永遠と刹那の狭間で:3.決意3.決意
「これを沼田の兄上のところに」
夜とはいえ夏特有の温度と湿度を持った空気が身体にまとわりつくのを感じながら幸村は手紙を吾妻衆のうちのひとりに手渡す。
年が明けた頃には考えてもいなかったひとりの女性との出会い。彼女との出会いによって、守らなくてはいけないという使命感。そして、日に日に募る思慕の気持ち。それらが高まっているのがわかる。
武将としては許されない生き方だろう。しかし、もし許されるのであれば愛するものと寄り添いたい。それも本音である。
できれば、彼女は異世界ではなく、現代の争いとは無縁に生きてほしい。そのために自分は家を捨て彼女とともに生きることになるが、そのことを理解してほしい。
その旨を綴った。
上田にいる父親には既に了解をとった。
無理やり取りつけたと言っても過言ではなかったかもしれない。
武将の家に生まれたからには、家のために生きることを当たり前としてきたはずであるが、幸村が初めて恋慕った相手が龍神の神子とあっては、むしろ反対することで天の怒りを買うと思ったのだろう。
しぶしぶと言った雰囲気は見られたものの、最終的には幸村の決断に折れた。
そして、信幸への手紙はその旨のことを記したものであった。
肝心の彼女にも想いを告げた。
令和の世に連れていって欲しいことと、そして人生の伴侶として自分を選んでほしいと。
この先のことについて不安がないといえば嘘になる。
しかし、彼女も同じ気持ちならともに乗り越えられるはず。
幸村はそう信じていた。
あと残るは……
するとそのとき、襖の向こうから声が響いてきた。
「ちょっといいかい」
青龍の対である五月だった。
ちょうどいい。自分も彼に話があった。
それに彼の用件は何となく想像がつく。自分と七緒の関係に思うことがあるのだろう。
気を引き締めながら幸村は襖を開けた。
「幸村、この戦いが終わったらどうするつもりだい?」
遠回しな聞き方。
彼の言わんとしていることを幸村は探る。こちらはあえて直接的に。
「五月、それは私が姫とともに令和の世に参るかどうかを尋ねているということでよろしいでしょうか」
「はっきり言えばね」
一息吐いて五月は続ける。
「俺はあいつには幸せになってもらいたい。戦いも怨霊も神子としての役割も、そんなもの全部無縁の世界で『天野七緒』として普通に暮らしてほしいんだ」
兄以上の感情すら漂ってくる五月の七緒への想い。
その溢れんばかりの気持ちに押されそうになる。
そう、本当は七緒が争いとは無縁で幸せになってほしいという点では幸村も同じ。
そのときに幸村が近くにいるかいないか、その選択が違う。ただそれだけ。
「確かに私がいればこの世界とのつながりが何らかの形で保ったことになるかもしれません。でも、私がいなくても、こちらの世界の歪みによっては令和の世に何らかの影響はあることでしょう。そのときに私は姫を一番近くで守りたいのです」
五月の懸念はもっともだ。だけど、自分がこの世界に残ったからといって七緒が危険に晒されないという保証はどこにもない。
そのとき、誰よりも彼女を守るべき存在でありたいというのは紛れもない気持ちであった。
「なるほどね。君の気持ちは理解した。それに君のことだ。もう家族にはこのことを伝えたのだろ?」
「ああ」
「当の本人たちが決めた以上、俺が口を挟む余地はないね」
幸村の言葉はある程度想定していたものだろう。
思っていたよりもあっさりと納得する。
ただ、やはり兄として、そして他の感情もあるのだろうか。釘を刺すのも忘れない。
「七緒を泣かせたらただではおかないからね」
それだけを残すと五月は部屋から去っていく。
残された幸村はひとり呟く。改めて自分自身に対しての決意を確認するかのように。
「ああ、もちろんですとも」