自分の命で誰かが助かることが何よりも嬉しかった。自分が存在する意味を見いだせる気がしたから。
助けた人の笑顔を見るのが何よりも好きだった。自分の行いが正しいと肯定されたような気がしたから。
守るべき人達から声援を向けられるのが好きだった。体の奥底から力が湧いてくるような気がしたから。
でも、今はそれら全てが怖い。死ぬのが怖い。自分にそんな弱さが存在することが許せなくて、みんなに申し訳なくて、そんなことは絶対に言えないけど、でも、もう誰かのために命を張るなんてことはしたくない。
それでも、それでもみんなが俺を呼ぶから、俺が行かなくちゃ。俺しか行ける人がいないんだから。だって、だって俺は、強いんだから。
***
暗い闇の中から意識が浮上する。
目を開ければそこには見慣れた病院の天井があった。
どれだけ寝ていたのか、アルヴィス帝国との戦いはどうなったのか、折華は、鋼士郎さんは、
「楓兄!」
焦るあまりベッドから転げ落ちそうになった俺の体を支えたのは
「……折、華」
自分の喉から出た音に驚いた。まともに声が出ていない。生命に関わらない部分はまだ魔力の無理な放出による身体の崩壊から回復しきっていないらしい。
それでも、手足はもうくっついているし、内臓もむき出しではなくなっている。これならすぐにでも前線に戻ることは可能だ。
「俺は……どれだけ、寝てた?……戦況、は?」
前のめりになって質問を投げかける俺を制して折華はゆっくりと現在の状況を話してくれた。
俺は一週間も眠っていたこと、
アルヴィス帝国との戦いはギルドの勝利で終わったこと、
それから
「……これしか、見つからんかってん」
そう言って折華は懐から、鋼士郎さんの面を取り出した。
あぁ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ、分かりたくない、理解したくない、嫌だ、嫌だ、きっと嘘だ、違う、折華がそんな嘘をつくわけがない、じゃあ、本当に、そんな、そんな馬鹿な話があるか、けれど、でも、だって、
「……そう、か……」
騒がしい頭の中とは裏腹に、俺の口から出たのはそれだけだった。
***
俺があの人を殺したようなものだ。だってあの時俺が『使徒』と対峙するような無謀なことをしなければ、もしくは俺がもっと上手く立ち回れていれば
俺のせいだ、俺のせいだ。
俺のせいでまた大切な人を死なせてしまった。
あの日から俺は何も変われていなかった。己の実力不足も理解出来ていない弱くて浅慮で愚かな馬鹿のままだった。何も守れてなどいなかった。守られてばかりだった。
こんな、こんな馬鹿を守って鋼士郎さんは死んだのか。そんなの、おかしいじゃないか。間違ってる。死ぬべきだったのは俺なのに。俺なんかのために死なせてしまった。こんなの間違ってる。間違ってるよ。
あの時、俺が魔力放出の自壊戦術なんて使わなかったらもっと動けて鋼士郎さんの盾になれていたんじゃないか。せめて、魔力放出を全身からでなく身体の局所に絞ってさえいれば脚だけでも動いたんじゃないか。
そんなこと考えたってもう遅い。
もう取り返しがつかない。
全部全部俺のせいだ。
***
『楓さんの意識、回復したんですね!良かった!』『酷い怪我だったってニュースで言ってましたよね、頑張ってほしいですね』『楓さん早く元気になってね!』
病室の外、隣の談話室のテレビから漏れ聞こえて来た自分への声援が、とても恐ろしいものに感じた。
なぜかは分からない、いや、分かってる。
俺はそれに値しない人間なのに、みんなから讃えられているのをひどく申し訳なく感じて、何かに押しつぶされるような錯覚がしたからだ。
俺は世界で一番の愚か者だ、だからそんなにキラキラしたものを向けちゃいけないんだ、俺なんかにそんな綺麗なものを差し出しちゃいけないんだ、ごめんなさい、みんなを騙していてごめんなさい。
『楓さんはヒーローみたいな方でね』
違う、違うんです、俺はそんなにできた人間じゃないんです。
『すごくやさしかったの!』
それは、優しくすればみんなから好かれると思ってやったことなんです。下心に塗れた汚い行動なんです。
『すげー強くてかっこよかったんだ!』
強く見せかけていただけなんです、本当はこんなにも弱くて愚かで卑怯なんです。ごめんなさい。騙していてごめんなさい。嘘をついてごめんなさい。
***
夢を見た。鋼士郎さんが生きていて、俺が死んでいた、もしもの夢。
本当にそうだったらどれだけ良かったか。
あの人がいなくなったことによるこの国への損害は莫大なものだ。
俺一人の命なんてちっぽけで簡単に替えが効く。
それなのに死んだのは鋼士郎さんの方だ。俺のせいでそうなった。
俺が死ねばよかったのに。
そうすればみんなは少しだけ悲しんで、それですぐに俺のことを忘れてもとの日常に戻れただろうに。
……あぁ、でも、折華は違うか。
きっとずっと悲しんでくれるんだろうな。俺のことを忘れないでいてくれるんだろうな。あの子は優しいから。
けど、それは鋼士郎さんが死んだ今だって同じだ。俺は折華から頼れる兄貴分を奪ってしまった。折華にも、謝っても謝りきれない。
***
せめて街の復旧の手伝いくらいはしよう。少しでも役に立たないと、俺は本当に鋼士郎さんを死なせただけの愚図になってしまう。
***
『楓さん元気になられたんですね!よかったぁ!』
作業の途中、街の人から話しかけられた。
息ができなくなった。
だめだ、笑ってお礼を言わないと。心配をかけてすみませんって謝らないと。
上手くできていただろうか。不安にさせていないだろうか。俺はみんなを安心させてあげないといけないのに。それが俺にできる唯一の償いなのに。
それが上手くできないならせめてもっと働こう。人一倍、いや何倍でも働こう。この無駄に丈夫で死なない身体はそのためにあるんだから。……父さんだってそう言ってたんだから。
***
「あとは俺がやっておきますから、皆さんは休憩に入ってください。」
いつも通りそう言って振り返ると、なんだかみんなの表情が暗く見えた。
やっぱり、これまでにこんな大規模な侵攻を受けたことがなかった平和なこの国に暮らしていた人達にとって、今回の出来事は不安が大きいんだろう。
鋼士郎さんが死んだのも、その不安を増幅させる要因の一つだ。だから俺のせいでもある。責任はとらなくちゃいけない。
「……大丈夫ですよ。復旧作業は予定よりも早く進行しているくらいですし、防衛計画の見直しも進んでいます。今後二度とこのような事が起こらないよう、俺も尽力しますから。」
良かった、笑顔になってもらえた。きっとこれで合ってたんだろう。
……さっきの言葉が嘘にならないように、もっと働かないと。
***
「楓兄、最近ちゃんと寝とる?」
他のみんなには隠せても、流石に折華にはバレるか。
「あぁ、どうしても体を動かしてないと落ち着かなくて……少しばかり寝つきがわるいんだ。」
ほんの少しだけだよ、と笑ってみせるけど、折華は簡単には丸め込まれてくれないみたいだ。やっぱりこの子は聡いな。
「ほな今からムクイんとこ行って睡眠薬処方してもらお。な、一緒に行ったるから。」
困ったな、俺は休むわけにはいかないんだけどな……折華は頑固だから俺が首を縦に振るまで言い続けるだろうし、仕方がない……
「分かった、この作業が終わったら行くよ。それまで待っててくれるか?」
睡眠薬は貰うだけ貰って、飲まないでいればいい。いくらなんでも飲んだかどうか毎日チェックされたりはしないだろうし……