信じなきゃ伝わらないもの/kksgちょうどリーグ部の部室に2人きりになった。これはチャンスだと思って、オイラの気持ちをそのままスグリへ伝えたんだ。でもスグリは、少しだけ低い声でこう答える。
「何考えてるか、わかんね。」
意を決したオイラの告白は、こうした彼の素っ気ない返事で終わってしまった。
帰省からリーグ部へ戻ってきたスグリは、どこか様子が違っていた。その違和感は、どんどん性格や風貌にも反映していき、オイラに勝ってチャンピオンになった頃には、今までのスグリはどこにも姿を見せなくなっていた。
キョーダイが留学してきてからは、特にオイラの言葉を信じなくなった。
オイラは本音を言っているつもりでも、スグリにはなかなか伝わらない。今までの行いが、と言われてしまえば、確かに反論は出来ない。
だけどオイラにとってスグリへの絡みは、大事なコミュニケーションだ。そして、暴走する彼を止めるための、手段の一つ。
彼を思って起こした行動の結果であって、決して最初からスグリの眉尻を吊り上げたかったわけじゃねぇ。
好きな相手を心配することは、そんなに悪いことなのか?スグリよう。
キョーダイのおかげで、スグリは以前の温和な性格を取り戻しつつある。自分自身のこと、大切なこと、それらを一生懸命考えながら成長していく姿に、オイラはますます惚れていった。
「俺、そういうの嫌いだ。」
話は今に戻る。
厳しい言葉が胸をつつく。想い人はこちらを睨んでるようにさえ見える。
「(取り付く島もないってのは、この事かねい。)」
冒頭でも言った通り、オイラの初告白は、よくある「失敗」ってやつで幕を閉じた。
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「スグリのことが、好きだ。」
珍しく神妙な面持ちで見つめてくるカキツバタに、一体何事かと怪訝な顔を向けた。でも彼は、顔色ひとつ変えずに言葉を続ける。
「オイラと付き合ってくれ。」
俺は怪訝な表情を強めた。これまでに俺がしでかしたこと、キタカミの里での事やリーグ部への態度、自分が悪かったことを認め、謝罪も反省もしているつもりだ。けれど、カキツバタだけは未だ納得していない、ということなのだろうか?
「(....仕返しにしては悪趣味だべ。)」
今までも散々彼に振り回されてきた。ここでまた、振り回すタネを増やされるのは堪らない。
「何考えてるか、わかんね。俺、そういうの嫌いだ。」
一瞬だけ、カキツバタの表情が変わった気がした。でも、次に目を合わせた時にはもう、彼の口角は上がっていた。
「そうかい。なら、仕方ねぇな。」
思っていたよりあっさり引き下がる。何なんだ。何がしたいんだ?カキツバタのことだけは本当に理解できない。
「気が向いたら、いつでも声掛けてくれぃ。」
...なんだかいつものカキツバタと、違う?いや、発する言葉は変わらない。ただそこに、普段の軽快な調子が見えないのは確かだ。
そんなことを考えているうちに、彼は手をひらひらさせながらその場を去ってしまった。
混乱する俺に残されたのは、広い部室の静けさだけだった。
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スグリの前では平静を取り繕ったものの、人生初告白が撃沈したことに居たたまれず、オイラは一旦自室へ戻ることにした。
「...やーっぱ伝わらなかったねぃ」
予想通りといえば予想通りだ。伝わらない可能性は十分にあった。だからこそ、いつもの調子ではなく率直にありのままの気持ちを彼に伝えたのだ。
だが結果としてスグリからは、「付き合うという行為自体が嫌である」と、ただ断られるより難しい現実を突きつけられてしまった。
「ま、誰かのモンになるよりはマシだよなぁ」
なんとか前向きな感想を吐き出すものの、沈んだ心はまだサルベージできそうにない。オイラは深いため息と共に、勢い良くベッドへ体を預けた。
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あの日以降、カキツバタと顔を合わせるのが億劫....だったが、意外にもリーグ部にいる時の彼は普段通りに見え、いつもと何ら変わりなく思えた。
不安だった俺へのからかいも、特に変化はなくいつもの調子だった。
この間の事を引きずるつもりがないのなら、俺も気にする必要はないのだろうか。
「(普段通りで良いなら、そっちの方がラクだべ。)」
そう結論付けた俺はカキツバタのことは特に意識せず、ポケモン勝負に関する調べ物を始め、関連する薬を棚から探し始めた。
「(えっと、スピーダーは....上か。)」
目当ての薬瓶を見つけた。
だが自分の上背より位置が高く、背伸びをしても取れそうに無い。
仕方ない、脚立でも借りて来よう。そう踵を返した瞬間、何かに全身をぶつけた。
「何探してんだ?」
気がつけば、先程まで座って寛いでいたカキツバタが目の前に立っていた。
「えっ…と、何?」
「何って、棚の上の方見てため息ついてたろ。届かねぇならオイラが取ってやるぜぃ。」
「…別にいい。自分で取れるし。」
「遠慮すんなって。部員の手助けも、部長の仕事ってやつだしー?」
普段はしないくせに、なんでまた。でも今から脚立を運んでくるよりは、頼んだ方が早いかもしれない。
「....一番上のスピーダー。」
「おう、任せろぃ。」
ここでカキツバタが棚に手を伸ばすと同時に、思いがけないことが起きる。
棚を背にしていた俺に、彼の上半身が覆い被さったのだ。
図らずも彼の胸に顔が当たる状態となり、俺は思いがけない距離感に思考が上手く働かなくなった。
同時に胸のあたりから、自分の知らない熱が昇ってくるのを感じた。
「....!」
今、俺は顔が赤くなってる...と思う。何でかわからない。
唯一わかるのは、ここで身体を離されたら、カキツバタにまたからかわれてしまうということ。
それは嫌だ。俺は顔を、なんとか隠したくて、隠したくて....。焦って顔上げると、まずす彼の胸へ顔を埋める状態になってしまった。
「(こ、これじゃ.…!)」
鼓動が跳ね上がる。音がうるさい、静かにして。自分の心臓なのに言うことを聞いてくれない。今すぐ離れなきゃ。でも、離れたら顔を見られるかもしれない。俺は胸の音が治まるよう祈りながら、このまま耐えることしか出来なくなった。
「(.…?)」
ふと、自分の鼓動以外の音が聞こえることに気付く。耳を澄ますと、大きな規則音が正面から聞こえてくる。その音の持ち主は、目の前にいる彼だった。
「(もしかして、カキツバタも…?)」
いつも飄々としているカキツバタの激しい鼓動。同じか、それ以上の音がする。俺の鼓動も、ますます鼓動が加速していく。そのせいで、あれだけ信じられなかった彼からの気持ちと、初めて知った彼への気持ちをいまさら自覚してしまった。あの時のカキツバタの告白は、本気だったのか。からかうとかおちょくるとか、そんな低次元な物ではなく、彼にとっては真剣そのものだったという話か。.…俺はなぜ、少しも信じられなかったのだろう。普段の行いのせい?正直それもなきにしもあらず、だ。彼のからかいにはいつも困らされている。ただ少なくとも、あの時のカキツバタは真っ直ぐ俺を見て気持ちを伝えてきた。そんな彼を俺は、まさかありえないと決めつけ、厳しい言葉で退けてしまったのだ。
「ほれ、スグリ。」
「う、うん.…。」
スピーダーを受け取る手が、少し震える。渡すカキツバタの手に触れた時、俺は自覚した自分の気持ちに正直になろうと決めた。
「カキツバタ、俺な…。」
「んー?」
頭の後ろで腕を組み、いつも通りを装うカキツバタ。まだ気恥ずかしさで直視できないけど、俺は伝える。伝えなきゃダメだ。
「あの時は俺、また.…からかってるんだと思ってた。」
「あの時って、.…オイラが告白した時か?」
「そう。だから、嫌だって言った。」
そう言うと、カキツバタは何か腑に落ちた顔をする。
「あー…、アレってそういう…」
彼はそう呟くと、一人納得して笑顔になった。よく分からないけど、何かの心配事が解決したみたいだ。
「その、今更だけど.…俺もカキツバタの事、好き、みたいだべ。」
ちらりとカキツバタの顔を見ると、少し驚いた顔をした。そして、照れた顔を隠すように頭を掻き出す。
「.…いつでも声掛けろって言ったろい。」
隠したつもりの顔は、ほんの少し赤らんでいるように見える。「ならカキツバタ、俺と付き合ってくれる?」
いつのまにか、限界まで跳ね上がっていた鼓動は穏やかになっていた。相手に気持ちを受けとめてもらうのは、とても心地が良い。
カキツバタは何も言わず抱き締めてきた。それだけで嬉しそうな気持ちがひしひしと伝わってくる。だから俺も、何も言わずに抱き締め返した。
今、俺は最高の笑顔になってる.…と思う。