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    yae_suehiro88

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    現代陰陽師パロ⑥6.八重桜


    「キミ、人間じゃないね。──古備前信房の式神だろう」
     そう言われた瞬間、身体が石のように強張った。顔から血の気が引いていく。平衡感覚が無くなって、くらりと世界が歪んだ気がする。
     屈めていた姿勢を戻し、後家兼光は、顎に手を添えて興味深げに目を細めた。
    「それにしても、ここまで人と同じに見せるとはすごい術だよね。ボクも初見では分からなかったよ。まあ、違和感はあったけれどね。小竜景光も同じ匂いがしたって言ってたから、一応、なんとなく察しはついて──」
     その時だった。突然、ぶつりと何かが切れるような音がする。
     そうして強い力で手首を掴まれ、思い切り引き寄せられた
    「──随分だな」
     信房が、私を庇うように立っていた。
     瞳から穏やかな光が消えて、声が冷たく沈んでいる。対して、後家兼光はにこやかな笑みを崩さなかった。
    「へぇ、術を解いたんだ。さすがは古備前家の陰陽師。まあ、その力をもってしても、一介の式神をここまで人に擬態させるのは大変だろうね」
    「関係ないだろ」
    「いいやある」
     信房の眉間に深く皺が寄った。後家も、もう笑ってはいない。真剣な顔を突き合わせて、男達は暫し黙った。
     やがて、信房の手がふっと印を結ぶ。その途端、私の唇は嘘のように軽くなり、「あ」と小さな声が漏れた。どうやら術を解除してくれたらしい。
     私の頭にぽんと手を置きながら、信房が、はぁっと溜息をついた。
    「……依里ちゃん。今度から術をかける前に話し合おうよ」
    「ごめんごめん、緊急事態だったからさ」
    「ん〜、さっきからそればっかりだなぁ。どういう用件なの?」
    「キミの式神の話だ」
     信房と私が思わず顔を見合わせると、後家は「違う違う」と手を振る。
    「彼女じゃなくて。男の式神だよ」
    「男……?」
    「うん。とはいえ、縁はほとんど切れてるし、結界が強化されている関係で顕現も危うい。急がなきゃ本当に彼は消えてしまう」
     信房の瞳が大きく見開かれた。私の手首を掴む手に、一瞬強い力がこもる。思わず息を呑んだ私に気付いたのか、すぐに「ごめん」と謝られたけれど、その顔には見るからに動揺が走っていた。
    「信房様……?」
    「時間がない。とにかく急ごう」
    「……分かった」
     走り出した後家と術者を、いまだ整理のつかない頭で追いかける。何が起きているのか全く分からないが、信房の横顔には重い緊張感が走っていた。
     ふいに、その表情が、かつての記憶と重なっていく。


     後家兼光の言う通り、私は人間ではない。
     正確には、元は人間だった。一度死に、式神として、信房に呼ばれてここにいる。

     彼と出会ったのは、本当に偶然だった。
     春の夜、八重桜の大木の上で漂っていた私に、彼が語りかけてきたのだ。
    「きみは、桜の妖精さん?」
    「……そんなに良いものに見える?」
    「うーん。実は俺、依頼で怨霊退治に来たんだけどさ。……怨霊って呼ぶには惜しいかなぁって」
     にこにこと人懐こい笑みを浮かべる男を、桜の枝の合間から思わず凝視する。
    「……まさか、口説いてる?」
    「へへ、そうかもね〜」
    「あんた、古備前の御曹司でしょう」
    「詳しいね。きみも、元は陰陽師だったのかな」
     咄嗟に言葉に詰まった私へ、彼が両手を広げた。
    「ほら、そんな上にいないでこっちにおいでよ」
    「……そう言って退治するんでしょ」
    「しないしない。あ、そうだ。俺は古備前信房。きみの名前は?」
    「な……名前言ってもいいの!? そんな簡単に!?」
     霊に名前を明け渡すなど、正気の沙汰ではない。そうしたところで負けるわけがないという自信があるのか、それとも本当に狂人の類なのか。戸惑う私に、古備前信房は優しい眼差しを向けてくる。
     春風が、さあっと花びらを散らした。
    「……名前なんて、もう忘れたよ」
     呟くと、信房は小首を傾げて笑った。
    「それなら俺がつけてあげる。八重桜のやえちゃん。──ほら、俺が名前をつけたから、もうきみは俺のものだ」

     あの日から、私は信房の式神として共にいる。
     そういえばあの夜、彼は確か、こう言っていた気がするのだ。

    「俺の式神、いなくなっちゃったんだ」──と。



     四人がいなくなったあと、静まりかえった回廊に、一つの小さな影が落ちた。
    「……違うよ」
     ぽつりと、幼気な声が響く。声の主は、齢六つくらいの少女であった。切り揃えられた髪を揺らしながら、少女はじっと前を見つめる。
     やがて、
    「……あれはもう、兄様のものじゃない。唯子のだもん」
     静かに、そう呟いた。
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