くのたまちゃん「生間!」
LINEグループに投下されたこの単語が、私たちの集合の合図だ。
忍者が敵地から無事に戻って報告するっていう意味らしい。「死間」は決死の覚悟で敵地に潜入することなんだとか。誰が言い始めたか覚えてないけど。
「死間」って投下されたら、行きたくない出張に行くとか、嫌いな上司に呼び出されたとか、彼氏から別れ話の予感とか。
「生間」は、そんなピンチから生還したから愚痴も泣き言も聞いてっていう意味で、使ってる。
金曜夜十時前。電車も動いてるし、店もギリ開いてる。
服も化粧も適当で許されるメンツだ。最悪、バッグには財布とスマホ、それとリップ一本あればいい。
集合場所はいつものところ。
「今家出た」「私はあと二十分で着くよ!」「シャワー浴びちゃったから遅くなる〜」
LINEグループが一気にかしましくなる。
室町時代のくのいちは、戦乱の時代の中で美しく強かに生きたらしい。
時代が流れ現代になっても、女の生き方は変わらない。未だ蔓延る男たちの権力や、理不尽な扱い。ままならない人間関係や恋愛トラブルに傷つきながら。私たちは常に、何かと戦いながら生きていく。
学生時代が終わり、社会に飛び込み、ばらばらになってもこうしてお互いのピンチには駆けつける。
「で、なんで集合場所が毎回毎回僕の家なんだ?」
遠慮なく、ひっきりなしに増えていく来客。僕、川西左近は苦言を呈すが、耳を傾けるものは誰ひとりいない。
「ワイン飲む人ー!あ、亜子の好きなチューハイこれでしよ?おシゲちゃんはノンアルね」
「生ハムとチーズ買ってくればよかった〜」
「じゃーん、買ってきました!」
「わっ、これD&Dのやつでしょ、ユキちゃんさっすが」
「ソウコは腹ぺこでしょ?ポテトLサイズ5個も買っちゃった」
家主を隅に追いやり、女子共は着々とパーリィナイトの準備を進めていく。
大学を卒業して早数年。貯金もでき、社会人らしいすこし手広な家に引っ越した。しかし、それが間違いだった。
この腐れ縁の女子たちは元々、何かあれば適当な店に集まっていたらしい。
しかし、総勢十一人。毎回全員集まれなくても、これだけの人数を収容できる店は限られてる。それに彼女たちも、帰るのが面倒だのお金かかるだのというわがままの末、たどり着いたのがなぜか僕の家。
曰く、全員が集まりやすい場所かつ、周辺にコンビニやスーパーがあり、気楽で広い空間、らしい。
自堕落のために選んだ立地諸々と彼女たちの快適さが見事に合致してしまった。悲劇である。
我が家にはなぜか彼女たちが持ち込んだシャンプートリートメント、メイク落とし、ブランケット、クッションなどなどが溢れている。理不尽にも程がある。
「なんて顔してんのよ、ほら、洗濯物畳んどいたからしまっちゃいなさい」
「この前歯磨き粉切れかけてたから買っておいたわよー」
「箱ティッシュも!」
「キッチン掃除しといたから」
「掃除くらい週一でかけなさいよ」
もはや母親と化した友人らのおかげで、パーティー後の僕の家はいつも以上に片付き、掃除が行き届き、あらゆるものが補充されている。なんなら三日分のおかずが作り置きされているときもある。
僕は叫ばざるを得ない。
「ありがとう! 家は好きに使ってくれ!」
彼女たちが勝手に選び勝手にリビングに設置されたテーブルには、パックの惣菜やおしゃれなおつまみやマックのポテト、その他酒類ジュース類が所狭しと並べられる。
僕はご相判に預かりながら、彼女たちの話を、邪魔にならないよう聞いている。
今日はミカだった。彼氏について語り始めたから、てっきり惚気話かと思ったのに、急に泣き出すから驚いた。
別れを切り出されたらしい。
「え?別れたの?なんで?」と隣のアヤカにこっそり聞いたら、
わかってないなぁと言いたそうな大きなため息をつかれてしまった。
同じ言語で話しているはずなのに、なぜか時々彼女たちが何を話してるのかわからなくなる。ユキ曰く「だからあんたはカノジョできないのよ」らしい。余計なお世話だ。しかし、彼女にはひとつ年下の彼氏がいるのでぐぅの音もでない。
ふいにインターホンが鳴った。
追加メンバーか。今ここに来ていないのは……と考えるより先にドアが開いた。
「え、猪々子!?」
それは絶対あり得ない顔だった。
「今夜って久作と……」
猪々子には久作という彼氏がいる。毎週金曜日は仕事終わりに食事して、レイトショーの映画を観ることがもはや二人のルーチンワークのはずだ。
ちなみに、デートではなくルーチンワークと呼んでいるのは二人のやりとりにカップルのラブラブさが微塵もなく、どう見てもビジネスパートナーのそれだからなのだが、本人たちは楽しいらしい。
「ミカが彼氏と別れたんでしょう?来なくてどうするのよ」
「いやぁ、でもお前らしょっちゅう彼氏と別れた浮気されたとか言ってんじゃん……」
「ミカは四年も続いてた彼氏なのよ?」
さすが、彼氏との交際歴が十年になりそうな女の説得力は違う。
「それと、久作から「大学時代に貸した参考書早く返せ」って言伝も預かってきたから」
久作が快く送り出した理由もよくわかった。僕はいそいそと、本や書類がうず高く詰みあがった部屋の一画を睨み、覚悟を決めて捜索に繰り出す。
今夜は長くなりそうだ。なんせ、総勢十一人が見事揃ってしまったのだ。さすがの我が家もぎゅうぎゅうだ。
そこに、さらなる来訪者が。
新メンバーか!?と身構えていると、そこにいたのは、死ぬほど似てない久作の双子の兄、旧作だ。
「お前が突然うちに来るということは……」
「ご明察。ご注文ありがとうございました」
斜向かいに、尾浜先輩が開いた無国籍料理店がある。そこでバイトをする旧作は、近場なので特別に配達もしてくれる。女子一同から教わったことなんだけど。
玄関先に搬入された量を見て、もはや頭がくらくらした。一体、何時まで飲み食いするつもりなんだろう。
尾浜先輩の料理は美味しいし、余れば僕の数日分の食料になるから文句は言わないけれど。まさか、二、三日泊まる気じゃないだろうな。僕はスマホのカレンダーアプリを確認した。なんと明日から三連休だ。
「あ、そいや今日卯子いる?」
旧作の質問に、僕より先に亜子が答える。
「卯子もいるよ。卯子ー、旧作が呼んでる」
「なんだ?」
飲みかけのコップを持ちながら、卯子がやってくる。
「この前店に三反田先輩来てさ、お前がLINEの既読スルーしてんの気にしてたぜ」
三反田先輩のワードで真っ赤になった顔が、既読スルーで真っ青になった。
側から聞いていた女子たちが、一気に立ち上がる。
「既読スルーってどういうこと!?」
「てか卯子まだ三反田先輩と付き合ってないの」
どうやらメッセージだけ打って、送信するのを忘れていたらしい。さっきまで号泣してたミカでさえ、この卯子と三反田先輩の問題に参加してる始末だ。
やっぱり、女子の考えてることはわからない。