頃決していじめはなかった。悪口を言われた訳でもない。未経験と無知ゆえの好奇心が生んだ残虐な優しさ。彼ら彼女らに対する怒りよりも自身の弱さや失態だけを悔いた。いずれ彼を好きでいたように、また好きな人が現れるかもしれない。信頼出来る仲間に出会えるかもしれない。だけど私は心に誓っていた。
もう誰にも言わない。
そして高望みしない。と...
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こんな中学時代を過ごせば、灰原や七海と出会えた事に感謝するに決まっている。もちろん過去の事を彼らに話すつもりもない。きっと彼らは自分の事のように傷付くし私が笑い話にしたら本気で怒ってくれる。それが理解出来ているだけでも幸せで素晴らしい信頼関係を築けていると思っている。
また誰かを好きになれた。不安やトラウマはある。きっと先輩たちも灰原も優しいから中学の頃のようにはならないと分かっていてもやはり誰かに打ち明ける事は出来なかった。唯一の救いは七海を好きでいる事に苦痛がなかった事。あの頃は彼を好きでいる事が苦痛になっていた。これもきっと"七海だから"だと思っている。
幼馴染の彼からの連絡も最初こそは気掛かりだったけど今は灰原や七海から無事に任務が終わったと言う報告のメールが来るだけで私の心を幸せにしてくれている。日々危険と隣り合わせの呪術師だけど願う事なんて一つだ。
どうかこの関係が何事もなく続きますように。
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『嘘でしょ・・・・』
放課後、私は自動販売機の前で真っ青な顔で立ち尽くしていた。財布に付けていた七海から貰った鈴がないのだ。ポケットや鞄の中身もその場で探したがなかった。今日は灰原も七海も任務でいない。財布を無くさない為の鈴を無くすなんて大馬鹿だ。そして何よりも七海から貰った鈴を無くすなんて最低だ。すぐに元来た道を引き返し猛ダッシュで教室に向かった。今日は高専から出ていない。絶対にある。
『何でないの!』
冷静になる事を忘れて軽いパニックを起こしていた。だって財布を出す場面なんて限られているのに、とジワリと視界が滲み始めた。嫌だ、諦めたくない。またあの鈴の音が聞きたい。再び教室を出て廊下を走っていると誰かが突然飛び出して来て少しだけぶつかってしまった。もう日も暮れ始めている。すぐに相手が誰だか分からなかった。実際は考える余裕がなかった。
『すみません!!』
謝ってすぐにまた走り出そう。日が暮れてしまったら探すのは困難だ。しかしこんな時間に掃除の人だろうか?と潤んだ瞳も忘れて顔を上げると
「○○?慌ててどうしたの?大丈夫?」
『夏油先輩、』
薄暗い廊下に立っていたのは夏油先輩だった。どおりでこちらが猛スピードでぶつかってもフラつきもしなかった訳だ。一歩こちらに近付くと先輩はハッとしたように私の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?何かあったね?」
『っ!?』
私はその時ようやく自身の涙が溜まっている瞳に気付いた。慌てて首を横に振った。
『先輩誤解です!!』
「誤解?どう言う誤解?」
この人は鋭い。恋愛経験だって豊富だろうしきっと一番勘付きやすいタイプだ。なら尚更恋愛も今の状況も親身に相談に乗ってくれるだろうけど私の意志は固いのだ。何でも相談して良いと言われている手前、罪悪感があったが仕方ない。
『放課後、地元の友達から電話が掛かって来て!中学を卒業してから地元を離れてるから色々溜まってたみたいで泣き出しちゃって!なんか話を聞いてたら私までつられて来ちゃいました。』
苦笑いしながら強引に涙を拭い笑った。先輩は相変わらず眉間に皺を寄せて心配している表情だ。
「それでこんなに遅くなったのかな?酷く慌てていた様子だったけど?」
『はい!ついつい話し込んじゃって・・・そしたら電話の後に課題の事を思い出してそれで慌てて寮に向かってました。』
「はぁ〜。」
先輩は大きく息を吐きながら苦笑いした。
「肝を冷やしたよ。」
『すみません!』
「○○がそう言うなら信じるよ。ただし本当に辛い事や困った事があったら頼ってほしい。」
『ありがとうございます!あの、めちゃくちゃ頼りにしてますから。』
先輩の優しさに胸がピリついた。
「○○は口ではそう言うけれど"本当"の相談ごとは受けた事がないから私は心配しているんだよ。」
先輩の言いたい事は理解している。恋愛だけじゃない。自分の本心が言えなくなっているのも事実だった。
『先輩、私にだってプライバシーはあります!』
冗談で返す私は可愛さのカケラもない。これもあの頃自分を守る為に身につけた術なのだ。先輩はまたため息をついて
「全く、とりあえず課題しっかり終わらせるんだよ。」
『全力で終わらせます!ぶつかってすみませんでした。』
「それは良いから。もう遅いし寮まで送ろうか?」
『とんでもないです!先輩も何か用があったんですよね?』
「私は悟の忘れ物を取りに来てあげたんだよ。」
『五条先輩も確か任務でしたよね?』
「そうだよ。出発するギリギリまで私と教室にいたんだ。」
先輩が苦笑いしながら掲げたのは如何にも高級そうな財布だった。
『え?五条先輩私の事散々馬鹿にした癖に財布忘れて行ったんですか?自分だってサザエさんじゃないですか!』
「全くその通りだよ。出発してすぐに不機嫌な悟から連絡があってね。私も寮で課題をしていたから先に課題を終わらせて寮からまた教室に戻って来たんだよ。」
『うわぁ〜ご苦労様です。』
面倒見の良い夏油先輩はもちろん、任務に同行した補助監督も可哀想だなと顔を引き攣らせた。
「私も七海みたいに悟に鈴を渡そうかな?」
『え・・・』
途端に鈴の事を思い出して顔が一瞬だけ強張った。
「ん?どうかした?」
『あ、いえ!それ文句言いながらも夏油先輩からなら意外と喜んで付けそうじゃないですか?』
「喜ばれてもなんか困るね。」
『まぁ確かに。あ、なら私そろそろ行きますね。』
「あぁ引き止めて悪かったね。私も今から悟に連絡をするよ。」
『いいえ!むしろ五条先輩の弱みを握れたので大収穫でした。』
「・・・はぁ〜君は本当に逞しいね。」
『可愛くない奴って言って良いんですよ?』
クスクス笑いながら頭を下げると先輩に背を向けた。
「可愛いよ。君は私の大切な後輩だからね。」
夏油先輩の言葉を聞き終えると本当は駆け足で立ち去りたい気持ちを抑えてゆっくりと歩き出した。
『先輩のたらし〜』
また冗談を言いその場を後にした。先輩はきっと何度目か分からないため息をついているだろう。
_____
校舎から出るともうすっかり日は暮れてしまっていた。これではもう探す事は困難だ。再び泣きそうになった。いつも一緒にご飯を食べるからあの鈴の音を聞く度に二人が安心してくれていたのに、明日二人になんて言おう。ゆっくり目を閉じると七海の姿が思い浮かんだ。
「落ち着いて、大体いつも、ここにある。」
私が以前鍵を無くした時に七海はすぐに見つけ出してくれた。どうでも良い素振りを見せる癖に心底面倒臭い態度を示す癖にいつも私の事を把握してくれていた。それは私だけではなく灰原に対してもだから嫉妬どころか凄いと感動さえしていた。
ありがとう七海。やっぱりあなたを好きになれて私は幸せだ。
目を閉じながら一度冷静に今日一日の事を思い出した。お昼を食べた後、もう財布を使う事はなかった。だけどどうしても鈴の音を聞きたくて資料を運ぶ手伝いを頼まれた時に制服のポケットに財布を入れていた。手伝いを終え教室に戻った時、財布を鞄に戻した記憶がしっかりあった。もちろんその時も鈴の音を聞いた。
あぁ本当に馬鹿だ。
校舎から離れると人気の無い街灯の下に向かい鞄を探った。『あ・・・』小物の隙間に挟まった小さな鈴を見つけた。鞄の奥底で眠っていたから音に気づかなかったらしい。七海は何かあると必ず、鞄の隙間や小物に挟まれていないか確認しろと言ってくれていた。以前も鍵はそこに挟まっていた。無くしてしまったと気付いた時にも鞄の中は見たのにパニックでまた見過ごしてしまっていたんだ。
鞄を肩に掛け直し鈴に手を伸ばすとチリンチリンと愛らしい音が静寂に包まれた高専に優しく鳴り響いた。その音を聞くと緊張の糸が解けたように涙が溢れて来てもう二度と無くさないと手の中で握り締め泣いた。額に鈴を包んだ両手を押し当てながら
『良かった、ん、本当に良かった。ありがとう、ななみ、・・・
・・・・好き、』
「なんだ、鈴を無くしていたんだ?」
『っ...』
幸せに包まれていた私の体が強ばり、息がヒュッと止まった。
_____
さよならしたはずの夏油先輩の声が背後から聞こえた。自分一人だけの空間のつもりでいたから迂闊に好きだと言葉を漏らし愛おしむように我が身に鈴を寄せた。途端に鼓動が激しくなった。激しく動く心臓とは正反対に顔は真っ青に染まっていく。
いや、まだ焦ってはいけない。もしかすると私の言葉は聞こえていないかもしれない。本当に鈴を無くしていた事、大切な友達からの贈り物を見つけらて安堵した事、正直に話せばいいんだ。だって相手は夏油先輩だからきっと理解してくれる。嘘をついた罪よりも良かったねと必ず言ってくれる。大丈夫、いくらでも修復出来る。もうあの頃の私じゃないから・・・
涙を拭いたらすみません!実は...と笑顔で振り返ろう。私が気を落ちつかせていると先に先輩がこちらに近付いて来る足音がコツコツと聞こえて来て何故だか不安と恐怖を覚えていた。どうして?だって夏油先輩なのに、
『・・・』
ついに夏油先輩が隣に立ったと分かると更に身を縮めた。先輩はゆっくりとした動作で顔を近付けながら私の顔を覗き込んだ。真っ赤に腫れた瞳と優しく微笑む先輩と目が合うと体は痺れたように動けなくなった。まるで蛇に睨まれた蛙だ。いつも通りの優しい笑みの筈なのにどうしてこんなに心臓がドキドキしているんだろう。
「嘘をつかれてショックだな。」
『あ、その、ごめんなさい、』
わざとらしく眉を八の字に顰めた先輩が何故だか怖くてたまらない。
「別に怒ってないよ。」
ニコリと微笑むと先輩はまた一歩足を進ませて向かい合う形になるともう一度私に目線を合わせて来た。ふいに私の手を取ると掌の中の鈴をそっと手に取った。
『あ...』
私の情け無い声に合わせて鈴が小さく鳴いた。先輩はその鈴の紐の部分を摘むとゆっくりと私の前で垂らして見せた。五円玉を使った催眠術のように目の前で愛しい鈴が揺れている。ちゃんと言わなきゃ。誤解だって弁明しなきゃ。
『せんぱい、あの、』
「そんなに好きなんだ、七海が」
『・・・・』
先輩の言葉が耳に届いた瞬間、背筋は凍り付き喉がカラカラに渇いた。涙で濡れていた瞳は動揺で見開かれていて口はパクパクと餌を求める鯉のよう。
『い、言わないで、』
「ん?」
先輩の声も表情もいつも通りなのにどうしてこんなに怖いのだろうか。全ては過去に受けた痛みのせいなのだろうか?本当に?本当にそれだけ?
『だれにも・・・誰にも言わないで、』
掠れた小さな声を絞り出し先輩に乞うように伝えた。先輩からすれば何をそんなに?と言う気持ちになるだろう。しかし私にとっては死活問題なのだ。
「大丈夫、」
先輩は少しだけ首を傾げたがすぐに笑みを溢して私の頭をそっと撫でた。あぁやっぱり先輩は優しい・・・本当に優しい?頭を撫でる手がゆっくりと頬に伝っていく。ペットを愛でるように先輩の大きな掌が私の頬を撫でている。一体どういうつもりなの?
「大丈夫、私が応援してあげようね。○○は私にとって本当に可愛い後輩だから、」
うっとりした表情で私の頬を撫でる先輩に抵抗も出来ずに頬に一筋の涙が流れた。
「泣かないで、○○。」
指先で嫌になるほど優しく涙を掬い取る先輩に、あぁまただ。私はまた大きな過ちを犯したかもしれないとそう思ったが、
いや、あの頃よりももっと危険な何かに触れてしまった気がして不安で不安でたまらなくなった。