Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    aruhcs_0808

    @aruhcs_0808

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 16

    aruhcs_0808

    ☆quiet follow

    陸士の鯉登さんと質屋の月島さんの大正パロ
    の、書きたいとこ(すけべ前)だけ

    #鯉月
    Koito/Tsukishima

    質屋さんパロの鯉月腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)。夏を前にして日没の時間はだんだんと遅くなり、夕飯時も陽の名残りらしき温もりが居間に残るようになってきた。質屋ではもうじき閑散期に差し掛かると聞いたのがこの間、春に質入れした布団の利子を払ったときのことだ。秋にまた取りに来る、と鯉登は冬の服や布団をまとめて店に預け、倉庫代わりにすることにしてみたのだった。
    「では、お前も少しは暇が作れるのか」
    「ええ、まあ、多少は」
    歯切れの悪い返事は、商売をする人間として堂々と「暇です」などとは言いにくいからだろう。月島は台帳の隅に視線をずらした。
    「ならば私とほおずき市へ行ってみないか」
    その商人の弱みにつけこむかのようにずいと前へ身を乗り出し、鯉登は曖昧な「暇」に自身の予定を上書きしようと試みる。
    「ほおずき市?なんですか、それ」
    「なにっ!これだけ働いているくせに、ほおずき市を知らんのか!」
    「あいにく仕事に関係のないことは覚えられませんで」
    馬鹿にされたと思ったのか、格子の向こうでは番頭が眉間に皺を寄せて仏頂面をしている。相変わらず表情が乏しい男である。しかし知らないなら教えてやれば良いだけのこと。鯉登はその行事のことを次の客が来るまでつらつらと説明した。
    「浅草寺で毎年七月に開催される、ほおずき売りの行事だ」
    「うちにほおずきは要りませんよ」
    「情緒が無いぞ、月島。出店も多くて見応えがある。東京で暮らしているなら一度は見ておくべき縁日だ」
    縁日、と口にする頃には鯉登の頬は赤く染まり、興奮を抑えられないとばかりに屋台や混雑したその様子を早口で話し始める。ところどころで薩摩弁が混ざり、完全には理解できないが、それがいかに楽しいものか、街の風物詩となっているのかが月島には伝わってきた。まるでほおずき市へ行かなければ江戸っ子ではないとまで言われているかのようだ。
    「そこまで言われるなら……」
    少しは見てみようか。月島が言いかけると即座に鯉登は格子の間から手を入れ込み、月島のごつごつした手を掴んだ。
    「よし、そうと決まれば一日目の夕方から出かけるぞ!絶対にすっぽかすなよ、いいな!」
    逢瀬の始まりは熱烈な誘いで、月島がこくりと一度だけ頷いたのを見た日から鯉登はこの日を待ち遠しく感じていたのだった。
    日めくりカレンダーをめくりながら待ちわびたその日まで、あとひと月。鼻から大きく息を吸い、まだ始まらぬ逢瀬に思いを馳せる。
    その日が来れば、月島を外へ連れ出して、提灯の明かりの中で境内を散策できる。四方八方が真っ赤に色づいたほおずきで染められ、鮮やかな赤の中で温い風が頬を撫でる。どこからかちりちりと風鈴の音が聞こえる。はぐれてしまわないようにと手を繋いで人混みをすり抜け、黄札を店の土産に買ってやる。よろしいのですか、などといつものことながら遠慮がちに声を抑えて彼が聞く。友人たちは「奢る」の「お」の字を聞いただけではしゃぐというのに、この男はいつだって慎ましやかなのだ。それはきっと、まだ互いの関係が深まっていないからかもしれない。理由をつくって手を繋いで始まった夏の思い出は、秋には熟して互いを強固な関係にしていくだろう。そうして冬には寒いことを立て付けにして身体を許し……
    身持ちの堅い相手にはこれくらいゆっくりと関係を深めていくべきだろう。計画をゆっくりと実行に移しながら、月島との仲が徐々に深まっていくことに鯉登は楽しみを覚えた。
    腐った草が蛍へ生まれ変わる時期を過ぎ、小川には黄色い光がふよふよと飛び交う。梅子黄(うめのみきばむ)。梅雨を向かえて梅の実が熟していく。乃東枯(なつかれくさかるる)。靫草(うつぼぐさ)が枯れていく。夏の足音が聞こえてくる。
    「ごめんください、お迎えに上がりました」
    梅雨の終わりに差し掛かる頃、長雨の合間の夕陽が引き戸の隙間から框の上まで赤い線を引いていた。知らぬ男の呼び声を聞いて外へ出れば、饅頭笠の車夫が俥の梶棒を下ろして立っていた。
    「迎え?今日は呼ぶ予定などなかったが、何かの手違いではないか?」
    車夫は笠を少し上げて客人である鯉登の顔をうかがい、また元に戻した。
    「いいえ、合っていますよ。さあさあ早く乗ってください」
    乗りやすいようにと俥をわざわざ玄関へ向けられてしまったので、訳も分からず踏み台から赤い座席に乗り込む。車夫は鯉登が乗り込んだのを確認するとゆっくりと梶棒を上げ、目的地へと俥を動かした。
    大通りを過ぎ、鶴見質店を通り越し、橋を渡り、あぜ道を俥はひたすら駆けていく。何も無い田圃の向こうには豪奢な楼閣が見えている。何も無い景色からぽつんと見えるそれはまるで極楽世界のようで、はて、そんな場所へ向かう用事などあっただろうか、俥の上からぼんやりと眺めているうちに、瞬く間に一番大きな店へたどり着き、ようやく下ろされた。肩で息をする車夫に乗り賃を渡すより前に店先には上等な着物に身を包んだ遣り手婆が登場し、
    「よくぞおいでくださいました。ササッ、こちらへ早くお上がりなさい」
    がさがさの手で鯉登の腕を引っ張ると店へ上げる。それを確認すると寡黙な車夫はさっさと俥を出してしまった。
    「あ、あの、」
    「奥でお待ちしていますから、お入りください。どうぞ、ごゆっくり」
    最後の一言に力を込めて一室に鯉登を押し込むと、遣り手婆もまたいなくなってしまった。薄暗い座敷には派手な着物を身に纏った女性が一人、紅を引いた唇にゆるやかな弧を描き、こちらを向いて座っている。何某と申します、今夜はどうぞよろしくお願い致します、そんなことを言われた気もするが、動転していて女の名前は聞き逃してしまった。どうして自分が、こんな場所に。肌に滲み出る汗は初夏の熱ではなく、冷や汗。とんだところに連れてこられてしまった。
    色街へ足を運んだことは一度も無いが、その身のこなしと上等な着物から、よほどの客しか相手にしてこないだろうことが分かった。
    「一見客だ」
    だから自分は、そうした女性には相手にされないだろうことを主張するも、女の表情は尚も変わらない。
    「構いませんよ。貴方様のご友人がここの馴染みでありますゆえ」
    友人という男の名を聞いて、ようやく合点がいった。どうやら自分は、童貞を捨てさせようという同期の計らいによってここまで連れてこられたらしい。わざわざ俥を用意して、太夫に約束まで取り付けて。
    「筆下ろしがまだなのでございましょう?どうか私にお任せください」
    聞きしによるところでは、童貞だけを相手にする女もいるといいう。その類いだろうか。身を固くして離れた場所に立ったまま、鯉登は警戒を解かずにいた。
    「いや、私はまだ」
    「ああ、こんなに身体を強ばらせなくても大丈夫ですのよ」
    女がゆっくりと立ち上がり、こちらへ近づいてくる。
    「せっかくいらしたのですから、お座りになられては?」
    袖を引っぱられて、鯉登はぎこちなく胡座をかく。まだ、女を抱くと決まったわけではない。愛想を尽かされることだってあるのではないか。周りは童貞など早く捨てたいのだと、田舎の後家や女中に手を掛けた者もいれば、こうした色街、カフェーなどで呉れた者もいる。そんなに厄介なものかといえば、思い出すのは憧れの相手の書いたあの小説。聯隊旗手を目指す年若き将校は、お国のために童貞を貫いたという。鶴見篤四郎が趣味で書いた出版物は鹿児島生まれの海軍の息子の将来の指南書となり、小説の道筋を辿らせるようにここまで導いてくれた。人は三文小説と馬鹿にするが、影響の大きさは計り知れない。
    「ほら、」
    目と鼻の先まで迫ってきた女の白い手が、浅黒い手の上に乗せられた。少しでも撥ね除けたら折れてしまうのではないか。男ばかりの生活に浸る身には力の加減も分からず、硬直したままでいる鯉登をからかうように、女はその手を掴むと裾の中へ誘った。
    ふふ、と笑う吐息は甘い香りがする。鼓動は高まり、女の太股に指先が触れた途端、
    「あっ……」
    ぷつりと頭の中で何かが切れる音がした。
    あの小説の将校のような聯隊旗手になりたかった。だが時代が違う。これも周りに言われてきたことだ。もし叶わないのならば、せめて自身の性愛の観念を貫き通したい。ぐしゃりと理性が崩れそうになるのを堪えながら、歯を食いしばる。
    押し倒し、接吻を交わし、柔肌を愛撫し、目の前の初心な好青年の初めてを奪う。そんな瞬間が訪れるのを誰も彼もが期待する中で、当の本人だけは強い信念と共に女の手をとうとう振り払ってしまった。
    「お待ちください!ここから出てはいけません!」
    立ち上がり座敷を出ようとする鯉登を追って、女が強い力でシャツを引く。
    「出してくれ!」
    「いえ、いけません!」
    「花代ならあとで遣いをやって払おう。それなら構わんだろう」
    「いけません!ご友人に何と申し立てれば良いのですか」
    「それも私が丸く収める。だから出してくれ」
    「手出しをせず、一晩を過ごすのもいけませんか」
    「ああ、だめだ」
    「何故ですの?そんなことを言うお客様など見たこともありませんわよ」
    「何故って、それは……」
    あの仏頂面を思い出し、鯉登は会話を諦め、襖を開け、迷路のような廊下を走り抜け、唖然とする老婆の叫びは遠く、框に置かれた誰のものとも分からぬ履き物をつっかけ、表口から飛び出し、見世から逃げる。畦道を行く俥と何度もすれ違い、橋を渡り、柳を見送り、ただひたすら先ほどの謀略を忘れ去るかのように足を酷使し、走り続けた。
    友人たちの計らいは、からかい半分かもしれないし、わざわざ自分に俥を寄越す手間までかけているのだから、女の言うとおり、真剣に考えた末かもしれない。それでも好意に甘えてここで童貞を捨てる気はない。
    せめて、想い人に捧げたい。いずれ国のために捧げる命であるならば、自分を想って待ってくれている相手がいい。できれば身持ちの堅い相手がいい。身持ちが堅く、口も堅く、一人で生きていけそうなのにその実はかなく、どうしても視線を惹きつける、あの人に。
    辺りはすっかり真っ暗で、走り続けてたどり着いた先では、城のように大きな蔵の影と弱々しい軒灯が鯉登を出迎えてくれた。世間の人間はこの軒灯を薄気味悪く思っているが、今の鯉登にとってはまるで我が家の明かりを見たかのように心を温かくした。暖簾をくぐり、格子戸を開けると、ちょうど一人の客人がすっきりした面持ちで隣をすり抜けていった。深々と帳場からお辞儀をしていた男が顔を上げ、こちらの姿を認めると一言、
    「鯉登さん」
    その落ち着いた声を聞くだけで、まるで郷里へ戻ってきたときのような安らぎを得た。
    「こんな夜更けにどうかされましたか?」
    まだ利子の期日でもなし、受け戻しの日でもなし、いつもは白昼堂々と質屋の暖簾をくぐる男が慌てて入ってきた。珍しいこともあるものだ、と番頭の月島が思うのは無理もない。それでも、鯉登にあるまじき粗末な履き物に、泥の飛び散ったズボン、皺だらけのシャツ、その服からぷんと香ってきた白粉の匂いで何かを察したのか、「ああ」とだけ呟き、それ以上の詮索はしなかった。
    商売柄、守秘義務を守り、相手の事情は目で見て判断する。言いたくないことは無理に言わせない。月島というのはそういう男である。童貞を卒業させようと俥を寄越し、無理矢理に遊郭へ連れて行く、余計なお節介を焼く友人たちとは正反対だ。そこが鯉登にとって心地の良い部分であり、喧噪から隔絶されたこの場所を、この男を、好ましいと思わせる所以だった。
    「風呂をお貸ししましょうか。お召し物もお取り替えいたしましょう」
    眠たげな中僧の宇佐美に番を任せると、彼は大阪障子の奥へと鯉登を招いた。一度だけこの帳場より奥へ足を踏み入れたことはあるが、手伝い以外の目的で入るのは初めてだ。渡された清潔な手ぬぐいで泥を拭っている間に彼が奥の風呂場に水を張り、火吹き竹でふうふうと火を膨らませて風呂を湧かす。
    淵をまたいで円筒状の湯船に身体を沈めると、何層もまとっていた疲労と緊張が湯の中に解けていく。貧困にあえぐ者たちは質屋を忌み嫌い、悪徳高利貸しと同じように見ている。しかし、ここまで世話をしてくれる男が世に言う非情の商売人とは到底思えない。
    (好きだ)
    (月島が、好きだ)
    何度も相手への感情を心の中で呟いていると、その気持ちはいっそう強くなる。身を清めて風呂を上がると月島は清潔なシャツとズボンを渡した。
    「寸法が少々合わないかも知れませんが」
    「この服は?」
    「中僧の宇佐美のものです。私の服ではあなたには小さすぎますから」
    ズボンに足を入れてみると、確かに少し裾が足りない。だが泥だらけの服よりはまだいい。
    「あなたの服は洗濯しておきますから、また都合の良いときに取りにいらしてください。質草ではありませんから、三ヶ月が経っても流したりはいたしませんので、ご心配なく」
    用が済んだと理解して、月島は素っ気なく鯉登を帳場へ戻す。確かにあの忌まわしい色街から逃げてきて、想い人の顔をひと目だけでも見たかったのだから、望みは叶えられたはずだ。しかし、まだ足りない。引き戸へ向かう足取りは重たく、ちらちらと何度か振り返っても月島はこちらを見送ってもくれていない。
    「おやすみなさい」
    戸に手を掛けたとき、一言だけの挨拶を聞いた。客でない時分には「ありがとうございます」ではないのだ、と思うと、少しだけ距離が近づいた気がする。
    「月島、服、ありがとう」
    「いえ、これくらいどうということもありません」
    「風呂も」
    「それもたいしたことでは」
    「月島に会えて良かった」
    「おおげさですよ」
    「また、すぐに来る」
    「ほら、早くなさらないとお帰りが遅くなってしまいますよ」
    促されて渋々戸を引くと、外ではさあさあと川のせせらぎのような音が聞こえてきた。
    「あっ……雨だ」
    「だから早くしなさいと言ったじゃありませんか」
    梅雨明け前の一仕事とばかりに夜空を覆い尽くす雲が土砂降りの雨を降らせていた。軒先より手を伸ばせば大量の雨粒が掌を濡らす。これではせっかく借りた服もびしょ濡れになってしまうし、月島の好意が無駄になる。凜々しい眉を八の字に曲げて振り返れば、彼も困った様子でこちらを見つめてきた。
    「傘、お貸ししましょうか?」
    そう呼びかけて、彼が帳場から玄関口へ移動する。その合間にもよく通る声で他の手段を口にした。
    「それとも俥を呼びましょうか?」
    雨ならばできることといえばそれくらいだ。しかし、俥には先ほど嫌な目に遭わせられた。
    「俥はいやだ!」
    また色街に連れて行かれそうな気がして、咄嗟に語調を強くして返事をすると、月島はこれ以上鯉登に呼びかけることはしなかった。
    「困りましたね。あとは雨が止むまでここでお待ちいただくことしかできません……そうだ」
    思案の後、思いついたように顔を上げ、仏頂面は少しだけ微笑んだ。
    「少し遅いですが、ご夕食はいかがですか。貴方のお家ほど豪華なものはお作りできませんが」
    「いいのか?」
    聞き返す声に腹の音が重なる。静寂に微かな雨音のみが響く帳場でそれは鮮明に聞こえてしまい、月島が、ふ、と笑い声を漏らした。
    「構いませんよ。風呂も入ってしまいましたし、お嫌でなければ泊まっていかれますか?」
    ドキリと胸が高鳴った。よくは分からないが機嫌が良いらしい。
    「しかし、店の方は?」
    「この酷い雨ではお客さんも来ないだろうし、今日はもう店じまいにします」
    玄関口へやって来た月島が店の外から暖簾を外して戸口に立てかける。それから鯉登を再び玄関へ招き、風呂場とは違う部屋へと案内した。ここまで彼の領域に踏み込めたことはあっただろうか。蔵の中へは入ったことがあるが、風呂、食事、就寝と彼の生活空間へ足を入れさせてもらえる機会は一度として巡り合わせたことがなかった。かちこちにしゃちこ張って箸使いも歪に質屋の三人と夕食を共にし、緊張のあまりどんな会話を交わしたかすらまともに覚えていない。生意気な中僧の宇佐美に何を言われたかも、からかい甲斐のある小僧の二階堂に何を言ってやったかすらも。気づけば食器は片付けられ、宇佐美の案内で二階へと連れて行かれていた。
    「うちはよく寄り合いでここを使ったりするので、客人用の布団もちゃんと用意してあるんですよ」
    得意げに彼が少し湿った布団を八畳間に敷き、間仕切りを外せば十六畳になるという話も頭に入ってこない。
    「僕たちは奥の部屋で寝ていますので、何かありましたらいつでも呼んでくださいね」
    好奇心旺盛な丸い瞳とぱくぱくとよく動く口は「おばけの金太」のようだ。
    「今日は災難でしたね。泥を跳ね散らかして、服を替えたと思ったら大雨で帰れない。そのうえせっかく泊まれても鶴見さんはアトリエ仲間の家に泊まり込みだからお会いできない。泣きっ面に蜂とはこのことですね、鯉登さん」
    彼は月島とは対照的に、立て板に水でよく喋る。近所の噂話にも耳ざといのだから、自分が童貞を奪われそうになり情けなくも色街から逃げてきたことも明日には知ってしまうだろう。
    「あと、月島さんは僕らとは別の部屋で寝ていますから。そっちを呼んでも構いませんよ」
    「別の部屋?」
    月島、という名前に鯉登の耳は敏感に反応する。目の色が少し変わったことを受けて、宇佐美は察した。最近この客人は鶴見の姿を見るのとは別の意味合いで、店を訪れているように見えていたが、道理で。この男が自分の好敵手ではないと踏むと、さらに賭けに出た。
    「ご案内しましょうか?」
    すると即座に鯉登から返ってきた。
    「頼む!」
    やはり、客人のご執心は鶴見から月島へ移っていたか。廊下を挟んで反対側の襖を開ければ、粗末な布団の敷かれた三畳間。番頭ともあろう男がこんな狭い場所にいるのかと愕然とする様子を横目で見て、月島のことをさらに教えてやろうとしていると、坊主頭を小突かれた。
    「こら、宇佐美。何をしている」
    「すみません、鯉登さんが月島さんのお部屋へお伺いしたいと仰っていましたので」
    「鯉登さんが?」
    それから鯉登の方へ向き直ると、客人を家の中でも客人としてもてなすように、恭しく頭を下げた。
    「鯉登さん、何かご用がおありでしたか?」
    「あ、いや、なにも……」
    気まずそうに目をそらして口ごもっている間に、宇佐美はそそくさと自分たちの部屋へ引き上げる。二人だけの三畳間にしとしとと雨が屋根を打つ音だけが聞こえていた。
    「何も無いのでしたら、もうお戻りになられたらどうです。ここは貴方には狭いでしょう」
    鯉登の立つ場所を避けながら布団を敷き、浴衣を小さな箪笥から取り出すと彼の方を振り返る。本日の金勘定に帳場の片付け、中僧や小僧への指示と番頭の仕事を済ませ、これから風呂に入るらしい。そんな生活臭がすることすら愛おしく、鯉登は布団に膝をついて座ると、後ろから抱きしめた。
    息を張り詰める音がして、月島の動作が止まる。その首筋に鼻を寄せると、蔵の衣類に染みついたナフタリンが汗と混ざった臭いがした。今、自分は想い人と同じ空間にいる。その相手は決して自分から触れてこようとはしないし、手を裾の中へ誘ったりしない。客の事情を詮索しない、身持ちの堅い「質屋の女房」だ。
    (好きだ)
    一緒にいて、これほど心が切なくなる相手は今まで会ったことがない。鶴見に対するものとは違う感情は抑えきれず、鯉登は心の中で何度も繰り返す。
    (好きだ)
    (月島が、好きだ)
    「月島が欲しい」
    「鯉登さん、いくら私が堅物だからといっても、からかわんでください」
    「欲しい」
    袷の内側へ手を差し入れると、腕をぎゅうとつねられた。それでも鯉登の手は止まることを知らない。攻防戦のうちに兆しを見せる股間を豊満な臀部に押しつけ、それが本気なのだと悟らせる。
    「今日、色街へ行かされた。女の味を教えよう、男にしてやろう、と友人たちに仕組まれたのだ」
    「そうですか、親切な友人ではありませんか」
    月島のように世間のことを知らない身には、親切に取れるのだろうか。首筋に鼻を付けたまま、鯉登は眉間に深く皺を寄せた。
    「だが、私は嫌だ」
    「どうしてですか。一度、契りを結べば男になれるのですよ。嫌も何も、ほんの一時の我慢でしょう」
    「好いた相手に捧げたいのだ」
    「色街の女にではなく、好いた、相手に」
    「そうだ。もし叶うのならば、私は好いた相手と契りを交わして、男になりたい」
    「男に……」
    自身の頭で理解しようと鸚鵡のように鯉登の言葉をぽつりぽつりと繰り返す。太い首とその項は、白粉も塗られていないのに鯉登を欲情させる。ああ本当はほおずき市までは清い仲で、ゆっくりゆっくりと関係を親密にさせていき、こうして抱きしめるのは冬を予定していたのに。もう待てないとばかりに鯉登は項に唇を落とし、後ろから柔らかく弾力のある耳殻を食んだ。
    「月島、私を男にしてくれ」
    切なる願望を届けるように、唇を耳朶に触れさせたまま囁いた。身体に巻き付いている腕の力と、首筋にかかる熱い吐息は抵抗を諦めさせ、腕の中の男はついに堪忍したかのように身体から力を抜いた。
    「……分かりました。お相手いたしましょう」
    「本当か!」
    「ですが、まずは風呂に入らせてください。残務と家のことで忙しくて、まだでしたので。私が出てくるまでお待ち頂けますか?」
    首だけこちらを向いて確認する相手に、鯉登は強く頷いた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💖💖💖😭👏🇪✝ℹ‼㊗🍒☺😊🙏☺😭💖😭💘👏👏❤😭😭😭😭❤❤❤❤💘🎯🍒💕🙏💖🌋😍🙏🙏🙏😭😭😭💞💞💞👏😭👏😭👏👏👏🙏🍌💘
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works