真夏のデパート冷房の効いたデパートの化粧品売り場は真夏という季節のせいか、いつもより賑わっている。きらきらしたショーケースの前には、コスメの新作を買い求める女性たちが並んでいた。
私はまだ夏のボーナスに手をつけていなかったこともあり、ずっと気になっていたブランドのお店で商品を眺めたり、カウンターでタッチアップしたりと買い物を楽しんでいた。
「うーん……迷うなあ……」
「どちらのお色もよくお似合いでしたよ、お客様」
「……もう少し考えてもいいですか?」
「うふふ、ゆっくりお選びになってくださいね」
ピンクのアイシャドウと、オレンジのアイシャドウ。どちらもかわいい。持っている口紅やチークに合わせるならどれがいいかなと思考を巡らせていると、どこかから聞き覚えのある声がした。
「……あれ、サニー?」
振り返ると、向こうのカウンターにサニーがいた。波打つ四色の長い髪は今日も見事に整えられていて、その存在だけで辺りの空気が華やかに感じられた。
「よ、買い物か?」
「うん。ちょっといい化粧品でも買おうかと思って」
「へえ、いいな」
サニーはいつもどおり、気取ったようでいて気さくな笑みを浮かべていた。
「サニーも何か買いにきたの?」
「まあ俺は美しいから確かに必要ないけど?髪型や服に合わせて使うことはあるし」
相変わらずの自信家ぶりに、思わず笑ってしまいそうになった。
「ね、じゃあさ…このアイシャドウ、ピンクかオレンジで迷ってるんだけど、どっちがいいと思う?」
「そうだな…どっちの色もいいけど、このピンクは色合いと繊細なラメが上品な感じがするし、オレンジはいつも使ってるブラウン系のアイシャドウよりも明るく見えて普段使いしやすそうだからいんじゃね?」
はっとしてサニーの顔を見た。
私が普段使っているアイシャドウのことを知っているなんて、思っていなかった。そして的確なアドバイスに思わずうなった。
「なるほど……うーん……んー………よし! オレンジにします!」
「かしこまりました」
「……んでそっちにしたんだ?」
「サニーの意見を参考にして、普段使いしやすい方にしてみようかなって」
「ふーん……」
よろしければ試供品もどうぞ、などと和気あいあいと店員さんと話す。商品の入った小さな紙袋を受け取ろうとすると、サニーが静かに口を開いた。
「……買おうか、そのピンクのやつ」
「え?いいよ、そんな」
「いいって。この間の花の礼」
さすがに悪いからと口を開く前に、サニーは店員さんに声をかけた。
「これ、二つとも包んでくれ」
「はい、かしこまりました」
「……いいの?本当に?」
「何度も言わせんなよ」
店員さんがオレンジとピンクのパレットをまとめて新しい紙袋に入れ直す。
その間、サニーは何でもないふうを装って店内を見回していたが、ふと私の方に目を戻した。
「ありがとう、嬉しい」
「……なあ、代わりといっちゃなんだけど、俺の買い物にも付き合ってくんね?」
「うん、いいよ。私もサニーが選ぶもの見てみたい」
そう答えると、サニーの表情がほんの一瞬だけ緩んだ気がした。
それからの数時間、サニーと一緒にまわった店はどれもセンスがよくて、何より彼がいろんな角度から物を見て選ぶのが楽しかった。
服、小物、香水……彼が試しに手に取るたびに、私の目線も自然とその先を追っていた。
気づけば、もう夕方。窓の外にうっすらとオレンジ色の陽が傾き始めていた。
「今日はありがとう。すごく楽しかった」
「ああ、こっちこそありがとな」
帰るタイミングだと思い、じゃあまたねと声をかけようとすると、サニーは頭をかきながら、いつになく静かな声で言った。
「……メシでもいかね?」
「……え?」
予想外の一言に、私は固まってしまった。サニーは「んだよ、そんな顔」と少し不満そうな顔をした。
「俺が誘ってんだ。来ない理由あるか?」
少しだけ頬が赤くなっているように見えたのは、夏の暑さのせいだろうか。
「……そうだね、せっかくだし……ご一緒させてもらおうかな」
そう言って微笑みかけると、サニーも嬉しそうな笑みを浮かべた。