3000年前の話「嗚呼、早くお兄様に逢いたいわ」
宇宙のどこかの白い星で、白く美しい何かがため息混じりに呟いた。
それは形こそヒトのもの。純白の肌に純白の髪。しかし純白の睫毛に縁取られたどこまでも白い瞳と、純白の淡い光を放つその身体が、それがヒトでないことを如実に示している。
純白のそれはもう一度ため息を吐いて、白い星の白い地面をぺたぺたと歩きだす。
「何がいけなかったのかしら、あの日は……あの青い星を白くして、お兄様とワルツを踊ろうと思っていただけなのに。」
生命の溢れる青い星が、何もいなくなって白くなるなんて、とっても素敵な事だと思うのに、と純白は唇を尖らせて不貞腐れる。
「白はこの世でいっとう、とびきりに綺麗な色よ。それなのにどうして怒られたのかしら。」
それまでにもたくさんの星を白くしてきた純白を罰したものは誰も居なかった。赤い星も、灰色の星も、茶色の星も、紫も黄色も橙色も、いろんな色の星を白くしてきたのに、青い星だけは駄目だと言われた純白のそれはとても気分が悪かった。
気を紛らわそうと、水色や紺色の星を白にしてみたものの、全く気分は晴れなかったようで、さっき白くなったばかりの、かつて藍色だった星の上で不満を垂れている。
「やっぱりあの青じゃなきゃ駄目だわ。命がたくさんあって、少し濁っていて、うるさいあの青い星が白くなったら……きっと、この世でいっとう素敵な白い星になるわ。」
お気に入りの御伽噺の絵本を眺める幼子の様な表情で、うっとりと呟いてから、何度目かも分からない深い深い溜息を吐く。
「けれど、あの青い星を白くするのはだめなのよね」
2000年前からずっと続く堂々巡り。青い星が白くなったらと想像しては叶わぬ事に溜息を吐き、そして次に決まって
「青い星を白くしたステージなら、お兄様の黒がいっとう映えるでしょうに」
そう呟く。しかし今日、この時だけは違った。
「お兄様の黒が……黒、黒。そうだわ、あの星を白くするんでなくて、黒くすればいいんだわ。」
はっと閃いたように、"ヒトらしく"顔を上げる。
「怒られたのは青い星を白くすることだけだもの。青い星を黒にするのなら、きっと怒られないわ。」
純白は無邪気に笑う。顔を見た事すらない、兄と呼ぶ者に強請って青い星を黒い星にしてもらおうと、それなら咎められないだろうと、幼稚で稚拙な考えだが、純白はそれに気が付かない。
光すら吸い込まれる黒い星。その中ですら淡い光を放ち踊る純白は、それはもう、この世でいっとう美しいだろう。
「お兄様のためなら、青い星を白くしないで、黒くするのに譲ってあげるわ。そのくらい簡単よ。」
白い星の白い地面を軽く蹴って、無数の光のある暗い中に乗り出すと、とんとんと跳ねるようにして青い星へ向かう。
しかし、移り気な純白だ。道草を食っては桃色や金色の星を白くしていく。
アンドロメダから地球に向かって、転々と白色矮星の導線が引かれていく。