陰陽師パロ 後日談その② 秋めいてきたある日、楓の木の下に座りながら、私はポツリと言った。
「もしもさ、私が他の術者に惚れたら、信房はそっちに行かせてくれるのかな」
「……なんだそれ」
近くにいた笹貫が、呆れたように肩を揺らす。
「そもそも、他の術者のところになんか行けないだろ?人に見紛うほどのレベルで顕現を保ってくれるのは、信房だけだと思うけど」
「それは分かってるよ」
思わず、眉を寄せた。笹貫のことは嫌いではないが、しれっと信房のことをよく分かっている感を出すところは気に入らない。
その昔、八重桜に取り憑いていた私は、正直それなりに悪さをしていた。生前陰陽師だったこともあり、霊力だけはあったのだ。それこそ、怨霊と噂されるくらいには人間の恨みを買ってきた。
そういうわけで信房は、私を怨霊上がりの式神だと紹介できず『人』として近くに置いている。彼としては、そろそろ関係を公にしてもいいと思っているようだが、私はこのままが一番気楽だ。だからこそ、信房のそばを離れるわけにはいかない。
笹貫は、そこまでの事情を把握しているのだろう。不可解そうに首を傾げる彼を見上げて、私は言った。
「だけど笹貫のことは手放したでしょ? なら私のこともそうするのかなって」
「……ふうん。なるほどね」
笹貫がはっと喉を鳴らす。
「要は『私は引き留められたい』って話か。もっと言えば、オレと信房の仲に、まだ妬いてるわけだ」
「…………」
「素直だねぇ。……ま、特別になりたいって気持ちは分かるが」
自らの術者を思い出したのか、笹貫の横顔がふっと優しい空気を纏う。秋風に、黒髪がふわりと揺れた。
「……信房に聞いてみようかな」
「やめときな。駆け引きできるタマじゃないだろ」
そのとき「やえちゃーん」と朗らかな声がした。信房が、手を振りながらこちらへ歩いてくる。「……やめとけって」と苦笑交じりの囁きは、私の耳に入らない。
「ねえ信房。聞きたいことがあるんだけど」
「んー?」
「もしも私が大包平様に惚れたって言ったら、信房は送り出してくれる?」
ぱちりと、信房が目を瞬かせた。間のびするくらいの静けさが流れ、その隙間を埋めるように鼓動が速まる。しかし、口にしてしまった言葉を今さら引っ込めることはできない。
「……う〜ん。そっかぁ。……どうしようかなぁ」
やがて、信房はいつもの調子で微笑んだ。そうして腰を落とし、私の目線と同じ高さまでしゃがんでくる。
「もしも本当に、やえちゃんがそうしたいなら。俺が行かせないことで、やえちゃんが苦しくなるなら……行かせるしかないかもね」
……優しい言葉だ。分かっている。けれど、欲しい答えではなかった。重い石が頭に落ちてきたようなショックで、思わず俯きかけた私の頬を、大きな手が包み込む。
「でもね。ほんとは、すごく嫌だ。今だって、想像するだけで苦しいくらい」
「……え?」
「だからさ、やえちゃん」
信房が、柔らかく微笑んだ。
「『もしも』なんて言わないでよ。……やえちゃんは、俺のこと、好き? それとも、誰かのところに行っちゃいたい?」
その問いに、顔が一気に熱を帯びる。
ぐっと堪えようとしたけれど、だめだった。
「……すき。好きだよ。ごめんなさい……ちょっと、試してみたかっただけ……」
取り繕うこともできず、気持ちが素直に零れていく。信房はふわっと嬉しそうに目を細め、それから大袈裟に肩を落とした。
「はぁ〜、おぼげだちゃ〜…… いきなり言うから、ちょっといじけちゃったよ、俺」
「え?」
「ね。もうちょっとだけ、いじけてていい?」
そう言って、信房は不意に私を抱き寄せた。あたたかい陽だまりの匂いに、すっぽり包みこまれてしまう。
「誰にも渡したくないよ。……ずっと、俺のそばにいて」
赤い楓の葉が、風に乗って一枚、二枚と舞い落ちた。
笹貫の大きな溜息は聞こえないふりをして、彼の腕の中で、静かに目を閉じるのだった。