愛を知らない君に鳥が囀って雲ひとつない空。
本来ならば1日の始まりとして気持ちの良い朝のはずなのに、寝不足の目にはしょぼしょぼと眩しく映る。
朝日が目に痛く、今開けたばかりのカーテンを直ぐに閉めて1階へと向かう。
近々コラボ配信があり、事前の打ち合わせの前に自分の最終確認や調整を済ませておきたくて早めに起きたのだが、如何せん寝る時間が遅すぎた。
興が乗ってしまうと時間を忘れて没頭してしまうのは悪い癖だな、と思いながらコーヒーでも飲んで無理矢理にでも頭を覚醒させようとキッチンに行けば、カウンターにこの時間には珍しい姿。
「ファルガー…珍しく早いね。それに朝からお酒?」
「Ah〜……実は寝てない。」
ラフな格好で気だるげにグラスを揺らす様が朝日とミスマッチだな、と思っていたが成程そういう事か。
ついついゲームに没頭するあまり朝になり、寝ようとしたが朝日が眩しくて思うように寝られず寝酒を煽りにきた…というところだろう。
肩を竦めてファルガーらしいや、と軽口を叩きながらコーヒーを淹れる準備をして横目で盗み見れば、四肢が機械だとしても体格のいいバランスのとれた体、彫りが深くすっと通った鼻立ちが朝日に照らされて陰影を作り出し、大人の魅力に溢れている。
どうしてもcute寄りになってしまう自分にはない魅力だ。
まぁ、彼の魅力は見た目だけではないけれど。
つい見蕩れてしまいそうになる視線を外してカップをカウンターに置いた時、不意に顎をグイと掴まれて瞳を覗き込まれる。
ふわりと漂うアルコールの匂いと大人の色気にクラリとした。
「な、っ何…?」
「hmm…目が赤いな、あるばニャン。目の下に隈もある……坊やは1人が寂しくて眠れなかったか?」
パッと掴んでいた手と顔を離して、ファルガーは再びグラスを傾けながらくつくつと笑う。
どうやら盗み見ていたのがバレていたらしい。
からかわれたのが分かり、それでも軽く熱を持ってしまった頬をぷぅとむくれさせるが、やられっぱなしは性にあわない。
「Daddyが添い寝してくれるの?」
組んだ腕をカウンターに乗せ、こてんと首を傾げてファルガーを挑発的に下から覗き込むように見つめれば、予想外だったのかファルガーの目が見開かれた。
それを誤魔化すように顎を撫でて考え込む様子にしてやったりと気分が良くなる。
そろそろ自分の支度もしようとドリップ式のコーヒーをカップにセットし、ケトルのお湯が沸いたか確認するためにファルガーに背を向ければ…
「可愛い坊やのお願いは聞かないとな」
中身を飲み干したのか、タンッというグラスをカウンターに置く音が聞こえたかと思えば急に体が浮遊感に襲われた。
おもむろに肩に担ぎ上げられて驚くが、この高さなら落ちても大丈夫だろうと本気で抵抗してもサイボーグの体はビクともしない。
体幹どうなってんだ!
「ごめん、嘘!ジョーダン!僕は寝る訳にはいかないんだって!」
「シー…まだ朝早い。みんなが起きてしまうぞ」
「むぐ……」
「それに、そんな状態ではいいパフォーマンスはできないだろう。少し休むのも仕事のうちだ」
まだ寝ているみんなをこんなくだらないことで起こすのは忍びないし、この状況を見られたくもない。
そしてそう言われれば何も言えなかった。
確かに今の自分でいい物を考えつき実行する体力と閃きがあるかと言われると否、だ。
「……分かったよ。少し休む。だから降ろして」
降参とばかりに力を抜くが、ファルガーはアルバーンの自室を通り過ぎて行く。
「ちょっと…!」
「坊やは添い寝をお望みだろう?」
一瞬で湧いた苛立ちに背中を叩くも逞しい広背筋の前では自分の手が痛むだけだった。
悔しい悔しい悔しい…!
鼻歌を歌うファルガーの自室に運ばれてとさりと優しくベッドに降ろされた後、バサバサと頭の上に落とされるのは彼が着ていた服。
「脱ぐの!?」
「当然だろう。自分のルーティンは崩さないぞ。それとも坊やには刺激が強すぎたか?」
「ッ…ばかにするな!やってみなよ!」
揶揄うように言われ、つい売られ言葉に買い言葉で脱ぎ捨てられた彼の衣服を叩き返しながら反抗してしまう。
これでは全裸添い寝に同意してしまったも同然だと気付いた時には既に遅し。
相手のいいように言いくるめられた怒りと、朝日を背に全裸で仁王立ちするファルガーの、主に下半身をついガン見してしまいそうになって慌てて壁を向いてシーツを被る。
ギシリとスプリングが軋んでベッドマットが沈み、ファルガーがベッドに入ってきた。
優しく抱きしめられて、機械の腕でひんやりとする腹部とは逆に体温を感じる背中。
誰かと一緒に寝るなんて何時ぶりだろうか。
スラムで育った自分には暖かい家族も家もなくて、路地裏でボロ布を被りながら飢えと寒さに凍えた記憶しかない。
時に体を売って一夜を共にしても、ヤることヤったら相手は帰るし自分もそんな場所に長居したくなくて早々に帰った。
ふかふかのベッドで眠れる幸せ以上に、心を許した誰かと一緒に眠る体温がこんなにも心地よいものだったなんて知らなかった。
優しい温もりに包まれながらアルバーンはゆっくりと眠りの中に落ちていく。
カップもグラスも置きっぱなしで、起きたら浮奇に叱られるな、と思いながら。
呼吸の音が変わったのを確認してアルバーンの顔を覗き込めば目尻には涙が流れたあと。
孤独しか知らない彼にもっと人の温もりと幸せを教えてやりたい…。それが家族としての愛だけなのか、まだファルガー自身にも分からないけれど。
「ふふ……おやすみ、あるばニャン…俺の可愛いbabe…」
そっと額にキスをして、心地よい温もりを腕に抱きしめながらファルガーもゆっくりと微睡みの中に沈んでいった。
次に起きた時には太陽は真上を過ぎて浮かんでいたし、浮奇にはこっぴどく叱られた。