助手席 ちょっとは慣れた、車の運転。ハンドルを握る俺の隣には、どこか嬉しそうな雰囲気のなるくんが座ってる。
「なに、ニヤニヤして」
「別にィ?ただ、泉ちゃんの運転がなんだかレアだなって思ったのよ」
そんなに見られたら、緊張するじゃん。なんて、格好悪くて言えないから隠すのに必死。
ウィンカーひとつあげるのだって、なるくんの前でかっこつけてしまわないように意識してしまって逆に緊張してしまう。普段どんなふうに運転してたか忘れてしまった、なんて悔しすぎ。
そんな俺を見抜いてるのかなんなのか、「ふふ」と笑ったなるくんが窓の外を見つめるのがわかった。
「バイクの後ろには絶対に乗せてくれなかったのに」
「怪我でもさせたら一生恨まれそうだから」
「アタシ、結構憧れてたのよォ?」
泉ちゃんの背中に、ぎゅって可愛く抱きついてみたりしちゃってさ?って。
「なに、助手席が不満?」
「そんなわけないじゃない。惚れ直しちゃいそォ」
「はいはい」
からかうように言ってくるなるくんを適当にあしらって、目の前の横断歩道の信号が点滅をはじめたのが見えて徐々に速度を緩める。
「泉ちゃん」
「んー」
ブレーキを深く踏んで、車が完全に止まった瞬間になるくんがずい、と身を寄せてくる。
「チューして良い?」
「はぁ?いま?」
なに急に?となりつつも、キスしやすいように頬を寄せれば、そのまんま唇へとキスされた。
「……後ろの車に見られたでしょ」
「見せつけてやればいいじゃない?」
「なに急に、まったく」
満更でもない俺は、にやける口元を左手で隠しながら、青色に変わった信号機に合わせて徐々に速度を上げていく。
「ねーぇ、泉ちゃん」
「なぁにー、なるくん」
「……ふふ、ふふふ」
今日はやたらと機嫌がいいらしい。
やけに楽しそうに笑うなるくんが、「このまんま、もうちょっとだけ一緒にいましょうよ」なんて、少しだけ寂しそうな声色でそう言ったから。
「……そんなこと言ってたら、マジで帰さないけど」
「やだァ、泉ちゃんのエッチ」
……先に誘ったのはお前の方でしょ。
そんな風に反論しようとしたけど、なんでかまだまだ一緒にいたいのは俺も一緒らしい。
助手席側のアームレストに置かれたなるくんの右手に左手を重ねる。それから、そのまんま上から包み込むように手を握れば、またしても楽しそうな笑い声が隣から聞こえた。
「どっか『休憩できるとこ』、行く?」
「くまくんみたいなこと言わないで」
「あら、バレちゃった」
今すぐキスしてやりたい気持ちになったけど、目の前の真っ直ぐな道路を灯す信号は青ばかりが続くことに少しだけ唇を尖らせる。
道路脇に咲き誇る満開の桜を横目に見ながら、なるくんと迎える春が何回目だったかな、なんて考えかけてすぐにやめた。
穏やかな時間に、穏やかなぬくもり。
たまに喧嘩して、そのたびに「ごめんね」の言葉もなく気付けば仲直りしてまた一緒にいる。付き合いたてのような甘酸っぱさなんて俺たちにははじめから無縁だったけど、年月を重ねるに連れてもっとずっと深く絡み合っていく心地良さは、なるくんにしか感じられないものでもある。
もう一度、目の前を灯す信号を見ればどこまでも青色が続いてる。まるで俺たちの未来を照らしているみたい。らしくもなく「幸せだなぁ」なんて噛み締めた瞬間、無意識に唇からも音となって溢れたその言葉に、隣のなるくんが「アタシもよ」と答えたのだった。
おわり🌸