アネモネお題 花言葉から「儚い恋、君を愛する(赤)、期待(白)、あなたを待っています(青紫)」
ふとした瞬間脳裏に浮かぶのは、目を開けていられないほど鮮烈な稲妻。
「……はぁ」
タブレットを放り投げ、藤丸は自室の机に顔を伏せる。レポートを明後日までに提出しなくてはいけないが、とても集中できそうにない。
つい最近、自身が雷霆神であるインドラへ抱いている感情を自覚してからというもの、藤丸の心中は嵐の如き大荒れだ。
(自分のこととはいえ、あまりにも無謀過ぎるよなー)
相手は神(の中でも上位な王様)で、女好きで、子供も居て、言葉にしつくせないほど魅力的。
ほぼ一般人である自分がお付き合い出来る余地など微塵も見当たらない。
(気づいた瞬間に破れるなんて、儚過ぎないか、オレの恋)
嘆いたところでどうにかなるものではないが、一人でいるとつい考えてしまう。
告白する勇気なんてないのに、愛しさは日々募るばかりだ。胸の苦しさにどうしようもなくなる時もあり、部屋に晩酌の相手として呼ばれる時や、二人きりで話をする時にはつい期待をしてしまう。
至近距離で見つめられ何度変な気を起こしそうになったことか。無防備で可愛い、罪作りな神様。
「おい、人間」
「あ、インドラ様!おはようございます。どうされたんですか?」
部屋の扉を無断で開けて入ってきたのは、藤丸を悩ませている神だった。
今の今まで落ち込んでいたくせに、声をかけられただけで気分が高揚するのだから現金なものだ。
一方インドラは機嫌が悪いのか美しい眉の間に皺が寄ってしまっている。声色も普段より幾分硬いように思われ、藤丸は慌てて側へと駆け寄る。
後ろへ回されていたインドラの腕が正面に来たなと思えば、バサリと押し付けられたのは美しい花束。
(え、なに?)
藤丸は意味が分からず目を瞬かせ、かなり頭上にある尊顔を見上げる。インドラの顔にはもう何の感情も浮かんでおらず、意図が読めない。
「あの、これをオレに?」
「……神の下賜だ。ありがたく思え」
「はい、ありがとう、ございます?……え、あの、待ってください!」
端的な返事だけを残して部屋を出て行ってしまったインドラにますます混乱する。と、まだ残っていたヴァジュラたちが上と下から交互に覗き込んできた。
「インドラ様をこれ以上待たせるなよー?」
「迅速千万(急いでください)」
「え?え?どういう意味?」
「教えてあげないよー!(自分で考えろー!)」
言うだけ言ってヴァジュラたちまで部屋を出て行ってしまう。残された藤丸は、ひとまず花を花瓶へ挿すことにした。
インドラやヴァジュラたちの真意を知るヒントは渡された花束のみ。どうにか答えを知りたいと、藤丸は図書館を訪れていた。
紫式部に相手の名前は伏せて軽く事情を説明し、花のことを調べるのにオススメの本を教えて貰う。
ペラペラとページを捲り、写真に撮っておいた花束と図鑑に載っている花を見比べる。
目的のページはすぐに見つかった。どうやらあの花はアネモネという名前らしい。名前の由来は春風と共に咲くところから。伝説としてアフロディーテの悲しい恋の話もあるようだ。
と、藤丸のもとへ何故か頬を染めオロオロした様子で紫式部が近づいてきた。手にしていた一冊の本をオズオズと差し出してくれたので受け取る。
「花言葉辞典?」
「そ、その……差し出がましい真似をして申し訳ありません。ですが恐らく、こちらがお役に立つのではないかと……」
「ありがとう。オレこういうのに詳しくないから助かります」
ざっと見たところ、アネモネには色ごとに花言葉があるようだ。自分が貰ったのは赤と白と青紫だと写真を確認し、詳しく文字を追っていく。その花言葉の意味は―――
「っ!す、すみません。オレ、今すぐ行かないと!」
「はい。片付けはお任せください」
「え、あ、ありがとうございます。今度改めてお礼に来ます」
慌てて立ち上がり、いけないこととは思いつつ全力で廊下を走る。恐らく彼に与えられた部屋で待っていてくれるはずのインドラに、期待で胸が痛くなる。
自然と顔へは、走っているせいだけではない熱が集まっていた。