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    yae_suehiro88

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    現代陰陽師パロ④4. 相棒


    「それじゃあ、次の波に乗ろうか」
     信房の声は、冒険を前にした子どものように弾んでいる。
    「なんだか、謎解きに興じるホームズみたいですね。信房様」
    「お、それじゃきみが俺のワトソンくん?」
    「……なんでもいいけど、大包平様に叱られる前に戻りましょう」
    「あはは、了解。それじゃあいっくぞ〜、ゴ〜ゴ〜ゴ〜!」

     ──こうして、中庭を抜ける信房に付き従った私は、漏剋部門の棟へ辿り着いた。

     耳を澄ませば、規則正しい水音がぽとり、ぽとりと響いている。爽やかな涼風が吹き渡るなか、紙の束を抱える事務官や式神たちが、忙しげに行き交っていた。

     この国の時刻を定めているのは、漏剋棟に据えられた、大きな水時計である。

     これを日夜休みなく記録し、寸分の乱れもなく保つのが、漏剋部門の肝要な役目だった。
     昼夜を問わない仕事ゆえに、人手が常に求められる現場だ。さぞかし苛酷だろうと思いきや、そこは穏健な粟田口派の取り仕切る部門である。人員も式神も潤沢に備わり、むしろ他部門に比して快適だと評判だ。

    「……あ! 信ボー!」
    「信ノンっ」

     漏剋棟の扉を開けるや否や、小さな影が弾むように信房に飛びついた。

     彼は信濃藤四郎。見目こそ少年のようだが、私達よりはるかに長い時を生きてきた式神である。信房とは馬が合うらしく、暦棟に遊びに来ている姿を見かけたことも、一度や二度ではない。

    「やえちゃんも、こんにちは」
     と明るく話しかけられて、慌ててぺこりとお辞儀を返した。

     日付を司る暦部門と、時を刻む漏剋部門は、陰陽寮の中でも比較的相性が良い。
     そのためか、陰陽棟のように門前払いを食うこともなく、すんなりと迎え入れられたことに、私はひそかに胸を撫で下ろした。

    「それで、ふたりともどうしたの? 鬼丸さんやいち兄になにか用事?」
     こちらが口を開くより前に、穏やかな声が耳を打つ。

    「おや。暦部門からのお客様ですか」
     現れたのは、漏剋部門の陰陽師である粟田口一期──別名、陰陽寮の王子様だ。

     水色の髪に、爽やかな笑み。穏やかで洗練された佇まいは、場の空気をひと息に和ませてしまう。

    「突然ごめんね、いっちゃん。聞きたいことがあってさ」
     にっこりと笑いかけた信房に、一期さんは
    「ええ、私でよければ」
     と、拍子抜けするほどあっさりと頷いた。
     ギスギスしがちな陰陽寮で、漏剋部門が一種の清涼剤のような役割を担っているのは、ひとえに一期さんの存在が大きいのだろう。

     信房が言った。
    「螢惑星のことだけど。水時計に乱れはなかったんだよね」
     浅く頷く一期さんは、あらかじめ、聞かれることを予期していたようだった。
    「間違いありません。──ちかさん」
    「はぁい」
     そばに控えていた事務官の女性が、阿吽の呼吸で一束の資料を差し出す。
    「ありがとうございます」
     微笑んでそれを受け取った一期さんは、ぱらぱらと指先で頁を繰った。
    「何度も検証を重ねましたが、当夜を含む直近の観測において、不審な点は一切確認されておりません」
    「他の天体の動きには?」
    「乱れはないと聞いております」
    「分かった。それじゃ、もう一つ質問」
     信房がゆるやかに首を傾げる。
    「陰陽棟の改修工事の記録はある?」
     一期さんの蜂蜜色の瞳が、僅かに見開かれた。
    「陰陽棟の、ですか」
     返す声には、驚きがかすかに滲んでいる。

     黙って見守る私も、実のところ一期さんと同じ気持ちだった。
     確かに、漏剋部門はその性質上、時の観測のみならず多くの記録を保持している。
     けれど、改修工事のことなど、どうして信房は問うのだろう。

    「うん。今回はとくに長引くみたいだけど、直近の工事の様子も確認したくて」
    「……かしこまりました。少々お待ちください」
     一期さんの視線がすっと脇へ流れる。
     合図を受けた事務官のちかさんが、ぱたぱたと軽やかに駆けていった。
    「雲生さん! 陰陽棟の工事の記録ってありますか!?」
    「ちかさん、危ないので走らないで……それから、恐らく、その記録は雲次が──」
    「うーん、確かにあったね。場所は彩が覚えてると思うんだけど」
    「えっ私!? ど、どこだったっけな……!」
     慌ただしくも仲睦まじいやり取りが遠くから響いてくる。「俺も行くよ!」と駆けていく信濃くんの背を見送りながら、信房が愉快そうに笑った。
    「いつ来ても雰囲気がいいね、漏剋は」
    「おかげさまで。……しかし、なぜ改修工事の件を……」
    「ああ、ちょっと気になったからさぁ。ウチも陰陽の次に古いからね、そろそろ予算の申請しとかないとな〜って」
    「……そう、ですか」
     一期さんの瞳が僅かに揺れる。淡く色づく唇が、何かを言おうと薄く開いたそのとき、
    「いちごさん! ありました!」
    「……あ、ありがとうございます」
     一冊のファイルを抱えて、ちかさんが息せき切って戻ってきた。
    「いっちゃん、見せてもらってもいいかな」
    「ええ……どうぞ」
     私たちは肩を寄せ合うようにして、その資料を覗き込んだ。
     ここ一年の工事の様子が、細かな日時とともに整然と記されている。
    「……仮棟へ移動したのは、ほんの数日前のことなんだね」
     信房が、静かに呟いた。
    「ええ。水回りの修復ですので、どうしても時間がかかるようで」
    「ふうん。……でもさ、水回りの工事って、五年前にもやってるよね?」
    「え? ああ……本当ですね」
     信房が指で示した先には、確かにその記録が残っていた。
     私は首を傾げて言う。
    「陰陽棟って広いですし、一度には直せなかったんじゃないですか? それか、また壊れてしまったとか」
    「そうだね。その可能性はある。けれど前回の工事では、棟を移動しなかった」
    「……前よりもっとすごい工事とか……?」
     言いながら、次第に語尾が小さくなっていく。的外れなことを言っているのだろうなと、自分でも思ったからだ。

     信房と一期さんの視線は、ただ、記録に注がれている。
     まるで、私には見えない何かを見つけようとしているようだった。

    「……ちかさん、分かりますか?」
    「わ、分かんない……」
     どうやら、置いていかれているのが私だけではないらしい。こっそり安心していると、パタン、とファイルを閉じる音がした。
    「ありがと、いっちゃん! 助かったよ〜」
    「いえ。……なにか、分かりましたか」
     一期さんの問いは、慎重に言葉を選んだものだった。その気遣いを含んだ声音に、信房はにこっと笑う。
    「うん! 水回りの改修工事は時間がかかるってこと!」
     きょとんと目を丸くした一期さんは、思わずと言った様子でちかさんと顔を見合わせた。
     しばし見つめ合ったのち、二人の口元が柔く綻ぶ。
    「──ふふ。そうですか。それは何よりです」 
     そのとき、伸びやかな声が場を横切った。
    「おーい。備前のお兄さん」
     振り向くと、そこには水色と白の装束をまとう男が立っていた。人好きのする笑みと、空を映したような瞳。特徴的なインカムから察するに、鵜飼派の式神である雲次だろう。
     傍らでにこにこと笑みを浮かべている女性は、彼の術者だろうか。
    「お困りごとは解決したかな」
    「バッチリだよ〜。ありがとう」
    「それはよかったです! ね、雲次さん!」
    「そうだね、彩。力になれたなら何よりだ」
     あや、と呼ばれた女性は、両の手を合わせ、ぱあっと花の咲くような笑みで頷いた。
     この部門は、誰も彼もみな人が良いようだ。
     やがて、彩さんから私たちへと視線を移した雲次が「ところで」と口を開いた。
    「この後のご予定は?」 
    「天文部門に行く予定だよ〜」
     翻って、うちのホームズは随分気ままだ。
     彼はどうにも、どこへ行こうが私がついてくると確信している節がある。事実なので、まるで反論の余地がないのが少し悔しい。 
     私達の帰りを待っているだろう大包平様に、心の中でひたすら頭を下げていると、雲次の「それなら、ちょうど良かった」という明るい声が響いた。
     彼はひらりと一枚の紙を差し出す。
    「ついでと言ってはなんだけど、これを天文部門に渡しておいてくれないか」
    「雲次さん! だめですよ、お客様にそんなことっ」
     彩さんが慌てて彼に詰め寄る。
    「大丈夫ですよ。本当についでですから」
    「で、でも……」
     迷って口を濁す彼女の肩を、雲次がぽんと叩いて言う。
    「ね、こう言ってくれてることだし」 
    「雲次さん〜……」
    「へえ、面白いね。これは日時計の調査報告?」
     ひょいと紙面を覗き込んだ信房が尋ねた。
    「そう。僕や雲生は天文部門にいたこともあってね。水時計以外にも、空模様から予測できることは色々あるんだ」
     そういえば、鵜飼派は元は天文部門に仕える付喪神だった。私が思い出したと同時に、信房が素直に問いかける。
    「どうして漏剋部門に来たの?」
     雲次は、さらりと髪を流して微笑んだ。
    「ま、惚れた弱みってやつかな」
    「へ?」
    「僕の術者は彩だから。彼女がここにいる以上、僕もここで雲行きを追うよ。なかなか興味深いことも多いしね」
     何気なく言う雲次の隣で、彩さんは気の毒なほど固まっている。
    「うわ〜熱烈……」
     ぽつりと呟いたちかさんに、雲次が愉しげに視線を走らせた。
    「そう? 君達も似たりよったりだと思っていたけど」
    「はっ!? なにが!?」
    「……はは、これは一本取られました」
    「いっいいいいちごさん!?」
     ……どうやら、この部門の仲の良さには色々と理由があるようだ。
    「えーと……そしたら、報告書は預かっていきますね」
     私達どころではなくなったらしい面々に小さな声をかけ、そそくさと部屋を後にする。


     外へ出れば、陽射しの勢いが幾分和らいでいた。夕刻が近いのだろう。
    「──それで、天文部門には、何を聞きに行くんですか?」
    「へへっ、それはついてのお楽しみだよ、ワトソンくん」
    「……大包平様に怒られちゃいますよ」
    「そしたら一緒に逃げちゃおうか」
    「はぁ……」
     一緒に、か。
     伸びる影を踏みながら、私は信房の後を付いていく。
     過ぎゆく夏を惜しむような、細い蝉の声が遠くから聞こえた。
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