#北友ワンドロ 『天使/悪魔』 ライブの打ち合わせを終えた北斗が足早に向かった先は演劇部の部室。今日は新しい台本の読み合わせをする予定で、「俺は先に行ってますね!」と連絡をくれた友也はきっと一人で待っているだろう。話し合いが少々長引いてしまい、北斗は「すまない」と思いつつ廊下を走っていた。
「すまない友也、遅れ……む?」
部室に辿り着いた北斗が走った勢いでドアを開けると、友也はソファの背もたれに体を預けて眠っていた。それを見た北斗は大きな音を立てながらドアを開けてしまったことを後悔し、今度は静かに閉める。友也はユニットだけでなく一人で仕事をする機会が増えていて、疲れが溜まって寝落ちしてしまったのだろう。多忙さから、いずれ演劇部を辞めてしまうのではないかと思っていた北斗だったが、「俺はどんなに忙しくても北斗先輩と少しでも一緒に居たい。なので辞めたいと思ったことも、これから思うこともないです!」とはっきり言われ、そう思うのは見当違いだったと気づいたのはつい最近の事だ。
北斗は少し考えた結果、友也を起こさないことにした。最初の読み合わせ(そして決まって部長はいない)なんていつでも出来るし、今日は友也をそのまま寝かせておいたほうが最善だと思ったからだ。
すやすや眠る友也の隣にそっと座り、台本を開く。今回の演目は有名な童話がモチーフのようだ。配役は意外なものだった。ここでこういう展開になるのか。あそこが伏線だったのか。この台本を読んで、友也はどんな感想を持っただろうか……なんて思いながら、ペラペラと、紙を捲る音が部室の壁に消えていった。
北斗は一通り読み終えた台本をカバンに仕舞う。隣を見ると、友也はまだ眠っていた。自分のとは正反対の垂れ眉をさらに下げ、少し口を開けて、控えめな寝息をたてながら意識を手放している。まるで部長が窓とか天井から出てこないと分かりきっているかのような無防備な姿に、北斗は何故か釘付けだった。
友也のこの姿を見て、守ってやりたいのだと、つい思ってしまうのだろうな。
こういうのを、何と言うのだろうか。
たしか、明星はよく紫乃くんに……
友也が目を覚ましたのは、北斗が部室に来てから一時間程経った頃。友也は寝ぼけまなこに映った北斗を見ては一気に眠気が飛んでソファから転げ落ちそうになった。
「ほ、ほほほほほ北斗先輩!」
「起きたか友也、おはよう」
「おはよう、ございます……いいいつから居たんですか……」
「つい一時間程前だと思うが」
「だあああすみません気付かず……起こしてくれても良かったのに……いや北斗先輩に起こしてもらったらそれはそれで心臓止まる……」
「一体、どっちなんだ……。近頃、友也が忙しいのは知っていたから、寝かせておいた方が良いと思ってな」
「先輩優しい……ありがとうございました。おかげですっきりしました」
「それは良かった」
友也が起きたのに気付いた北斗は、解いていたクロスワードの冊子を閉じて、こう切り出した。
「友也を見ていて思ったんだが、
友也は天使だな」
天使。それは創がスバルによく言われている言葉なのは友也もよく知っている。しかし、犬のように抱きついて「大好き!」という言葉が滲み出ている顔で言われているのを見るのと、今自分が、大好きで尊敬してやまない先輩が愛おしさを隠しきれていない顔で言われるのとでは話が違う。
「……えっ」
天使だな……
天使だな……
天使だな……
たった四文字の言葉が友也の中でこだまする。北斗から突然放たれた爆弾に真正面から被弾した友也はたちまち顔を真っ赤にした。北斗の言った「天使だな」の意味を理解しようとすればするほど、心音が大きく早くなって……胸を押さえながら、友也は思う。そんなことをさらっと言う先輩は、とんだ悪魔なのではないかと。もちろん良い意味で、だ。
これから心臓をバクバクさせながら台本読みなんてできる気がしない。身の危険を感じた友也は北斗に背を向けてせっせと帰り支度を始めた。
「……き、今日はもう帰りませんか」
「む、暗くなるのが早くなったしな。読み合わせは改めてやろう」
同じく帰り支度を始めた北斗に、友也は命拾いをした。ここで「最初のシーンだけでもやろう」とでも言われたらたまったもんじゃない。友也はやや乱雑に台本をリュックに仕舞う。ページが折れるなんて気にしてられなかった。そして咄嗟に水筒を取り出し、一気に飲み干す。時間が経ってだいぶ温くなった麦茶が、今だけは冷たく感じた。