薊お題 花言葉から「独立、安心、厳格 」
インドラ神がカルデアに来て二ヶ月が経過した。
本神は酒を飲みに食堂へ赴いてみたり、シュミレーターを用いて散策したり、美しい女性へ声をかけてみたりと、すでにカルデアでの生活に馴染んでいるようだ。
「はぁ」
(どうしたものか)
しかし、アルジュナはといえば未だ父神との距離感を測りかねていた。
周りに迷惑をかけないよう見守りは続けているが、なかなか声をかけるきっかけが掴めないでいる。
「どうしたアルジュナため息なんかついて。腹でも空いたか?」
「わ、ちょっ、止めてください兄様!少し考えごとをしていただけで、お腹も空いていません」
「そうか?腹が空いたらいつでも言えよ。美味えもんたらふく食わせてやるからな!」
「はい。その時には声をかけます」
兄であるビーマは、こうして気軽に声をかけてきてくれるので(気恥ずかしさはあれど)対応しやすい。
アルジュナオルタはあり方が違えど元は自分なので思考が読みやすいし。カルナとも、円滑かはともかく、長い付き合いなのでコミュニケーションを取ることに慣れてきた部分がある。
だが、親から独立して久しい身としては今更職場へ父親が来てどういった態度でいれば良いのか悩んでしまう。
そもそも、相手は血縁とはいえ最高神級の神。半神である自分とでは身分も考え方も違う。
あの特異点での出会いを経て、彼の神へ尊敬の念を抱き、手解きを受けたいという気持ちが芽生えたが、果たして自分の尺度で声をかけても良いものか。
(せめて何かきっかけがあれば良いのですが、なかなか難しい)
カルデアの古参として、神がもたらした数々のトラブルを見てきたため、踏ん切りをつけられないでいる。
「と、いう訳なのですが」
「ふーん、なるほど。そこまで気負わなくて良いと思うがなぁ、お互いに」
「(お互いに?)ですが、何かあれば私だけではなくインドラ神の信用問題にも繋がります。不用意なことはできません」
心配して声をかけてくれた兄に最近の悩みを打ち明けてみれば、あっけらかんとした答えが返ってきたが、納得できない。
ただでさえインドラ神は無断で居着いているようなものなのだから、身内として不信の種を撒くようなことは避けるべきだろう。
と、不意に頭上へ影が差し、何かが頭部へ触れた。驚き身を離せばパチッと静電気が弾け、微弱な痛みを覚える。
「……インドラ神?何かご用でしたか?」
「……」
気配をさせず背後に立っていたのは話題の神だった。空中で止まっている手を見てようやく、頭に触れたのが彼の手であったことを知る。
(なぜ?)
疑問が脳内を占めるが、明確な答えは返って来ず、目線を逸らされた。
「すまん……」
「あ、いえ……」
インドラ神の背後ではヴァジュラたちが両手を握り「頑張ってくださいインドラ様!!」と応援をしているが、何に対してなのか分からずアルジュナの困惑は深まるばかりだ。
「あー、その。おまえの努力を労おうとしたのだが……嫌、だったか?」
「いえ、そうではありません。驚きはしましたが」
「そ、そうか……」
そのまま押し黙ってしまったインドラ神にこちらも無言になってしまう。と、横で成り行きを見ていた兄がアルジュナの背を軽く押し、一歩インドラ神の方へと寄せた。
「もう一度仕切り直してはどうですか?アルジュナも良いか?」
「え、ええ。どうぞ」
「う、うむ……では」
鶴の一声で場が動く。ゆっくりと持ち上がるインドラ神の手が微かに震えて見えるが、無理をしているのではないだろうか。
さわっ。
風が撫でるように軽く指先が髪を掠めていく。それからずいぶんと間を置いて今度はしっかりと地肌に触れる強さで掌が髪に埋まり一度、二度と左右に揺れた。
(それにしても、どうしてこのようなことを。誰かに変なことを吹き込まれでもしたのでしょうか?)
厳格な神だと思っていたアルジュナは戸惑うが、嫌ではない。自身よりだいぶ大きく温かな手に触れられるのは寧ろ安心する。
「あ……」
「ど、どうした……やはり嫌だったか」
離れていく手に声を上げてしまう。眉を寄せているインドラ神に逡巡したが、笑って頷いてくる兄を見て決心する。
「その、もし宜しければもう一度だけ撫でて頂いても?心地良かったので」
「……」
不敬と一喝されることを覚悟しての発言だったが、インドラ神は何故か顔を真っ赤にして固まってしまった。
「あの、どうかなさいましたか?」
「…………」
「えっ」
声をかけた途端長身が目の前から消失した。恐らく霊体化したのだろうが、何故このタイミングで?
「今回も駄目だったかー。あとちょっとだったのに」
「精進千万(次は成功すると良いですね)、では、我々も失礼致します」
困惑するアルジュナを置いてヴァジュラたちも行ってしまった。本当に何がしたかったのか分からない。
「やはり催促などするべきではありませんでしたね。不快にさせてしまったでしょうか?」
「嫌な訳ではないと思うぜ?また機会があったら声をかけてみると良い」
「そうでしょうか?」
苦笑して頷かれ、アルジュナは釈然としない気持ちのまま、やはり神の考えは理解できないと首を傾げた。