ボツenzn②リヨウは暇だった。
何か面白いことは無いかとプラプラ本部内の廊下を歩いていると、無人の受付でエロ本を読み耽るセミュを見つけた。
「セミュ〜、またエロ本見てんの?」
「あらリヨウ。ここの所仕事が立て込んでてね…息抜きよ、息抜き」
「ふ〜ん?そういうもん?」
言いながらリヨウはセミュのエロ本を覗き見る。
「こら、アナタにはまだ早いわよ」
セミュがパタッと表紙を閉じる。
言う割にいつもオープンな場所でエロ本を開いているのだが…
「なあなあ、この媚薬チョコレートって何?」
そんなことより、閉じた本の裏表紙に記載された通販広告が気になったリヨウ。
「…ああ、ちょっとしたお楽しみアイテムよ。アナタはもう少し大人になってから試した方が良いわね」
真面目な顔でセミュが答える。
「違う違う。あたしじゃなくてさ」
「?」
セミュは訝しげに顔を上げた。
──数日後。
受付でセミュから小さな小包を受け取ったリヨウ。
「さんきゅー、セミュ。代わりに通販してくれて助かったよ」
「さすがにアナタが買ったとなると周りの目が色々と心配だからね」
「フフフ」
リヨウは楽しそうに笑った。
「遊ぶのは良いけど程々にね?」
「わかってる。でもセミュだって気になるんでしょ?だから買ってくれたんだよね?」
見透かすようなリヨウの視線を眼鏡越しに見上げるセミュ。
「見てて焦ったいのは確かね」
フゥ、とため息混じりに目を閉じた。
「だよな」
リヨウはニカッと笑うと、小包を持って歩き出した。
廊下を進みながら包を開けて中身を取り出す。出てきたのはカラフルなパッケージの小箱。
美味しそうなチョコレートの写真が印刷されている。
まず向かったのはザンカの部屋。
コンコン、とノックするとしばらくして私服姿のザンカがドアを開けた。
依頼明けで眠っていたのか、目をショボショボさせているし、珍しく寝癖がついている。
「ん?…なに、リヨウ…」
ムニャムニャと眠そうな声で喋りながら目を擦るザンカにリヨウは明るい笑顔で語りかけた。
「なあなあ、エンジンがザンカのこと探してたよ?用があるから部屋に来て欲しいって」
「え?エンジンが?」
ザンカの目が一瞬で覚めた。丸いタレ目をパチクリさせている。
「すぐ来てって!ほら、早く!」
リヨウはザンカの手を掴んで引っ張った。
「え?ちょ、ちょっと待って!寝癖も直しとらんのに…っ」
焦って部屋へ戻ろうとするザンカを無理矢理引っ張り出す。
「大丈夫だって!寝癖ついててもザンカは可愛いからさっ」
「いや、可愛いとかそんなんやなくて…!」
戸惑うザンカの腕を掴んで強引に連れ出すリヨウ。寝起きでいまいち頭がハッキリしないザンカは仕方なくついていく。
ピョンと跳ねた横髪をしきりに気にして、何度も手で撫で付けながら歩くザンカ。
やって来たのはエンジンの部屋。
コンコン。
ノックをするが返事がない。
コンコン。コンコン。
しばらくしてゴトッと中で物音がしてから、ドアがガチャッと開いた。
隙間からこれ以上無く眉間に皺を寄せて不機嫌な顔をしたエンジンが現れた。
「…なんだぁ?」
ガラが悪すぎて一般人なら泣いて逃げ出す様相だが、慣れているリヨウは気にしない。ザンカはリヨウの後ろで少し緊張した様子で寝癖部分をずっと手で押さえている。
「エンジン寝てた?」
「んああ、昨夜ブロ達と徹夜でポーカーしてたからよぉ…」
ふああっと大きなあくびをするエンジン。同じような時間に寝ていても、依頼帰りの勤労なザンカと違って夜遊び常習犯なのがエンジンだ。
「お疲れだね。じゃあこれあげるよ」
リヨウが持っていたチョコレートを取り出した。箱の中には六粒のボンボンショコラが綺麗に並んでいた。
その内の一つをエンジンに渡す。
「ああ?なんだこりゃ、チョコ?」
「美味しいから食べてみて。ハイ、ザンカにもあげる」
「んあ?」
もう一粒を後ろのザンカに渡すリヨウ。急にチョコレートを渡されて困惑しながらも受け取るザンカ。
「食べて食べて」
リヨウに急かされて、エンジンもザンカもよくわからないままとりあえずチョコを食べる。
「美味しい?」
「ん、まあ、普通のチョコ…だよな」
「ザンカは?」
「んん?…まあちいと変わった味するけど…何でそんなこと聞くんじゃ?」
「フフフ」
リヨウは肩をすくめて花が咲くような、可憐な笑顔を浮かべた。
「じゃあ良かった。残りはあげるから二人で食べてね!」
言いながら急にザンカの背後に回って背中をグイッと押し出すリヨウ。
「っ!?ちょ、リヨウ!?」
戸惑うザンカをそのままエンジンの部屋に押し込む。
「うおっと」
エンジンが倒れかかるザンカを胸で受け止める。
「わわっ、すまんエンジン!」
ザンカが顔を赤らめて慌てて離れようとするが、リヨウが問答無用で更に押し込んで、ついでに残りのチョコが入った箱もドアの隙間から放り込んでドアを思いっきり足で蹴り閉じた。
「ふうっ。いっちょ上がり!」
使ったのは足だが、手の平をパンパンッと叩いて一仕事終えた後のような満足げな表情を浮かべるリヨウ。
ガチャッとドアが再び開いてエンジンが顔を出した。あわわわっと顔を真っ赤にして混乱しているザンカを小脇に抱えている。
「おいっ、お前一体何のつもりだ?何か企んでるだろ?」
エンジンが疑いの眼差しを向けてくるが、リヨウは大きな目をきゅるん、と瞬かせて微笑む。
「そのチョコ、あたしとセミュからのプレゼント。エンジンならわかるよね?」
含みのある言い方にピンと、片眉を上げるエンジン。
「セミュ…って…まさかお前ら…」
エンジンが呆れたように顔を歪ませる。
リヨウはフフフ、と笑うだけだ。
「じゃあ後はごゆっくり。今日明日は休みにしてくれるってセミュが言ってたよ。じゃあね〜」
リヨウはエンジンに手を振って、そのまま鼻歌混じりに廊下を立ち去った。
そのご機嫌な後ろ姿を睨むように見送った後、エンジンはハア…と呆れてため息をついた。
それから小脇に抱えたままのザンカを見下ろす。相変わらず頬を染めたままで、状況が掴めずに困惑した顔でエンジンを見上げるザンカ。
「え?どういうことなん?俺、エンジンが呼んどるからって連れてこられたんじゃけど?」
頭に「?」をいっぱい浮かべているザンカ。
女二人の思惑を一人悟ったエンジンは目を閉じて額を抑えたが、
(ま、据え膳食わねば何とやら、だな)
と、持ち前のポジティブさで切り替えた。
とりあえずドアを閉めてザンカを解放する。
「ザンカ、お前体大丈夫か?」
エンジンに心配されてザンカは「?」と小首を傾げる。
「別に大丈夫じゃが…どゆこと?」
「まあ、大丈夫ならいいんだ」
エンジンはポンポンとザンカの頭を撫でた。
それだけで嬉しさを隠せない様子のザンカの口元が緩んだが、すぐにキュッと一文字に引き締められる。それを見て、エンジンは目元を緩ませた。
「と、ところでっ、エンジン休んどったんじゃろ?俺邪魔やし帰ろうか?」
エンジンが呼んだわけではないと悟ったザンカが気を使って帰ろうとする。
エンジンは目線を斜め上に上げて一拍考えた後、
「まあ、そう言わずにたまにはゆっくりしてけよ。お前の部屋と違って散らかってるけどな」
そう言って歩き出すと、窓際に置かれたベッドにドスンッと座った。
小綺麗に整頓されたザンカの部屋と違って、壁には一面グラフィティアートが施され、床には脱ぎっぱなしの服や雑誌が乱雑に散らばり、テーブルの上には吸い殻が山盛りになっている灰皿。
握りつぶされたりされなかったりしているビールの空き缶もいくつも放置されている。
トゥー・リリーを始めとするエンジンお気に入りのアーティスト達のCDやレコードが棚にビッシリと並んでおり、天板の上やコンポの上にも何枚か乱雑に重ねて置いてあった。
他にもよくわからない派手な雑貨やら何やらが所狭しと飾られている。統一感が無いものも多いのでもしかしたら誰かに貰った物達なのかもしれない。
確かに散らかってはいるが、どこか秩序のある混沌。エンジンのセンスが詰まっている部屋は、ザンカにとっては新鮮でカッコよく映る。
上品な香を焚いているザンカの部屋とは違って、タバコと香水の匂いが対流している。
お世辞にも空気が良いとは言えないが、エンジンの部屋に入ることはあまり無いのでザンカは内心ドキドキしていた。
何だかいつもより顔が熱い。何なら体も熱くなってきた。
我ながら緊張しすぎやろ…とザンカは自分自身に呆れている。
ゆっくりしてけ、と言われたもののソファの上は衣類で埋まっているし、所在が無くて立ち尽くしているザンカ。
徐にタバコを咥えて火をつけたエンジンがザンカを見て、自分の隣をポフポフと叩いた。
ザンカの顔が赤らみ、一瞬表情と体を強張らせたが、意を決した様子で歩み寄る。
「全く余計なことするよな〜アイツら。ほっとけっつの…」
ザンカが隣に座るなり、天井を見上げてタバコをブハァ〜と気怠げに吐き出すエンジン。
オフなので髪は降りており、徹夜明けで少しくたびれた様子がいつもに増して色っぽい。
大人の男の醸し出す色気にドキドキしながら、ザンカはエンジンの綺麗な横顔を眺める。
「余計なことて?結局リヨウは何がしたかったんじゃ?さっきのチョコは何?セミュも噛んどるみたいなこと言っとったけど…」
何もわからないザンカは何かをわかっている様子のエンジンに矢継ぎ早に質問する。
エンジンはまたブハァ〜と煙を吐き出してから、徐に立ち上がってドアの前に落ちているチョコレートの箱を拾って戻ってきた。
ザンカにそれを手渡す。
「…?一見普通のチョコじゃが…」
受け取った箱をしげしげと眺めるザンカ。
「それ、媚薬チョコレートだよ、多分」
隣に座り直したエンジンがいつもと変わらない口調で言いながらタバコを吸う。
その横で明らかにザンカが固まった。
エンジンがまたブハァ〜と煙を吐く。
「………っえ?それって食べて大丈夫なやつなん…?」
ザンカが赤いような青いようなどっちつかずの顔色で、ギギギ…と首が軋む音が聞こえそうな様子でエンジンに振り向く。
「さあな。俺も食ったことないし。でも一応食べても体に害は無いと思うぜ。"健康被害"って意味ではな」
淡々としたエンジンの声を聞いていたザンカだが、最後の一言にまた固まった。
「…………っ」
言葉も無く、ただ手に持ったチョコレートの箱を見下ろすザンカ。
育ちが良すぎて世間ズレしていないザンカは、こういった下世話なことに耐性が無い。
だからこそエンジンも今まで慎重に出方をうかがっていたのだが…
いくら付き合っているとは言え、合意もなく襲う趣味は無い。ましてや相手はうんと歳下で、かつ厳格な家で貞淑に育ってきた筋金入りの箱入り息子だ。
エンジンは元より、正に放蕩淫乱といった性分なので、自分が遊び慣れているからこそ、ザンカを不用意に傷つけたくなくて自ら一線を引いていた。
ザンカがどこかで自分に期待していたとしても、正直踏み出す勇気が持てないでいた。らしくない、と自分でも思う。
(外野から見てもそう映ったってことかよ…)
エンジンはタバコをふかしながら思った。
余計なお世話だが、確かにキッカケが無ければ当分このままの可能性もある。万が一にもザンカからそういったアプローチがあれば別だが、今の所は無理だろう。
そもそも未だにエンジンに触れられただけで飛び上がるくらいなのだから。
タバコの紫煙と一緒に気まずい沈黙が流れる室内。エンジンは短くなったタバコをベッド横のサイドテーブルに置かれた灰皿にギュッと詰め込んだ。
「さて…」
エンジンの声にザンカがビクッと肩を震わせたのがわかった。エンジンは視界の端でそれを捉えて、かすかに笑う。
「逃げるなら今の内だぜ?ザンカくん。今ならまだ間に合う」
エンジンはザンカの方を振り返って、襲う意思はありませんと言うかのように両手をあげて笑って見せた。
ザンカがエンジンの顔を見つめて、何とも形容し難い表情で固まっている。
大きな深い藍色をした瞳が左右に泳いでいる。逡巡しているのが手に取るようにわかる。
(やれやれ…そういう可愛い反応されると困るんだがなぁー)
エンジンは手を上げたままで眉を下げて微笑む。その顔を見てザンカの顔が更に赤くなる。お互い踏み出せなくて困ってしまった。こう着状態だ。
「大体よー、媚薬っつっても本当に効くのかね?気分の問題なんじゃねーの?思い込み?プラシーボ効果?そういう雰囲気を楽しむジョークグッズみたいなもんじゃね?知らんけど」
あーあ、とエンジンが頭の後ろで腕を組んでベッドに寝転がる。
「そ、そうよな…媚薬なんて今時そんな…」
ザンカが床を見つめながらハハ…と乾いた笑いをする。ギュッと握った片手を胸の前に置いているのをエンジンはチラッと盗み見た。
白いうなじから横顔にかけて赤くなっている。青いタッセルピアスの金具がチャリ…とかすかな音を立てて揺れる。
ザンカの肌や髪色によく似合う、瞳と同じ藍色の大きな房飾り。重みで少し引っ張られた耳たぶが色っぽいなとエンジンは常々思っている。
今更気づいたが、ザンカの横髪が一部ピョンと跳ねていた。いつもキチンと身なりを整えているから寝癖なんて珍しい、とエンジンは微笑ましく思った。
「そうそう。だからそんな心配しなくても大丈夫だぜザンカ。遊んでた俺と違ってお前は依頼明けで疲れてんだから。部屋でゆっくり休んでもい…」
エンジンが言いかけている途中で、急にザンカがパタッと後ろに倒れ込んできた。
驚いたエンジンが体を起こして上から見下ろすと、のぼせたように赤い顔をしてハアハアと荒い息を繰り返すザンカがそこにいた。
「おいっ!?ザンカ大丈夫か!?」
心配になって赤い頬を触るエンジン。
「う、あっ…」
触れた瞬間、ザンカがビクッと体を震わせた。熱に浮かされたような声、目を閉じて反応する様子があまりに扇状的に見えて、エンジンの顔がピクッと固まる。
「おい…」
さすがのエンジンも戸惑った。だが一番戸惑っているのはザンカだった。
エンジンの部屋に入った後からずっと頭や体が熱かった。緊張のせいかと思っていた。
否、緊張は確かにしていた。
媚薬の効果はエンジンが言う通り微々たる物だったが、ザンカは元よりアルコールなどの嗜好品に対する耐性が弱い。
増してや依頼明けで体には疲労が溜まっており、更に深い眠りの最中に叩き起こされて一時的とは言え自律神経が乱れていた。
そして慣れないエンジンの部屋で二人きりにされた緊張と、更に媚薬入りのチョコレートを食べてしまったという焦り。
諸々の条件が重なって、媚薬の効果が最大限に発揮されてしまったのだ。
「ハァ…なんか…体変なんじゃけど…?あれ?…何でぇ?力…入らん…」
ハアハアと薄い胸を上下させながら、混乱した様子で視線を彷徨わせるザンカ。
プルプルと震える腕を伸ばして何とか起きあがろうとするが、まるで酔っ払ってしまったかのように体の自由が効かない。
「おいマジかよ、参ったな…」
エンジンは髪をぐしゃっとかき混ぜた。
「すまん、エンジンッ…」
エンジンを困らせたと思って泣きそうな顔ですぐに謝るザンカ。
「あー、違う違う!迷惑とかそんな意味じゃねーから!」
エンジンは慌てて訂正する。
「とにかく水飲め水!」
エンジンは立ち上がると備え付けの小さな冷蔵庫からペットボトルに入った飲料水を取り出した。ちなみに冷蔵庫の中はほとんど酒だらけだった。
再びベッドに座ると、水を飲ますためにザンカの体を起こそうとする。
「ほら、起き上がれるか?」
ザンカの背中の下に腕を滑り込ませるエンジン。ビクッとザンカの体がまた揺れる。
「……っ」
「平気か?」
「う、あ、平気…」
ザンカは何かを堪えるように顔を歪めながら、エンジンのTシャツを力無く握りしめて何とか体を起こす。
だが自力で体を支えていられなくて、エンジンに背中を支えられ、肩に頭を預ける格好になった。
「ハァ…ごめ…エンジン…」
「いいから気にすんな。もたれたままでいいからちょっとずつ水飲め、な?」
エンジンはキャップを開けてザンカの口元に持って行く。
ハフハフと苦しげに息をしながら、ザンカは片手をエンジンが持つペットボトルに添えて、懸命に水を飲もうとする。
エンジンの肩に頭をもたれさせ、エンジンが傾けるペットボトルの口から水を飲むザンカ。
赤く火照った肌、熱でトロリと溶けた伏目がちの目、口の端からわずかに溢れた水がザンカの細い顎を伝って落ちて行く。
その様を至近距離で見ていたエンジンの心臓がドクン、と脈打った。
(やべ……)
エンジンの胸に焦りが生まれた。
一瞬の動揺が指先まで伝わり、ペットボトルを傾ける力加減を間違えてしまった。
「んっ…」
「あっ…!」
ザンカの声とエンジンの慌てた声が重なる。
水が勢いよく出てしまい、ザンカの服にボタボタと溢れてしまった。
「あ〜、悪ぃザンカ!零しちまった!」
エンジンは一旦ペットボトルをサイドテーブルに置いて、ザンカの体を片手で支えたまま近くに拭けるものがないか探す。
「ハァ…別に…」
気にしないとでも言いたいのだろうが、言葉は続かなかった。代わりにザンカはプルプルと震える手で羽織りの紐を解き始める。
「ちょ、これ、一旦脱ぐけぇ…」
「えっ?」
エンジンが驚いて振り返る。
「なんか、あっつい…」
若干イラつきが篭った声で言って、ザンカがグラッと上半身を前に倒した。
何とか羽織りを脱ごうとするが、モゾモゾと身じろぎするも、上手く腕が抜けない。
すると、前のめりに体を倒したままで、垂れた前髪の隙間からチラッとエンジンを横目で振り返った。
「…エンジン…すまんけどこれ、脱がして…?」
「──っ!!」
掠れた声で言われた言葉に、エンジンは不意打ちで頭を鈍器で殴られたような心地がした。
エンジンは動揺を悟られないように咄嗟に目を閉じて、黙ってザンカの羽織りに手をかける。
だが、ぐでんぐでんに力が抜けているザンカは自力で体勢を保てないので、エンジンは右腕でザンカの胸を支え、左手で羽織りを引っ張って脱がせることにした。
七分丈の黒い羽織りを脱がすと、グレーの半袖シャツから伸びる白くて細い腕が現れた。
別に腕なんて羽織りを着ていても見えていた筈なのに、肘から二の腕まで見えただけでどうしてこうもエロいのかとエンジンは困惑した。
(童貞か俺はッ)
心の中でセルフツッコミを入れながら、何とか羽織を引き剥がす。童貞などいつ捨てたかも覚えていないくらい遥か前に手放したのに。
「ほら、脱げたぞ」
エンジンは一旦羽織りをベッドの端に放り投げて、再びザンカの体を自分にもたれさせた。
「ハァ…ありがとさん……」
ザンカは胡乱な目で礼を言うが、グレーのシャツにまで水が沁みていることにエンジンは気づいた。
「あーあー、こっちまで濡れちまったな…」
無駄だとわかりつつも、手の平で胸元の濡れた部分を払ってみる。
「ッ、アッ…!」
その瞬間、ザンカの体がビクッと震えて、ひっくり返ったような声が漏れた。まるで喘ぎ声にも聞こえる声。
「「!?」」
二人して硬直した。
ザンカは赤い顔を一段と真っ赤にして口を押さえているし、エンジンもさすがに今のは…と思いながらわずかに頬を赤らめてザンカから視線を外している。
「…ワリ、変なとこ触っちまったな…」
「〜〜〜〜ッ!!!!」
エンジンのノンデリ発言に、口を押さえたまま恥ずかしさのあまり目をぐるぐる回すザンカ。
空気が更に気まずくなる。
「〜〜〜っああもうっ!!!」
痺れを切らしたのはエンジンだった。
今まで散々遊び散らかしてきた自分が今更童貞のような空気感の中に置かれているのが耐えられなくなってきた。
頭の中にリヨウとセミュのニヤリ顔が浮かんで癪だが、こうなれば男としては据え膳を頂くしかない。
だが、肝心の『お膳』の意思を無視するわけにもいかない。
エンジンはザンカの両肩をガッとつかんでベッドに押し倒した。ザンカは狼狽えた目でエンジンを見上げる。